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このゲーム、君に届けたい  作者: 天月瞳
五作目『灰燼から燃え上がる天使の歌』

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清水絢音の進撃

時計の針が、朝の九時半を指していた。



「よし、準備完了」

瞳は最後に鏡の前で服と髪型を整え、約束の場所へと向かった。

絢音の指定で、今日はあえて最寄りの駅前で待ち合わせをすることになっていた。

絢音が「ちょっとした儀式感がほしい」って言ってたからだ。


駅までは徒歩で約十分。正直、絢音の家とあまり変わらない距離だ。



「とにかく、駅前の……えっ、うそでしょ……?」


瞳は遅れないようにと、三十分も早めに家を出たのに、すでに駅前には見覚えのある姿が立っていた。

金髪の若い男二人が彼女の周りにいて、身振り手振りを交えながら何か話している。



「ラノベでもなかなか見ないような展開を、まさか現実で見ることになるなんて……」

瞳はそう呟きながら足早に近づき、片手で絢音の肩をそっと抱いた。



「すみません、俺の彼女に何かご用でしょうか?」


絢音の身体が一瞬こわばったが、瞳だと気づいてすぐに安心したように力を抜いた。


「もう、遅いよ」


絢音は瞳の手を軽く叩きながら、甘えるように言った。




「ちっ、なんだよ、彼氏いたのか。行こうぜ」


二人の金髪男はそれ以上絡むことなく、文句を言いながらその場を離れていった。




「大丈夫だった?」


男たちの姿が完全に見えなくなるのを確認してから、瞳は絢音の顔を見下ろした。


彼女は顔を赤らめ、瞳の声に反応して、やっと我に返ったようだった。




「うん、大丈夫」


「それならよかった」


瞳が手を離すと、絢音が小さく「あっ」と声を漏らした。




「どうしたの?」


「ううん、なんでもない」




少し距離を取ったことで、瞳はようやく絢音の全身を見渡せた。


白いフリル付きのブラウスに淡い緑色のミニスカート、黒いショルダーバッグを下げていて、清楚で爽やかな印象だった。




「うん、とても似合ってるよ」


以前結衣に教わったことを思い出して、瞳は頑張って褒めた。




「……ありがとう。瞳も似合ってるよ」




表情が崩れそうになるのを堪えながら、瞳は前回からあまり成長していない自分を少しだけ嘲った。




「せっかくだし、先に映画館に行こうか」


「うん、あ、ちょっと待って」


絢音が瞳を呼び止め、瞳は振り返った。




「手、つなごうよ」




「えっ?」




「さっきの二人にまた会ったら、面倒でしょ?この方が安心だから」




「そ、そうだね……じゃあ……」


少し無理のある理由だったが、瞳は慎重に手を差し出した。


絢音の手は少し冷たかったが、とても柔らかかった。




「何観たい?」


瞳は絢音の手を握りながら、首をかしげながら尋ねた。




「ちょっと調べてきたんだけど……この映画はどうかな?」


絢音が口にしたその提案に、瞳は少し驚いた。


それはいつも二人で観るホラーやアクションじゃなくて、流行中の恋愛映画だった。




「いいよ。じゃあ、チケット買おっか?」


カウンターで二人分のチケットを買った後、瞳が尋ねた。




「ポップコーンとドリンクも買う?」


「うん。でも、ポップコーンは二人で一つでいいかな」


「了解」




ポップコーンとドリンクを買って席に着くと、ポップコーンは二人の間に置かれ。二人繋いでいた手も、名残惜しそうにそっと離した。


「そろそろ始まるね」


映画が本編に入ると、二人は自然とスクリーンに意識を向けた。


物語は高校生同士の青春ラブストーリー。出会い、すれ違い、そして再会して抱きしめ合い、キスを交わす。


そんな展開だった。




瞳はふと絢音の横顔を盗み見た。


するとちょうど絢音も同じタイミングで瞳を見ており、目が合ってしまった。




「「あっ」」


慌てて瞳は視線をスクリーンに戻した。




映画が終わると、瞳は残っていたポップコーンを口に運びながら、ゆっくりと立ち上がった。


絢音も立ち上がり、自分の手元を見つめて一瞬ためらったが、何も言わなかった。




「行こう」


瞳がそっと手を差し出すと、絢音の顔がぱっと明るくなって、嬉しそうにぎゅっと握り返した。


映画館の外に出ると、少しまぶしい陽射しと、ポップコーンの香りがまだ鼻に残っていた。




「この後は、ランチ?」


「うん、ちょっと早いけど……一旦カフェで軽く何か食べよっか」


「いいね」




二人はカフェを探し、今回は瞳がいつもとは違う店を選んだ。




「コーヒーひとつと、あとこのセットで」


「紅茶と、あとパフェをお願いします」




席に着いた二人は、さっそく映画の感想を語り合い始めた。






「さっき再会したあの場面、愛し合ってる二人がまた出会えるって、やっぱりいいよね」


「うん。普段あまりこういう映画観ないけど、意外と悪くなかったかも」


「でしょでしょ〜」




二人は映画の細かいシーンについて語り合いながら、どこが一番好きだったかなどを楽しそうに話していた。




「お待たせしました。こちら、ご注文のお料理になります。ごゆっくりどうぞ」


「ありがとうございます」




ウェイターがテーブルに料理を置いていくと、瞳は自分のサンドイッチを指さして訊いた。




「少し食べてみる?」


「うん、ありがとう」




絢音はそう言って一切れを手に取り、瞳も一切れを口に運んだ。一瞬、会話が止まり、それぞれ食事に集中する。




食べ終えると、絢音は嬉しそうにスプーンを手に取り、パフェを一口すくった。甘いものを口に含むたびに、彼女の表情がふわっと緩む。




「ん〜っ、おいしい……はっ!」




急に何かを思い出したように、絢音はスプーンですくったパフェをそのまま瞳の方に差し出した。




「ん? なに?」


「はい、あ〜ん」


絢音はニヤニヤしながらそう言った。




「えっ? な、なに? どしたの急に……?」


瞳は戸惑い、頬を赤らめながら訊いた。




「さっきサンドイッチもらったでしょ? これはそのお返し」


「いやいや、これ、恥ずかしすぎるって……」


「言わないでよ、私だって恥ずかしいよ!」


「じゃあやらなきゃいいじゃん……」


「うるさい、早く食べなさい。あ〜ん!」




顔を真っ赤にしながらも、絢音はスプーンをしっかり差し出した。




「ママ、あの人たちは何してるの?」


「しーッ!見っちゃだめだよ」


隣の親子の客から聞こえた。




「ほら、笑われてるってば、はやく!」


「……はいはい、あーん」




一口食べた瞬間、お互いの目を見られなくなって、


気まずさと、ほんの少しの嬉しさが混じった沈黙が流れた。



食事を終えた二人は、カフェを後にした。




「このあと、どうする?」


自然と手をつなぎながら、絢音が首をかしげて訊ねる。




「うーん……ちょっと考えさせて」


瞳は内心のドキドキを必死に隠しながら、平静を装って答えた。



手の中のぬくもりに、瞳の鼓動が少しだけ早くなる。

絢音の笑顔を見ていると、胸の奥がやけにざわつく。


(やばい……このままだと、どこまで理性がもつんだろ……)

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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