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このゲーム、君に届けたい  作者: 天月瞳
五作目『灰燼から燃え上がる天使の歌』

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「弥紗」人と出会い

「これ、どうすればいいの……?」




弥紗はコントローラーを握りしめたまま、困ったように眉をひそめた。


まさか、こんなゲームで乗り物が壊れるなんて、想像もしなかった。




:意外すぎる、直せるかな?


:これは大きいなイベントになりそう




コメント欄にも同じような驚きの声が流れる。




「うん、そうだね。ニナの今までのゲーム経験からすると……こういうのって、だいたいプレイヤーをピンチに落とすためのイベントだよね。そのあとパーズを探すやつ」






:あるあるw


:たしかにド定番だね






画面の中で、主人公のムウがしゃがみ込み、バイクの状態を確認する。


しばらくして首を横に振ると、静かに呟いた。


「チェーンが切れてる。スパークプラグもダメだな」




「ほらね、でもチェーンとスパーク...ラグ?よくわかんないけど、なんか……大変そうだよね」




弥紗がつぶやくと、画面には新たなコメントが流れる。




:大したことないはずなのに、この世界だと致命的かも


:まさに踏んだり蹴ったり




「不幸中の幸いっていうなら、都市が近いってとこかな。部品さえ見つけられれば……」




ムウは小さくため息をついて、バイクを押し始める。


その足取りは重かったが、どこか覚悟を感じさせた。


都市の廃墟に入り、バイクを目立たない場所に隠すと、後ろからミュウの声がした。




「なんで隠すの? 泥棒なんて、もういないでしょ?」


ミュウが不思議そうに聞いた。


「泥棒じゃない。問題は、雨だ。出かけてる間に降られたら、バイクの状況はもっとひどくなる」




「なるほどねー」




「ってことで、バイクの番、お願いできる?」




ムウがそう言うと、ミュウはビシッとした敬礼を返し、黒猫はシートの上でしっぽをくるりと揺らした。




「了解であります!」




ムウは最後に一度、バイクの上で足をぶらぶらさせているミュウを見てから、静かに微笑んで背を向けた。




「あー、なんかこの二人、雰囲気いいよね~癒される~」

弥紗は両手で顔を支えて、うっとりとした声で言った。


……と思った矢先、画面の隅でムウが静かにナイフを構えるのが見えて、弥紗の心拍数は一気に跳ね上がった。






「えっ、もしかして……戦闘ある系!?このゲーム!?」




:いやいや、まさかねw


:でも、あの見た目だし……ガチの軍人っぽい……


:この作者ならやりかねないw




コメントもざわつき始める。


弥紗の手にも自然と汗が滲んできた。


慎重に探索を進め、建物を選んで入っていくと、目に入ったのは埃まみれのガソリン缶。




「バイク壊れてるのに……ガソリンって、意味ある?」




そう言いながらも、彼女はしっかりとそれを回収していた。


:まあ、とりあえずね


:とれるものは取る



 


探索が進むにつれて、弥紗の緊張も少しずつ和らいでいく。


「なーんだ、何も起こらな……」


言いかけた瞬間、角を曲がった先で、鉄パイプを手にした青年と鉢合わせになる。




「ひゃっ……!」

弥紗はびっくりして叫んだ。

画面の中に、ムウが反射的にナイフを構える。

青年も無言で鉄パイプを振り上げ、二人の間に緊張が走った。




:びっくりした……!


:ニナちゃん、演出がうますぎる!




「いやいや、演出とかじゃないから!マジでびっくりしたよ!」


弥紗が思わずツッコミを入れた、その瞬間だった。




「お兄ちゃん、どうしたのー?」


ぽんぽんと軽やかな足音。少女の声が青年の背後から響く。小さな女の子が、ピョコリと顔を覗かせた。




「リン、下がっていろ」




青年が表情を変え、もう片方の手で少女を庇った。




その姿を見たムウは、静かにナイフを納め、両手を上げて言う。




「驚かせちゃったかな。ごめんね」




リンと呼ばれた少女は、首を横に振りながらニコッと笑った。




「あなた誰? お兄ちゃんのお友達?」




「リン!」




青年が思わず声を上げる。ムウは一歩引きながら、ゆっくりと言った。




「俺は旅人さ。敵意はない。バイクが壊れて、部品を探してるだけなんだ」




「バイクってなに?」




「バイクってのはね……えっと、かっこよくて、乗れるやつかな?」

ムウは少し考えて、こう答えた。


「かっこいいやつなの?」


「なんでいえばいいのか」


ムウは苦笑いしながら説明したが、少女にはいまいち伝わっていない様子だった。




「直したいなら、あっちに行け。使える部品があるかもしれない」




警戒を解かないまま、青年が鉄パイプである方向を指し示す。




「ありがとう」




ムウは丁寧に礼を言い、歓迎されていない空気を察しながら、指差された先へと足を進めた。






青年の指さす方向に進むと、無事に修理工場を見つけることができた。




「おおっ、騙されたわけじゃなかったんだ」


弥紗は嬉しそうに店内を探し回ったが、見つかったのはかろうじて使えるチェーンと工具一式だけだった。




「やっぱり、そう簡単にはいかないよね」


弥紗はため息をついたが、それも想定の範囲内だった。


探してる最中、青年は不機嫌な顔でムウを呼ぶ。

「おい!母さんは君を招待したい、来るか?」


ムウは青年の顔を見つめて、しばらく顔を綻ばせる。


「うん、ありがとう」




その後、ムウは手持ちの物を全部持って、青年の家を訪れることになった。




「え、なにこの展開?」


弥紗は呆れたように見つめていた。青年はしぶしぶ店に戻ってきて、ムウを自宅の食事に招待したのだ。




「誤解しないで。母さんがそう言わなかったら、お前なんか絶対に家に呼ばなかったからな」





:ツンデレか?


:男のツンテレは誰得?





「ありがとう。もしよければ、車に少し食料が残ってるから、持っていくね」




こうして、場面は現在の状況へと移り変わった。




ムウはギターと猫、それに少しの食料を抱えていた。


ミュウも笑顔のまま、軽やかな足取りで後に続く。






ムウは少し落ち着かない様子で食卓に座っていた。リンは嬉しそうに黒猫と遊んでいて、猫も嫌がることなく、少女に好きなようにされていた。




「大丈夫かい?」




ムウは、部屋の隅で寂しそうに座っているミュウに小さな声で尋ねた。




「平気よ。ただね……あなたと一緒にいる時間が長すぎて――」


ミュウはそっと目を伏せて、少しだけ笑った。


「自分が“見えない幽霊”だったこと、うっかり忘れそうになってたの」




「……ムウにしか、見えてないのに」

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