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このゲーム、君に届けたい  作者: 天月瞳
五作目『灰燼から燃え上がる天使の歌』

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ねぇ、世界の果まで連れてくれる?

瞳がそんなことを考えている間に、絢音はすでにゲームに戻っていた。




ゲーム内の青年がゆっくりと少女に近づいていった。




「あの……」




静寂の中に、青年の声が落ちた。




少女はゆっくり目を開け、彼を見つめた。




「えっ……お兄さん、私のことが見えるの?」




その声には、驚きと、どこか嬉しさが混じっていた。




「見える……けど?」




絢音も主人公と一緒に違和感に気づいたようで、思わず画面に顔を近づけた。




少女はふわりと微笑み、明るい声で言った。




「うん、だってもう私、死んでるんだよ。……ほら」




彼女は自分の手のひらを差し出した。




その手は、よく見ると、淡く透けていた。


けれど、彼女の笑顔はあまりにも屈託がなく、まるでただの冗談のようにも聞こえた。








(……死んでる? いや、そんなはず……でも、透けてる……)


青年は混乱しつつも、なぜか怖さは感じなかった。






「いや、軽すぎない!?てか主人公、ちょっと驚いただけで普通に受け入れてない?」


絢音は思わずツッコんだ。




「まあ、世界がもう終わってるんだし、これ以上悪くなることもないでしょ?」


瞳は苦笑しながら肩をすくめた。




「……確かに」




絢音は説得されて、続きを見始めた。




「お兄さん、お願いがあるんだけど」




「お願い?」




少女は瓦礫の山からひょいっと降りると、少し離れた場所を指さした。


そこには、かすかに見える箱のようなものがある。




「アレ、取ってくれない? 私のギターなの。


付喪神……?それとも地縛霊?とにかく、ギターから離れられないの」




「わかった」




青年は瓦礫を少しずつ動かし、気を付けながらギターの形をした硬いケースを取り出した。


木目調の外装は古びていて、傷跡がたくさんついている。




「それそれ!私のギター!」




「ここだと濡れやすいから、場所を移そう」




青年はまだ濡れている地面を見て、ギターケースを抱えてバス停の屋根下へ向かった。


少女は手を後ろに組んで、ニコニコしながら彼の後ろをついていく。




「わあっ、猫ちゃん!ふわふわだ~!」




少女は目を輝かせて黒猫に飛びついた。


黒猫も少女の姿が見えているようで、ちらりと一瞥したものの、特に逃げたりしなかった。




「君、猫に触れるのか?」




青年が不思議そうに聞いた。




「うん?ほんとだ。今まで試したことなかったけど、触れるんだね」




少女は今さらのように驚き、ふっと青年の方に手を差し出した。




青年も手を差し出してみると、少女の手は少し冷たかったが、しっかりとした触感があった。




「……あったかい……」




少女はじっと青年の手を見つめながら、ぽつりとつぶやいた。






「きっと、彼女はずっとひとりぼっちだったんだね……」


絢音は目に涙を浮かべながら、そっと言った。








「そういえば、中のギターは大丈夫かな……?」


青年はちょっと気恥ずかしそうに話題を変えると、少女の視線もギターに戻った。




「そうだった、早く開けてみて!」


少女に急かされるまま、青年はギターケースを開けた。


外のハードケースが中を守ってくれたのか、ギターはほとんど無傷に見えた。




青年が弦を軽く弾くと、澄んだ音が空気に広がった。




「どうやら中身は無事だったようだ。……これは? 君の名前?」


彼はケースの内側に貼られたラベルを見つけた。そこには「繆」と書かれていた。




「うん、そうだよ。じゃあお兄さんは?」


「俺? ムウっていうんだ」




「へえ、不思議な名前の組み合わせだね。うちの猫の名前と似てるし」


隣で聞いていた絢音が興味深そうに口を挟んだ。




「ヒロインの名前は、音楽(music)の“ミュー”から取ったんだ」


「じゃあ、主人公のは……?」


「ただ語感が合いそうだったから、適当に決めただけ」


「瞳、ちょっとヒロインばっかり力入れてない? 主人公、手抜き感あるよ?」


「うっ……まあ、否定はしないかな」


瞳はばつが悪そうに頭をかいた。




「お兄さんって旅人なの?」


繆がふと問いかけた。




「旅人……なのかな。一応あてもなく歩いてるだけだけどね」


「行きたい場所とか、ないの?」


「……ないんだ」


ムウは少しだけ間を置いて、そう答えた。




「じゃあ、お兄さんは“世界の果て”を見たことある?」


「世界の……果て?」


ムウが首をかしげる。




「うん、お母さんが言ってたの。北に向かって歩いていくと世界の果てに辿り着けるって」


繆は北の方角を指差し、目を輝かせた。


「そこには見せたいものがあるって……」


「残念だけど、見たことはないな。何があるのかも分からない」


ムウの言葉に、繆はうつむいた。


しばらく黙ったあと、彼女は小さな声で言った。




「……お兄さん、お願いがあるの。私を“世界の果て”に連れて行ってくれない?


このギターも、一緒に連れて行ってほしいの。……ワガママなのは分かってるけど」


彼女は断られるのが怖いのか、服の裾をぎゅっと握っていた。




ムウはしばらく彼女の目を見つめたあと、ふっと笑って答えた。




「いいよ。どうせ俺も、特に行き先が決まってるわけじゃないし」


「……ほんとに? 連れて行ってくれるの?」


繆は涙をにじませながら、ムウを見つめた。




「それに、今のこの世界で、楽器は貴重だからね。君が言わなくても、置いていくつもりなんてなかったよ」




「よかった……ありがとう」


「大したことじゃないさ。あ、そうだ。このギター、君のなんだろ? 君、ギター弾けるんだよね?」


「もちろん! 昔、大会で優勝したことあるんだよ!」




繆は胸を張って自慢げに言った。




「じゃあ、教えてくれない?旅の資金代わりにさ」

「もちろん! 任せてよ、今すぐ教えてあげる!」




「ダメだよ、今は。今はまず……泊まれる場所を探さなきゃ」


「えっ、どうして?」


肩透かしをくらった繆が首をかしげる。




「もうすっかり日が暮れてる。まずは今夜泊まれる場所を探さないと」


「……そっか。うん、そうだね!」




ムウはバイクを押しながら歩き出し、途中で立ち止まった。




「……なあ、猫ちゃん。お前も一緒に来るか?」


「にゃー」




黒猫はまるで理解したかのように一声鳴き、ムウのリュックの上にひょいと飛び乗った。




青年と少女、そして一匹の猫。


三つの影がゆっくりと、夕闇に溶けるように遠ざかっていった。




「いいなあ……私も自分の猫を連れて、ああやって旅してみたいな……

まあ、うちの子は絶対に嫌がるけど」


絢音はうらやましそうに画面を見つめていた。




「でもまあ、ネコにとっては外の世界はちょっと危ないかもね。あ、そうだ、このあとは探索パートと音楽モード、ちょっと試してみて」


と、瞳が説明を加えた。



ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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