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このゲーム、君に届けたい  作者: 天月瞳
五作目『灰燼から燃え上がる天使の歌』

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お見舞いと待ち伏せ

ようやくお見舞いの許可を得た絢音と瞳は、見舞い用のフルーツと、絢音いわくなかなか手に入らない高級プリンを買い揃えた。

黒崎さんから送られてきた地図に従って病院に到着する。



「301号室……あ、ここだ。個室なら他の人に迷惑かける心配もないね」


二人が病室に入ると、ベッドの横に座り、歌奈と話していた黒崎さんを見えた。




「こんにちは」


「長谷川さんと……」


黒崎は呼び方に少し迷った。




「絢音って呼んでください。清水絢音。そっちはちょっと都合が悪くて」


「わかりました、絢音さん。来てくれてありがとうございます」


「絢音ちゃんと先生?」


ベッドに横たわる歌奈の顔色はまだ少し青白かったが、元気はありそうだった。


彼女は少し戸惑ったように二人を見つめていた。なぜこの二人が一緒に来たのか、いまいち理解できていないようだった。




「歌奈ちゃん、大丈夫?」


「うん、もうだいぶ良くなったよ。実はもう退院してもいいくらいなんだけど、黒崎お姉さんたちが退院を許してくれなくて」


「それは当然です。社長なんて、お嬢様が倒れてるのを見た時、顔色が真っ青になってたもの」


そう言いながら、黒崎は何かを思い出したようだった。




「そうそう、お嬢様、長谷川さんにちゃんとお礼を言わないと。もし彼が連絡してくれなかったら、お嬢様はまだあそこに倒れたままだったかもしれないのよ」


「え?でも、あの時私、絢音と電話してたような……」




「うん、ちょっと声優の件で相談があってね。瞳とは幼なじみだから、一緒に来たの」




「幼なじみ……なるほど、あれ?ゲームの声優って、『狐の巫女』の収録はもう終わったんじゃ?」




「あれ?歌奈は覚えてないの? 新しいゲームの声優依頼だよ」


絢音は不思議そうに聞いた。




「新しいゲーム?」


黒崎が小さな声でつぶやいた。




「うーん……あっ!」


歌奈は眉をひそめ、記憶をたどり、そして思い出した。




「あの時、頭がぼーっとしてて、マネージャーからの電話にそのまま断っちゃったんだよね」




「ということは、朝倉さんはまだその内容を詳しく知らないってことですね?」

瞳の顔に、わずかな希望が浮かんだ




「もしご迷惑でなければ、後で依頼内容を朝倉さんに送らせていただいてもいいですか? 一度だけでも目を通してもらえれば」


「では、後でお嬢様のメールアドレスを長谷川さんにお伝えしますね」


「じゃあ、それは凛さんにお願いね。でも、今ちょっと声がかすれてて、いつ治るかは分からないの……」






「えぇ、機会をいただけるだけでもありがたいです」


「わかりました」


「あ!そうそう!歌奈ちゃん、これ!」


「あ!あの店のプリンだ!すみません、こんなものまで頂いて」


「気にしないで、歌奈ちゃんが元気になったならいいの」


「ありがとう」


絢音と歌奈が話している間に、瞳は黒崎にそっと近づいて小声で尋ねた。


「黒崎さん、この間ずっと朝倉さんの看病をしてたんですか?」


「いえ、社長も来てましたよ。ただ、ちょっと用事があって今は席を外しています」


「そうなんですね。天川社の方は問題ないんですか?」


「そちらももう片付きました。ところで、さっき言ってた新しいゲームって?」


「それなんですが、最近音楽ゲームを作ろうと思ってて、歌奈さんに声を担当してもらいたくて。それに、彼女のオリジナル曲もゲームにぴったり合いそうで、ぜひ使わせてもらえたらと」


