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このゲーム、君に届けたい  作者: 天月瞳
五作目『灰燼から燃え上がる天使の歌』

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波乱の予感

突然現れた結衣に、二人は同時に驚いて立ち上がった。


結衣の視線は瞳と弥紗の間を行き来し、驚いたように目を丸くしている。


 


「ちょ、ちょっと待って! 結衣ちゃんが思ってるようなことじゃなくて、私と先生はただ……っ!」


「先生?」


結衣の視線が瞳に止まり、首をかしげた。


「これは……どういうシチュなのかな?」


 


「結衣ちゃん……!」


焦った弥紗が慌てて説明しようとするが、瞳が右手を差し出してそれを制した。


 


「からかわないで、結衣」


瞳は苦笑しながら、結衣の額に指を伸ばして、ツンと軽く突いた。


 


「あぅ、バレちゃった?」


結衣は口にしていたアイスキャンディーを引き抜き、「てへっ」と舌を出して笑った。



「一体どこでそんなこと覚えたのよ……」


弥紗は少し羨ましそうに、その様子を見つめていた。


 


「ふふっ、私ね、前からお兄ちゃんが新しいゲーム作ってるの知ってたんだ。ていうか、それを弥紗ちゃんに教えたの、私だし。言わなくても分かるよ~」


その一言に、弥紗はほっと胸をなでおろす。


 


「それで、弥紗ちゃんは今、ボイス収録してるの?」


「ううん。ただのテストプレイだよ。うち、録音できる設備なんてないし」


「お兄ちゃんが簡単な録音機材、用意してみたら? そのうち役に立つかもよ?」


「一理あるね。あとでちょっと調べてみるよ」


瞳は納得したように頷いた。


 


「じゃあ弥紗、そのまま続けていいよ。私は横で見てるだけだから」


結衣は当然のようにベッドの端に腰を下ろす。


 


「気をつけてね。ベッド、汚さないでよ」


瞳は結衣の手に持たれたアイスを見て、つい口を出した。


 


「大丈夫、大丈夫。ちゃんと気をつけてるから」


弥紗は再び席に戻り、ゲームを再開した。


 


「これ、前に私がテストしたときより、完成度上がってない?」


しばらくプレイを見ていた結衣が、興味深そうに尋ねる。


 


「もちろん。素材は随時更新して入れ替えてるし、あとはアイテムのモデリングだけかな。ボイスと曲の契約がまとまれば、すぐにプラットフォームでテスト配信できるよ」


 


「ボイスと曲って、いちばん大事なところじゃん」


「うん、ちょっと楽観的すぎたかもね……」


 


瞳はそう言って、苦笑いを浮かべた。


もともと何とかなるだろうと楽観していたし、少なくとも楽曲の使用許可くらいは簡単に取れると思っていたのだが、今回は痛い目を見た。


 


「やっぱり、もっとしっかり準備しておかないとね」


 


テスト版のプレイ時間はそれほど長くなく、途中での会話や弥紗がヒロインのセリフを読み上げたことも含めて、約一時間ほどで終わった。


 


「どうだった?」


瞳の問いかけに、弥紗は少し考えてから答えた。


 


「うん、全体的にすごく遊びやすかったし、導線も自然。あまり考え込まずにスッと入れる感じ。それに、ヒロインがすごく可愛いし……猫もね」


 


「ありがとう。改善したほうがいいところはある?」


「このデモのシナリオって、ここまでで終わりなの?」


 


「そうだね。本編の第一章の冒頭まで進む予定。出会いのあと、次のイベントに入る前に、メインノードと自由探索パートが入る感じかな」


 


「それはちょうどいい構成かも。ゲームの雰囲気もしっかり伝わるし、自分に合うかどうかも分かりやすい。ただ、私としてはちょっと物足りないかな。でも、デモとしては十分だと思うよ」


 


「そうか、それならよかった」


瞳が弥紗のゲームに対する感想をメモし終えると、弥紗は結衣の方をちらりと見た。


 


「それじゃ、今日はお邪魔しました。結衣ちゃんも、また今度遊ぼうね」


「うん、夜にでも、また通話しよっか」


 


そう言って、結衣も弥紗と一緒に瞳の部屋を出た。


 


玄関先まで見送りに来た結衣が、ふいに口を開く。


「弥紗ちゃん」


 


「はい?」


 


「まあ、たぶんないと思うけど、一応聞いておこうかなって」


 


「えっ、何のこと?」


 


「弥紗ちゃん、もしかしてお兄ちゃんのこと……好きになったりしてないよね?」


 


「……え?」


 


弥紗は一瞬フリーズし、その言葉の意味を理解した瞬間、顔を真っ赤に染め、胸の前で両手をバタバタさせながら、震える声で答えた。


 


「そ、そんなことないよ!? せ、先生にそんな気持ちなんてあるわけないしっ。ただ、ただゲームをあんなに作れるのがすごいなって、尊敬してるだけだから!」


 


その反応があまりにも可愛くて、結衣は思わず吹き出し、弥紗の肩をぽんと抱いた。


 


「大丈夫だよ? 私、反対なんてしないから♪」


「ち、違うってば……!」


 


「はいはい。でもね、一つだけ言っておくよ」


「な、なに?」


 


「もしあの鈍感男を本気で落とすつもりなら、かなり手強いライバルがいるからね?」


「て、手強いライバル……?」


「ふふっ、情報提供はここまで。これ以上話すのはフェアじゃないからね」


 


そう言って結衣は弥紗から手を離した。


名残惜しそうに「えっ……」と声を漏らす弥紗。


 


「じゃあ、弥紗ちゃん、応援してるからねっ」


ウインクひとつしてドアを閉めると、残された弥紗は口をパクパクさせながら、言いかけた言葉を飲み込んで立ち尽くしていた。


 


結衣は廊下でニヤリと笑って、部屋に戻る。


「公平のために、絢姉にもチクっておこうかな〜」



ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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