「弥紗」人と出会い
「これ、どうすればいいの……?」
弥紗はコントローラーを握りしめたまま、困ったように眉をひそめた。
まさか、こんなゲームで乗り物が壊れるなんて、想像もしなかった。
:意外すぎる、直せるかな?
:これは大きいなイベントになりそう
コメント欄にも同じような驚きの声が流れる。
「うん、そうだね。ニナの今までのゲーム経験からすると……こういうのって、だいたいプレイヤーをピンチに落とすためのイベントだよね。そのあとパーズを探すやつ」
:あるあるw
:たしかにド定番だね
画面の中で、主人公のムウがしゃがみ込み、バイクの状態を確認する。
しばらくして首を横に振ると、静かに呟いた。
「チェーンが切れてる。スパークプラグもダメだな」
「ほらね、でもチェーンとスパーク...ラグ?よくわかんないけど、なんか……大変そうだよね」
弥紗がつぶやくと、画面には新たなコメントが流れる。
:大したことないはずなのに、この世界だと致命的かも
:まさに踏んだり蹴ったり
「不幸中の幸いっていうなら、都市が近いってとこかな。部品さえ見つけられれば……」
ムウは小さくため息をついて、バイクを押し始める。
その足取りは重かったが、どこか覚悟を感じさせた。
都市の廃墟に入り、バイクを目立たない場所に隠すと、後ろからミュウの声がした。
「なんで隠すの? 泥棒なんて、もういないでしょ?」
ミュウが不思議そうに聞いた。
「泥棒じゃない。問題は、雨だ。出かけてる間に降られたら、バイクの状況はもっとひどくなる」
「なるほどねー」
「ってことで、バイクの番、お願いできる?」
ムウがそう言うと、ミュウはビシッとした敬礼を返し、黒猫はシートの上でしっぽをくるりと揺らした。
「了解であります!」
ムウは最後に一度、バイクの上で足をぶらぶらさせているミュウを見てから、静かに微笑んで背を向けた。
「あー、なんかこの二人、雰囲気いいよね~癒される~」
弥紗は両手で顔を支えて、うっとりとした声で言った。
……と思った矢先、画面の隅でムウが静かにナイフを構えるのが見えて、弥紗の心拍数は一気に跳ね上がった。
「えっ、もしかして……戦闘ある系!?このゲーム!?」
:いやいや、まさかねw
:でも、あの見た目だし……ガチの軍人っぽい……
:この作者ならやりかねないw
コメントもざわつき始める。
弥紗の手にも自然と汗が滲んできた。
慎重に探索を進め、建物を選んで入っていくと、目に入ったのは埃まみれのガソリン缶。
「バイク壊れてるのに……ガソリンって、意味ある?」
そう言いながらも、彼女はしっかりとそれを回収していた。
:まあ、とりあえずね
:とれるものは取る
探索が進むにつれて、弥紗の緊張も少しずつ和らいでいく。
「なーんだ、何も起こらな……」
言いかけた瞬間、角を曲がった先で、鉄パイプを手にした青年と鉢合わせになる。
「ひゃっ……!」
弥紗はびっくりして叫んだ。
画面の中に、ムウが反射的にナイフを構える。
青年も無言で鉄パイプを振り上げ、二人の間に緊張が走った。
:びっくりした……!
:ニナちゃん、演出がうますぎる!
「いやいや、演出とかじゃないから!マジでびっくりしたよ!」
弥紗が思わずツッコミを入れた、その瞬間だった。
「お兄ちゃん、どうしたのー?」
ぽんぽんと軽やかな足音。少女の声が青年の背後から響く。小さな女の子が、ピョコリと顔を覗かせた。
「リン、下がっていろ」
青年が表情を変え、もう片方の手で少女を庇った。
その姿を見たムウは、静かにナイフを納め、両手を上げて言う。
「驚かせちゃったかな。ごめんね」
リンと呼ばれた少女は、首を横に振りながらニコッと笑った。
「あなた誰? お兄ちゃんのお友達?」
「リン!」
青年が思わず声を上げる。ムウは一歩引きながら、ゆっくりと言った。
「俺は旅人さ。敵意はない。バイクが壊れて、部品を探してるだけなんだ」
「バイクってなに?」
「バイクってのはね……えっと、かっこよくて、乗れるやつかな?」
ムウは少し考えて、こう答えた。
「かっこいいやつなの?」
「なんでいえばいいのか」
ムウは苦笑いしながら説明したが、少女にはいまいち伝わっていない様子だった。
「直したいなら、あっちに行け。使える部品があるかもしれない」
警戒を解かないまま、青年が鉄パイプである方向を指し示す。
「ありがとう」
ムウは丁寧に礼を言い、歓迎されていない空気を察しながら、指差された先へと足を進めた。
青年の指さす方向に進むと、無事に修理工場を見つけることができた。
「おおっ、騙されたわけじゃなかったんだ」
弥紗は嬉しそうに店内を探し回ったが、見つかったのはかろうじて使えるチェーンと工具一式だけだった。
「やっぱり、そう簡単にはいかないよね」
弥紗はため息をついたが、それも想定の範囲内だった。
探してる最中、青年は不機嫌な顔でムウを呼ぶ。
「おい!母さんは君を招待したい、来るか?」
ムウは青年の顔を見つめて、しばらく顔を綻ばせる。
「うん、ありがとう」
その後、ムウは手持ちの物を全部持って、青年の家を訪れることになった。
「え、なにこの展開?」
弥紗は呆れたように見つめていた。青年はしぶしぶ店に戻ってきて、ムウを自宅の食事に招待したのだ。
「誤解しないで。母さんがそう言わなかったら、お前なんか絶対に家に呼ばなかったからな」
:ツンデレか?
:男のツンテレは誰得?
「ありがとう。もしよければ、車に少し食料が残ってるから、持っていくね」
こうして、場面は現在の状況へと移り変わった。
ムウはギターと猫、それに少しの食料を抱えていた。
ミュウも笑顔のまま、軽やかな足取りで後に続く。
ムウは少し落ち着かない様子で食卓に座っていた。リンは嬉しそうに黒猫と遊んでいて、猫も嫌がることなく、少女に好きなようにされていた。
「大丈夫かい?」
ムウは、部屋の隅で寂しそうに座っているミュウに小さな声で尋ねた。
「平気よ。ただね……あなたと一緒にいる時間が長すぎて――」
ミュウはそっと目を伏せて、少しだけ笑った。
「自分が“見えない幽霊”だったこと、うっかり忘れそうになってたの」
「……ムウにしか、見えてないのに」
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