その横顔に、秘められた決意
高校3年生の新学期が始まってしばらく経った頃。
瞳は、最近の絢音がどこか元気がなく、いつも憂鬱そうな表情をしていることを気にしていた。
最初は試験が近いせいで、勉強のプレッシャーが大きくなっているのだと思っていたが、すぐに瞳はそれだけではないことに気がついた。
「これ、ひどすぎる……」
瞳はパソコンの画面を見つめながら、怒りで言葉が出なかった。
あの日、絢音が病気で倒れてからというもの、ネット上では密かに噂が広まり始めていたのだ。
ある者は、「鈴宮琉璃の中の人にはとっくに彼氏がいる」と言い、
また別の者は、「あの時琉璃が倒れたのを助けたのはその彼氏だった」と語っていた。
その話が広まるにつれて、過激なファンたちは裏切られたと感じ、罵声を浴びせ始めた。
中には死をほのめかすような脅迫まで飛び交うようになった。
もちろん、それに耐えられず反論する人たちも現れ、ネット上はまさにカオス状態となっていた。
「これが、絢音が最近元気ない理由なの……?」
瞳は眉をひそめた。
やっかいなのは、その噂の一部が事実であることだ。
あの夜、自分が確かに助けに行ったのだ。
(これは困ったな……どうしたらいいんだろう)
「会社としては向こうで対応するって。私はなるべくそういう書き込みは無視して、騒ぎが落ち着くのを待つしかないって……」
放課後、絢音は瞳の隣を歩きながら、俯いて元気なくそう言った。
瞳は天川社が出した誹謗中傷への対抗声明を思い出した。
どれほど効果があるかは分からないが、不適切な発言をできる限りブロックする以外、今はやれることが少ないようだった。
「……大丈夫?」
瞳は心配そうに尋ねた。
「うん、大丈夫。前にも似たようなことはあったし、ただ今回は数が多いだけで」
絢音は首を横に振って、心配しないでというように微笑んだ。
しかし、瞳は絢音の配信に以前より攻撃的なコメントや、汚い言葉が目立つようになったことを思い出し、胸が痛くなった。
「でもさ、もともと私の配信を楽しんでくれてた人たちが、こんなことで気分を害してしまうのが、本当に申し訳なくて……」
絢音は辛そうな顔をした。
「でも、それは絢音のせいじゃないよ」
瞳は心からそう思っていた。しかし、絢音の考えは違った。
「ううん、配信を見てくれる人がいるなら、ちゃんとした環境を提供するのは私の責任だと思うの」
「……そうか。でも、俺にできることがあったら、絶対に言ってね」
「うん、ありがとう」
そう言って、絢音はようやく少しだけ笑顔を見せてくれた。
瞳は、時間が経てば自然と鎮まっていくだろうと考えていた。
けれど、予想に反して、全体的には落ち着いたものの、一部の視聴者の反応はますます過激になっていったのだった。
「会社には他の対策があるの?」
瞳はどんどん元気を失っていく絢音を心配そうに見つめながら尋ねた。
「ひどい内容のものについては警察に通報してる。でも、今のところ実害がないから、警察もあまり動けないみたい」
絢音は小さな声で答えた。最近は過激な手紙や書き込みが増えており、対応に追われている会社の人たちの姿を見るたびに、絢音はますます申し訳なさを感じていた。
「そうか……」
瞳は、自分がこれほど無力であることを痛感したのは初めてだった。
「ねえ、ちょっと甘いものでも食べに行かない?おごるから」
今の瞳にできることといえば、絢音の気を少しでも紛らわせて、嫌なことを一時でも忘れてもらうことだけだった。
「うん、じゃあ思いっきり食べさせてもらうよ」
絢音も瞳の気遣いに気づいて、無理に元気な笑顔を作った。
「止まれ!」
突然声をかけられ、2人は振り返った。
そこに立っていたのは、停雲高校の制服を着た痩せた少年だった。制服からして2人の同級生のようだが、瞳にはまったく見覚えがなかった。
「知ってる人?」
瞳は小声で隣の絢音に尋ねた。絢音は首を横に振った。
「知らない」
しかしその言葉が少年を刺激してしまったようだった。彼は勢いよく顔を上げ、大声で叫んだ。
「琉璃ちゃん、この人に騙されてるんだよね?大丈夫、すぐに僕が君を救い出してあげるから!」
そう言うなり、彼はポケットからカッターナイフを取り出し、瞳に向かって突進してきた。
瞳はとっさにカバンを振り下ろして少年にぶつけた。少年が一瞬ひるんだ隙に、瞳は彼を地面に押さえ込んだ。
少年は地面にもがきながら叫び続けた。
「離せ、このクズ!絶対に琉璃ちゃんをお前の魔の手から救ってみせる!」
「早く警察呼んで!」
「う、うん!」
絢音は急いでスマホを取り出し、警察に通報した。
まもなく警察が到着し、少年は連行された。警察は事情を聞くため、絢音と瞳を警察署へと連れて行った。
「大丈夫だった?」
事情聴取を終えた後、瞳は絢音と一緒に帰り道を歩いていた。警察は2人を家まで送ろうとしたが、断った。
「うん、大丈夫。ありがとう」
絢音は瞳を見つめながら、静かに礼を言った。彼女のその表情には、何かを決意したようだ。
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