「音楽ゲームですか?」


「はい、一度チャレンジしてみたくて」


黒崎はなぜ七夜夢に頼まないのかは聞かず、ただ静かに心に留めた。




「朝倉さんはまだ病み上がりですし、これ以上はお邪魔しないようにしましょう。絢音、そろそろ戻ろうか」


瞳は面会時間がそろそろ終わることに気づき、声をかけた。


「もうこんな時間? わかった。それじゃ、歌奈、またお見舞いに来るね」


「うん、ありがとう」




――帰り道。


「思ったより元気そうで、ほんとによかったね」


絢音はほっとした表情で、瞳と並んで歩いていた。


「うん、そうだね」


「それに、もしかしたら歌奈ちゃんに声をお願いできるかもしれないし」


「少なくともチャンスはできた。でも念のために、代案も考えておかないとね」


「うんうん、頑張ってね」


「任せて」

瞳は手を上げて、絢音に別れを告げた。


「よし、帰ったらまず朝倉さんにメールを送って、それからゲームの製……」



「お兄さん……待ってましたよ」


まるで地獄の底から響いてくるような声が、瞳の思考を遮った。


顔を上げた彼は、思わず息を呑んだ。




茶色の髪の少女が、自宅の玄関に陰鬱な表情で立ち、じっと瞳を見つめていた。

それは、妹のちょっと過激な友人――

西村弥紗だった。



「あ、買い忘れた物があったのを思い出した」


瞳は何も見なかったかのように棒読みでそう言い、くるりと背を向けてその場を立ち去ろうとした。


「お兄さん、どこ行こうとしてるの?逃がさないよ」


弥紗は瞳の腕をぎゅっとつかみ、虚ろな目でじっと彼を見つめる。

瞳はため息をつき、抵抗をあきらめて、仕方なく笑顔を作った。


「久しぶりだね、西村さん」


「そうですね、久しぶりです。でも、お兄さんは私の顔を見た瞬間に逃げようとするなんて、ちょっとひどくないですか?」


「うっ、ごめん。なんか、用事でもあるの?」


瞳は少し考えたあと、言い訳をやめて素直に謝った。


「うん、ちょっと聞きたいことがあって」


「ん?ちょっと待って、それって結衣のことと関係あるわけじゃないよね?」


瞳は何かに気づいたように目を細めた。


「少しだけ関係あるかな。」


途端に、瞳の表情も引き締まる。


「まさか、誰かが結衣にちょっかい出そうとしてるのか?それなら、兄の俺が絶対に許さない!」


「もちろん、私だって許すわけないでしょ!あんな連中、結衣ちゃんには全然釣り合わないし……って、あーもう!違う違う!お兄さんに話を引っ張られちゃうとこだった。今回の話はそうじゃないの!」


「なーんだ、そういうことか。それで、何の用?」


瞳は首をかしげながら聞いたが、弥紗が何を話したいのかまったく見当がついていなかった。


「お兄さん、最近新しいゲーム作ってるでしょ?」


「なんで知ってるの?……ああ、結衣が言ったのか。」


「そう。結衣ちゃんが教えてくれなかったら、私ぜんぜん知らなかったよ。どうして声優探してるのに、私を誘ってくれなかったの?」


「あ……」


瞳の胸に「しまった」という思いが走る。弥紗の顔から、ぱっと笑顔が消えた。


「分かってるよ。お兄さんにとって、私はあまりいいイメージないかもしれない。でも、お兄さんのゲームのためなら、私、できることはなんでもするよ」


「ん……?」


瞳は「なんでもする」という言葉にネタに走りそうになるのを、必死でこらえた。


「結衣から聞いてるか分からないけど、今回作ってるのは音楽ゲームなんだ。」


「うん、ちょっとだけ聞いた。結衣ちゃん、もうテスト版をプレイしたって言ってたよ。」

弥紗は少し羨ましそうに言った。


「今回の主人公は、ボイスだけじゃなくて歌も必要だから、ちょっと大変なんだ」


「うん、それは分かってる。こんなこと言うと自信過剰に聞こえるかもだけど、私、歌にはちょっと自信あるんだよね」

弥紗は胸に手を当て、誇らしげに言った。


「それは聞いてるよ。本当は、天歌のオリジナル曲がゲームの雰囲気にすごく合ってたから、最初は彼女にお願いするつもりだったんだ。」


瞳はうなずいて、そう認めた。


「じゃあ、今は?」


「ちょっと予想外のことがあってね……今は頼むのが難しい状況かも」


「じゃあ!」


弥紗の目がぱっと輝き、嬉しそうに一歩前へ踏み出した。


「うーん……もう少し、考えさせて」



瞳が迷っている理由は、つい先ほど「歌奈の体調が回復してから、依頼内容を確認することを待っている」と言っていたことだった。

今、弥紗に声をかければ、まるで歌奈を裏切るように感じてしまう。


「じゃあ、お兄さんからの連絡、待ってるからね」


瞳は、弥紗の真剣な眼差しを見て、少し心が揺れた。


「……うん。ちゃんと考えてから、答えを出すよ」


「うん!ずっと待ってるから!」


弥紗は力強くうなずき、そして何かを思い出したように、少し恥ずかしそうに言った。


「それとね……お兄ちゃん、私もそのテスト版、遊んでみたいな。いい?」


「え?でも、あれはまだまだ未完成で、かなりラフな出来だよ?」


「いいの!お願い!」


弥紗は瞳の手をぎゅっと握ってぶんぶん振った。まるで小悪魔みたいに迫ってくる彼女に、瞳は苦笑いを浮かべた。

もし普段から絢音と接していなければ、彼女と同じ年の男子ならこの誘惑に耐えられなかったかもしれない。


瞳は少し考えた。結衣の友達なら、ゲームの情報を外に漏らすようなことはしないだろう。


「……じゃあ、結衣に送ってもらうようにするよ。でも、絶対に他の人には言っちゃダメだからね?」


「うん!ありがとう!」


弥紗は目を輝かせ、年相応の無邪気な笑顔を見せた。


「先生のゲーム、すっごく楽しみ!」

瞳は彼女の笑顔を見つめながら、つい口をついて出た。


「それとも、うちの部屋で直接遊ぶ?パソコンにはもう入ってるし」


言ってから相手が絢音ではないことに気づいたが、もう後の祭りだった。


「いいの?じゃあ、お邪魔しちゃおうかな」


弥紗は何のためらいもなく即答した。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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