【弥紗】君への唄
青年の母親は、五十代くらいの穏やかな雰囲気を持つ女性だった。
彼女は優しくムウを迎え入れた。
「いらっしゃい。健から聞いたよ、まさかお客さんがここに来るなんて思わなかったわ。あと少しでご飯ができるから、ゆっくりしててね」
「はい、ありがとうございます」
ムウは緊張の色を隠せないまま、深く礼をした。
その間、青年は外でムウのバイクを見ていた。ひととおりチェックを終えると、こう言った。
「……直せるよ。材料もこっちで用意できる」
「本当ですか?」
「でも、一つだけ条件がある」
「やっぱり!ここでクエスト発生ってわけね!」
弥紗は大腿を軽く叩きながら、テンション高く叫ぶ。
:来たー!
:王道イベント!
:こういうの大好き
青年は、少し申し訳なさそうに続けた。
「正確には頼み事だよ。明日、リンの誕生日なんだ。もし急ぎでなければ……一緒にお祝いしてやってほしいんだ」
「……ごめん、人を疑いすぎてた」
弥紗は素直に謝った。まさかそんな心温まる条件とは思わなかった。
:謝ります。完全に依頼系だと思ってた
:選択肢はもちろん……
【もちろん、喜んで】【ごめんなさい、予定がある】
「右を選ぶやつ、もはや人間じゃないでしょ」
弥紗は即座に左を選んだ。
「ありがとう」
青年はようやく表情を和らげ、静かに礼を述べた。
そして、リンの方を向いて言う。
「リン、このお兄さん、誕生日を一緒にお祝いしてくれるってさ」
黒猫の両前足をつかんで遊んでいたリンが、目を輝かせて振り向く。
「ほんとに?!」
「うん、ほんとだよ」
やがて、食事が完成すると、ムウは思わず目を見張った。
テーブルには、新鮮な野菜が並んでいたのだ。
「近くにビニールハウスを建ててね。ちょっとした野菜くらいなら育てられるんだ。運がよかったよ、実家が農家でね、少し知識があるんだ」
青年の母親はにこやかにそう言った。
「え、すごくない? ビニールハウスって一家で建てられるものなの?農家の視聴者さんいたら、ぜひコメントで教えてー」
弥紗は驚いた。
:それはどうかな……?
:うち農家だけど、それ業者に頼むやつよ
:逆に一人でできるなら尊敬するレベル
「そっか……じゃあ、本当にすごい人なんだね」
弥紗はコメントを見て、感心したように頷いた。
食事を終えた後、ムウは青年に声をかけた。
「ごちそうさまでした。ちょっと出かけてきます。すぐ戻るから」
「何か用事でもあった?」
「リンにあげるプレゼントを探したくて……それと、これ」
ムウは手にしたギターケースを少し持ち上げて見せた。
「少しだけ練習しておきたいんだ。明日、彼女にサプライズで演奏してあげたいから」
もちろん、それだけが理由ではない。
ミュウはギターから離れすぎると姿を保てない。外に連れ出すなら、必然的に楽器も必要になるのだ。
「そうか。気をつけてな」
青年は短くも温かく送り出してくれた。
家から少し離れたあたりで、ムウはミュウに向かって申し訳なさそうに言った。
「ごめん、さっきは家の中で話せなくて」
ミュウは首を横に振り、手を後ろに組みながらゆっくりと歩いていた。
「気にしてないよ。それより……誕生日かぁ。いいなあ。自分の誕生日なんて、もう覚えてないや」
「ミュウの誕生日はいつですか?その時は一緒にお祝いしよう」
ムウがそう言うと、ミュウは立ち止まり、しばらく黙って彼を見つめた。
「……ありがとう。でも、今はまず、あの子へのプレゼントのことを考えようか」
「子ども向けに、何か良さそうなものが見つかればいいけど」
「うん、それに演奏のサプライズって、きっと喜ばれると思うよ」
ミュウは柔らかく微笑んで、再びムウの隣を歩き始めた。
近くの廃墟をいくつか探し回った。
「おお、完璧な誕生日プレゼントじゃん!」
弥紗が思わず声を上げた。
ムウは、ほとんど奇跡的に無傷のクマのぬいぐるみを見つけていたのだ。
「よし、プレゼントはこれで決まり。次は……」
「もちろん、歌の練習だよね? どの曲にする?」
ミュウが胸を張って、手を腰に当てると、画面に選択肢が表示された。
【ハッピー・アンセム】【スターダスト・カーニバル】
「右のは天歌先輩がライブで最後に歌ってたやつだよね!左はちょっと知らないんだけど、分かる人いる?」
:ノリノリ系ではあるよー
:でも誕生日ソングじゃないんかいw
「たぶん、作者なりの考えがあるんだよ、きっとね」
:リベンジの時間だ!
:今回は弥紗ちゃん、何点出せるかな?
「今度こそ……絶対に、完璧にやり切ってみせる!」
弥紗は深く息を吸い込み、目を閉じて集中した。
これは、彼女にとってゲーマーとしての名誉がかかってる。
「ここはもちろん、先輩の曲を選ぶに決まってるでしょ」
弥紗は天歌先輩の曲【スターダスト・カーニバル】を選んだ。
音符が再び上から降ってきて、弥紗はタイミングを見極めて集中してキーを押していく。
:つよっ
:おお、今のところノーミスじゃん
曲を無事に最後まで演奏し、Sランク判定をもらった弥紗は、誇らしげに言った。
「どう? これが本気出した私!」
:8888888
:さすがニナちゃん
弥紗は何事もなかったかのように額の冷や汗を拭った。
(危なかった、さっき何か所かミスしそうだったけど、なんとか乗り切った)
「でも、今の難易度って、体験版のときより上がってる気がする」
:そんな感じする
:たしかに難しくなってるね
「だから、やってみたい人は、音ゲー苦手ならストーリーモードをおすすめするよ」
弥紗はそうアドバイスをした。
:はーい
:了解です
「でも今回は、すぐにセッションパート出てこなかったね」
弥紗は以前のように、すぐに自分の伴奏で歌うシーンがあると思っていたが、
そういった展開はなかった。仕方なく、主人公は探索を終えて青年の家へと戻る。
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