忘れるまで忘れないでね
瞳は無言で目の前の光景を見つめていた。
今日は、絢音が鈴宮琉璃として配信を行う最後の日だった。
二人がオフラインで襲撃を受けたあの日から、周囲にこれ以上の迷惑をかけないようにと、絢音はある決断を下した。
天川社と相談した結果、その月の末に卒業して、卒業告知配信以外、チャンネル全部の配信を削除することに決めた。
瞳はその時の配信を今でも鮮明に覚えている。
配信が始まるや否や、多くの視聴者が必死に自分の好きな配信者を引き止めようとしていた。
だが、絢音は静かに、そして簡潔にその決断の理由を語った。
「まず最初に言いたいのは、配信が嫌いになったわけではないということです。皆さんと過ごしたこの時間は、ずっと私の一番大切な宝物でした」
:じゃあ、どうして?
:体調の問題?
:琉璃ちゃん、行かないで;;
「ううん、鈴宮はとても元気です。ご心配なく。理由についてですが、最近の配信ではちょっと過激な言葉が増えてきたことに、皆さんも気づいていたと思います。天川社もできる限り削除してくれましたが、それでも配信に影響が出ていました」
:あ〜
:確かにそうだった
「鈴宮に向けられているだけならまだしも、他の人に迷惑をかけるようなことになってしまったら、それはもう我慢できません」
:鈴宮は強い子だよね
:わかる、自分より他人に迷惑をかけるほうが辛い
「それに、会社にも果たし状のようなものが届いたり、帰宅中に待ち伏せされている人もいました」
:まじか、ありえない
:それはもう犯罪でしょ
:なるほど…
「鈴宮自身は配信が本当に好きで、楽しんでいました。だからこそ、この環境が壊れて、皆さんと楽しく過ごせなくなってしまうのなら、もうやめ時かなって思ったんです」
:そんなの一部の人だけだよ
:琉璃ちゃんの配信が一番好きだったのに…
「皆さん、本当にありがとうございました。『ずっと私のことを覚えていて』なんて言うつもりはありません。もし他に好きな配信者を見つけたら、それはとても素敵なことです。ただ、忘れてしまうその時まで、どうか忘れないでいてくれたら、それだけで十分です」
:こんな時でもネタを挟むのかよw
:忘れる前に絶対忘れないよ
そして、最後の配信は、いかにも琉璃らしい超高難易度のゲーム。
しかも、それは彼女が初めてゲーム配信をしたときのシリーズの続編だった。
:まさに琉璃ちゃんって感じ
:確かに
:始まりと終わりが繋がってるね
「皆さん〜、天川社所属の鈴宮琉璃です!」
琉璃は久しぶりに、あらたまって自己紹介をした。
このゲームは元々高難易度で知られており、主人公は紙のように脆く、ボスにたどり着く前に、道中の雑魚敵にすら簡単に倒されてしまう。
それでも琉璃は、死んで、学んで、再挑戦するその過程を笑いながら楽しんでいた。
:私だったらもう心折れてるよ…
:ずっと笑ってプレイできるの凄すぎる
:もう6時間くらいやってるよね、マジですごい
「天川社の鈴宮琉璃です、よろしくお願いします!」
ボスを前にすると、琉璃は元気よく自己紹介して、勇敢に突撃――そして、あっけなく倒された。
:なんて礼儀正しい…
:ボス「何回自己紹介すんねん」
:ある意味ホラー配信だな…
敵の攻撃パターンに慣れた後、琉璃は無事にボスを撃破。
そして次のステージへと進んだ。
だが、どんなに長い一日にも、終わりはやってくる。
:あぁ…時間が…
:琉璃ちゃん、行かないで……
時計の針は23時58分を指していた。
琉璃は挑戦を止めた。
「まだまだ遊びたい気持ちはあるけど、そろそろ時間だから。ここまで長い間、一緒にいてくれてありがとう。さようならは言わないよ、またいつかで!」
琉璃は明るく元気な声を装っていたが、その声にはかすかに涙の気配がにじんでいた。
「本当にありがとうございました。こちら、天川社の鈴宮琉璃でした~」
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