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このゲーム、君に届けたい  作者: 天月瞳
旧バージョン
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やっぱりマーフィーの法則はいつも正しかった

玄関の扉を開けると、瞳はこっそりと弥紗を自分の部屋へと招き入れた。

その胸中には、どうしてもっと口を慎まなかったのかという後悔が渦巻いている。

妹の友達を自室に連れ込んでいるところを誰かに見られたりでもしたら、たとえ「ただゲームをするだけ」と言っても、言い逃れなどできるはずもない。


「へぇ、ここが先生の部屋なんだ〜」

弥紗は興味津々といった様子で部屋の中をきょろきょろと見渡している。


「いや、君、前にも入ったこと、あったよね?」

以前、無断で部屋に侵入されたことを思い出し、瞳は思わずツッコミを入れた。


「その時はね、証拠を掴もうとしていて、部屋をじっくり見る余裕なんてなかったの」

弥紗はバツが悪そうに笑みを浮かべた。


「証拠って……ああ、そうだ。あの喫茶店の件、ちゃんと説明させてくれ」

瞳はふと思い出した。二人の間にある誤解は、まだ解けていない。

今の自分は、もしかすると“女の子をとっかえひっかえする軽薄な男”だと思われているかもしれない。

そう思い、瞳は急いで口を開いた。


だが、弥紗はその言葉を聞いた瞬間、恥ずかしそうに両手で顔を覆った。


「その、あとでちゃんと調べました。あの女性たちって、みんなお仕事の関係者ですよね……。

本当に、ごめんなさい。先生のこと、誤解してました」


「……そっか、調べてたんだね。いや、大丈夫。誤解が解けたのなら、それだけで十分だよ」

少女の行動力には正直、少しばかり怖さを覚えた瞳だったが、

とはいえ、ようやくこの不名誉なレッテルから解放されたことに安堵していた。


「なんて寛大な……さすが、先生……」

弥紗はうっとりと瞳の顔を見つめ、思わず声に出して呟いた。


瞳はその様子に戸惑いを覚えつつも、深く追求することはしなかった。

いや、しなかったというより、できなかった。


「そういえば……前に好きだって言ってたの、“エンドレス・エクスペディション”だったよな」


「えっ、先生、覚えててくれたんですか?」


「もちろん。あの時、ずっと配信してくれてたろ?ありがとな」


「いえ、私はただ、あのゲームが本当に好きだっただけですから」


「でも今回は、カードゲームでもローグライクでもないんだ」


多くのプレイヤーは、好みに合ったジャンルの作品に惹かれる。

そしてそのジャンルを一貫して作り続けるクリエイターに、信頼と期待を寄せるものだ。


だが、瞳はこれまで自分自身を鍛えるため、あるいは学び、成長するために、

あえてジャンルを固定せず、さまざまなスタイルに挑戦してきた。


裏を返せば、それは“固定ファンを築くことが難しい”ということでもある。


今回の作品は、瞳が手がける初の音楽ゲーム、

これまでとはまったく異なるジャンルだ。


だからこそ、不安だった。

かつてゲームを楽しんでくれた人たちを、がっかりさせてしまうのではないかと。


「私は……先生が、どんなジャンルでも挑戦してるところ、すごく好きです」

弥紗は少し恥ずかしそうに目を伏せながら、けれど真っ直ぐな声でそう言った。


「ゲームの形が変わっても、“先生らしさ”って、ちゃんと伝わってきますから」


「……先生らしさ?」


「はいっ!」

弥紗はパッと顔を上げて、迷いのない瞳で瞳を見つめた。




瞳はそのまっすぐな視線を直視できず、そっと顔をそらすと、咳払いを一つした。


「……ありがとな。えっと、まぁ、とりあえず……テスト版、やってみようか」


「はい!」


弥紗は笑顔でうなずき、さっそくテスト版のゲームを起動した。

画面に物語のヒロインと初めて出会うシーンに切り替わった。

それはまだ幼さの残る、十代前半ほどの少女だった。


キャラクターを見つめながら、弥紗はふと瞳の方へ振り返る。


「先生、この子が……今回、声を当てるヒロインですか?」


「そうだ」


「先生は、どんな声をイメージしてますか?」


ミューの外見から年齢感を推測しながら、弥紗は声のイメージをいくつか思い浮かべた。


「……わたしのこと、見えるの?」


最初に披露したのは、やや高めで無邪気さとあどけなさの入り混じった少女の声。

続けて、彼女はトーンを変える。


「それとも、こんな感じは?」


今度は低く、どこか神秘的で、空気に溶け込むような幻想的な響きだった。


「意外性で攻めるなら……お姉さん系っていうのも、ありかも?」


弥紗は次々と三〜四種類の声を切り替えて披露してみせた。

その見事な演じ分けに、瞳は思わず感心し、尋ねた。


「すごいな……何かレッスンとか、受けてたの?」


「ちょっとだけ、養成所に通ってました。先生は、どの声がいいと思いますか?」


「うーん……イメージとしては、一番目と二番目の中間かな。日常パートでは一番目の自然な感じで、特別な場面では二番目のトーンに切り替える感じで」


「わかりました、やってみますね」


弥紗は微笑みながら頷き、再びミューのセリフに声を吹き込んでいく。

彼女の声が加わった瞬間、モニターの中のキャラクターが、まるで命を持ったかのように動き出す。


瞳の脳内にも、次々と新たなアイデアの断片が浮かび上がってきた。


「……ここはもっと無邪気で、そう、そんな感じです……」


二人の熱のこもったやり取りが続くなか、突然、廊下の方から声がした。


「お兄ちゃん?部屋から他の人の声が聞こえるんだけど……絢姉が来てるの?」


半袖のTシャツにミニスカートという軽装で、結衣が部屋の前までやってきた。

口にはアイスキャンディーをくわえたまま、もごもごと話しかけてくる。


「……しまった」


瞳は小さくつぶやいた。これは……まずい。


案の定、結衣はそのまま部屋に入ってきて、そこで弥紗の姿を目にした。

足が止まり、目を見開く。


「……弥紗ちゃん? どうしてお兄ちゃんの部屋にいるの……?」


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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