テスト版だから、これからもっと良くなるから!
「来たよ~」
絢音は微笑みながら挨拶した。
今日の彼女は髪を三つ編みにして、淡い青色のスカートに白いブラウスを合わせた、清楚で可愛らしい格好をしていた。
……まるで隣に住んでいる女の子みたいだった、いや、実際に隣に住んでいるのだが。
「うん、いらっしゃい」
瞳は絢音の新しいスタイルの破壊力に耐えつつ、なんとか仕事に集中しようとしていた。
絢音はそんな瞳の反応に満足そうに、口元を引き締めて小さく笑った。
「じゃあ、始めようか」
瞳は自分がいつも座っている席を絢音に譲った。
「はーい」
絢音はにこにこして椅子に座った。
「うん、それを押して」
瞳はパソコン画面の「テスト01」と書かれたファイルを指さした。
「了解でーす!」
絢音はわざと大げさに敬礼してみせた。
「先に言っておくけど、まだテスト版だから、まだまだ未完成だぞ」
瞳は少し恥ずかしそうに言った。
ゲーム内の画像もまだラフスケッチの段階で、こんな中途半端な状態を他人に見せるのは、彼にとってとても気恥ずかしいことだった。
「わかってるってば。何回テストプレイしてきたと思ってるの?」
絢音がファイルを開くと、ゲームのスタート画面が現れた。
そこには、蒼白い廃墟の中に停まった一台のバイクがあり、空からは灰のような白い粒が降り続けていた。
「じゃあ、始めるね」
絢音がクリックすると、画面がゆっくりと動き出した。
最初は素朴なアニメーションから始まった。一台のバイクが荒れ果てた道路を進んでいく。
この世界はすでに死んでしまったようだ。暗い空、灰色の大地、静かすぎて、バイクのエンジン音だけが響いている。
道の両側には崩れた建物ばかりで、ほとんど完全な建築物は見当たらない。
「なんだか、すごく寂しい世界だね」
絢音は画面をじっと見つめながら、ぽつりとつぶやいた。
パタ……パタ……。突然、雨が降り始めた。
バイクのライダーは偶然に雨避けになりそうなバス停を見つけ、そこにバイクを停めた。
「わ!雨だ!」
画面がズームし、オリーブ色のジャケットを着た青年がヘルメットを外す。
濡れた前髪が額に張りついていた。やつれた顔には疲労の色が濃かった。
青年は空を見上げてため息をついた。
「しばらくは止みそうにないな…」
「ニャー」
「ネコ?」
「ネコちゃん!?」
絢音と青年のセリフがほぼシンクロした。
バス停のベンチの上に、黒猫が一匹寝そべっていた。ほとんど影と一体化していたが、緑色の目だけが光っていた。
「かわいい!」
絢音は一気にテンションが上がり、瞳はそんな彼女を見て、猫をゲームに入れて正解だったと感じた。
青年は相手を驚かせないように、そっと手を差し出した。
「おいで、ネコちゃん」
黒猫はゆっくりと近づき、彼の手の匂いをくんくんと確かめた。
食べ物がないとわかると、不満げに「ニャー」と鳴く。
首には鈴のついた深紅の首輪があって、猫が人間を恐れていない理由がそれだった。
「はは、大丈夫。食べ物は多くないけど、キミに分けるくらいならあるよ」
青年は背中のリュックから缶詰を取り出し、半分を黒猫に分け与えた。
黒猫は遠慮なく、夢中で食べ始める。
その様子を穏やかに見守っていた青年の表情が、ふと変わった。
雨音が次第に弱まり、どこかからかすかに何かが聞こえてきた。
「歌声…?でも…こんなところで…?」
青年はその音を頼りに歩き始めた。
カメラが切り替わり、瓦礫でできた小さな丘の上に、一人の少女が座っていた。
白いワンピースを身にまとい、目を閉じたまま、静かに歌っている。
ラフスケッチの画面の中、唯一色づけされていたのは、彼女の金髪だけだった。
風に揺れるその髪だけが、まるで生きているかのように感じられた。
他のものは簡単な影しか描かれていない。
「これは……」
絢音は思わず声を漏らした。
「テスト版だから、まだ……」
瞳は少し恥ずかしそうに言い訳する。
「ううん、わかってるよ。……でも、この絵、すごくいいね。歌声は、まだ……入ってないんだ?」
「うん、あとで入れる予定だけど……どうするか、まだ決まってなくて」
「今回のヒロインも、声つける予定?」
「そう考えてるけど、歌も歌う必要あるから、コスト的にちょっと…そうだ、絢音、あなたは…」
瞳が尋ねようとしたとたん、絢音はぶんぶんと首を横に振った。
「わ、私?無理無理……歌はちょっと……自信ないし」
「そうかな?絢音の歌声、けっこう好きだけどな」
「ありがとう。でも……恥ずかしいもん、やっぱり無理……」
「そうか……じゃあ、誰かこの役をやってくれそうな人、知ってる?」
瞳は、前回でVTuberを声優に起用して、結構いい宣伝効果があったことを思い出した。
演技のクオリティも悪くなかった。
「歌上手い人なら、天川社に結構いるよ。ニナちゃんとか、天歌ちゃんとか。
……引き受けてくれるかはわからないけど」
「へえ、その二人が……」
瞳は少し驚いた様子だった。
天歌が歌に長けているのは知っていたが、結衣の友達までプロレベルとは思っていなかった。
そんなことを思いながらも、瞳は前に弥紗に会ったときのことを思い返し、やはり距離を取っておくべきだと感じていた。
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