ねぇ、世界の果まで連れてくれる?
瞳がそんなことを考えている間に、絢音はすでにゲームに戻っていた。
ゲーム内の青年がゆっくりと少女に近づいていった。
「あの……」
静寂の中に、青年の声が落ちた。
少女はゆっくり目を開け、彼を見つめた。
「えっ……お兄さん、私のことが見えるの?」
その声には、驚きと、どこか嬉しさが混じっていた。
「見える……けど?」
絢音も主人公と一緒に違和感に気づいたようで、思わず画面に顔を近づけた。
少女はふわりと微笑み、明るい声で言った。
「うん、だってもう私、死んでるんだよ。……ほら」
彼女は自分の手のひらを差し出した。
その手は、よく見ると、淡く透けていた。
けれど、彼女の笑顔はあまりにも屈託がなく、まるでただの冗談のようにも聞こえた。
(……死んでる? いや、そんなはず……でも、透けてる……)
青年は混乱しつつも、なぜか怖さは感じなかった。
「いや、軽すぎない!?てか主人公、ちょっと驚いただけで普通に受け入れてない?」
絢音は思わずツッコんだ。
「まあ、世界がもう終わってるんだし、これ以上悪くなることもないでしょ?」
瞳は苦笑しながら肩をすくめた。
「……確かに」
絢音は説得されて、続きを見始めた。
「お兄さん、お願いがあるんだけど」
「お願い?」
少女は瓦礫の山からひょいっと降りると、少し離れた場所を指さした。
そこには、かすかに見える箱のようなものがある。
「アレ、取ってくれない? 私のギターなの。
付喪神……?それとも地縛霊?とにかく、ギターから離れられないの」
「わかった」
青年は瓦礫を少しずつ動かし、気を付けながらギターの形をした硬いケースを取り出した。
木目調の外装は古びていて、傷跡がたくさんついている。
「それそれ!私のギター!」
「ここだと濡れやすいから、場所を移そう」
青年はまだ濡れている地面を見て、ギターケースを抱えてバス停の屋根下へ向かった。
少女は手を後ろに組んで、ニコニコしながら彼の後ろをついていく。
「わあっ、猫ちゃん!ふわふわだ~!」
少女は目を輝かせて黒猫に飛びついた。
黒猫も少女の姿が見えているようで、ちらりと一瞥したものの、特に逃げたりしなかった。
「君、猫に触れるのか?」
青年が不思議そうに聞いた。
「うん?ほんとだ。今まで試したことなかったけど、触れるんだね」
少女は今さらのように驚き、ふっと青年の方に手を差し出した。
青年も手を差し出してみると、少女の手は少し冷たかったが、しっかりとした触感があった。
「……あったかい……」
少女はじっと青年の手を見つめながら、ぽつりとつぶやいた。
「きっと、彼女はずっとひとりぼっちだったんだね……」
絢音は目に涙を浮かべながら、そっと言った。
「そういえば、中のギターは大丈夫かな……?」
青年はちょっと気恥ずかしそうに話題を変えると、少女の視線もギターに戻った。
「そうだった、早く開けてみて!」
少女に急かされるまま、青年はギターケースを開けた。
外のハードケースが中を守ってくれたのか、ギターはほとんど無傷に見えた。
青年が弦を軽く弾くと、澄んだ音が空気に広がった。
「どうやら中身は無事だったようだ。……これは? 君の名前?」
彼はケースの内側に貼られたラベルを見つけた。そこには「繆」と書かれていた。
「うん、そうだよ。じゃあお兄さんは?」
「俺? ムウっていうんだ」
「へえ、不思議な名前の組み合わせだね。うちの猫の名前と似てるし」
隣で聞いていた絢音が興味深そうに口を挟んだ。
「ヒロインの名前は、音楽(music)の“ミュー”から取ったんだ」
「じゃあ、主人公のは……?」
「ただ語感が合いそうだったから、適当に決めただけ」
「瞳、ちょっとヒロインばっかり力入れてない? 主人公、手抜き感あるよ?」
「うっ……まあ、否定はしないかな」
瞳はばつが悪そうに頭をかいた。
「お兄さんって旅人なの?」
繆がふと問いかけた。
「旅人……なのかな。一応あてもなく歩いてるだけだけどね」
「行きたい場所とか、ないの?」
「……ないんだ」
ムウは少しだけ間を置いて、そう答えた。
「じゃあ、お兄さんは“世界の果て”を見たことある?」
「世界の……果て?」
ムウが首をかしげる。
「うん、お母さんが言ってたの。北に向かって歩いていくと世界の果てに辿り着けるって」
繆は北の方角を指差し、目を輝かせた。
「そこには見せたいものがあるって……」
「残念だけど、見たことはないな。何があるのかも分からない」
ムウの言葉に、繆はうつむいた。
しばらく黙ったあと、彼女は小さな声で言った。
「……お兄さん、お願いがあるの。私を“世界の果て”に連れて行ってくれない?
このギターも、一緒に連れて行ってほしいの。……ワガママなのは分かってるけど」
彼女は断られるのが怖いのか、服の裾をぎゅっと握っていた。
ムウはしばらく彼女の目を見つめたあと、ふっと笑って答えた。
「いいよ。どうせ俺も、特に行き先が決まってるわけじゃないし」
「……ほんとに? 連れて行ってくれるの?」
繆は涙をにじませながら、ムウを見つめた。
「それに、今のこの世界で、楽器は貴重だからね。君が言わなくても、置いていくつもりなんてなかったよ」
「よかった……ありがとう」
「大したことじゃないさ。あ、そうだ。このギター、君のなんだろ? 君、ギター弾けるんだよね?」
「もちろん! 昔、大会で優勝したことあるんだよ!」
繆は胸を張って自慢げに言った。
「じゃあ、教えてくれない?旅の資金代わりにさ」
「もちろん! 任せてよ、今すぐ教えてあげる!」
「ダメだよ、今は。今はまず……泊まれる場所を探さなきゃ」
「えっ、どうして?」
肩透かしをくらった繆が首をかしげる。
「もうすっかり日が暮れてる。まずは今夜泊まれる場所を探さないと」
「……そっか。うん、そうだね!」
ムウはバイクを押しながら歩き出し、途中で立ち止まった。
「……なあ、猫ちゃん。お前も一緒に来るか?」
「にゃー」
黒猫はまるで理解したかのように一声鳴き、ムウのリュックの上にひょいと飛び乗った。
青年と少女、そして一匹の猫。
三つの影がゆっくりと、夕闇に溶けるように遠ざかっていった。
「いいなあ……私も自分の猫を連れて、ああやって旅してみたいな……
まあ、うちの子は絶対に嫌がるけど」
絢音はうらやましそうに画面を見つめていた。
「でもまあ、ネコにとっては外の世界はちょっと危ないかもね。あ、そうだ、このあとは探索パートと音楽モード、ちょっと試してみて」
と、瞳が説明を加えた。
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