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このゲーム、君に届けたい  作者: 天月瞳
五作目『灰燼から燃え上がる天使の歌』

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夏休みの一日

夏休みの間、焼けつくような日差しがアスファルトを焦がすなか、瞳は軽やかな足取りで街を歩いていた。

朝倉社長の予想通り、『狐の巫女と天気雨』は天川社所属のVtuberによる実況配信や限定ボイスの販売と相乗効果を生み、予想以上の好成績を収めていた。

ゲーム制作当初は赤字を覚悟していた瞳にとって、この結果は胸をなで下ろす思いだった。

損どころか、しっかりと利益まで出てしまったのだから、嬉しい誤算というほかなかった。


 


そんな瞳は今日、久しぶりに学友の佐藤信と会う約束をしていた。

彼は今、学校の野球部でエースとして活躍しており、注目の的だった。


「よっ、瞳! 久しぶり!」

信は右手を軽く挙げて挨拶する。

長期のトレーニングを経て、以前よりも一段とたくましくなっていたが、その顔立ちにはどこか抜けた軽薄さが残っていた。


「確かにね。最近どう? 野球部、忙しいんじゃない?」

「言うなよ。毎日練習か試合の繰り返し。来月には甲子園だから、全然休む暇がないんだって」

「はは、大変そうだね」

「こんな生活してたら、いつになったら彼女できるんだよ!」

拳を握りしめながら、信はやけくそ気味に叫んだ。



「ほんと、変わらないね。でも確か、野球部ってかなり人気あったよね?」

瞳は苦笑しつつ、少し首をかしげて言った。

成績も実績も申し分なく、毎年のように甲子園へ進出している強豪校だ。モテない理由が思いつかない。



「はは、まあ人気はあるよ。でも寄ってくるの、ほとんど男ばっかなんだよな。後輩に慕われるのは悪くないけどさ……」

信は後ろ手に腕を組みながら、ぼやくように呟いた。




「で、今日は何するつもり?」

「久々にゲーセンでも行こうぜ。なんか面白いのやろう」

「いいね。じゃあ、行こっか」



近くのゲームセンターは四階建ての大型施設で、広さもかなりのものだった。

中へ入ると、音と光が所狭しと飛び交い、夏休み中ということもあって学生の姿が目立っていた。


 


「毎回来るたびに、目がチカチカするな……」

「あっち空いてるぞ、さあ勝負だ」


信が格ゲーの対戦台に向かい、勝負を挑んでくる。

二人はそれぞれお気に入りのキャラを選び、対戦を始めた。


 


瞳の腕は決して上級者というわけではなかったが、長年ゲームに携わってきた経験は豊富だった。

一方、信は普段あまり練習する時間がないものの、反射神経が鋭く、意外にも互角の勝負となった。


 


しばらく対戦を続けたあと、瞳が提案した。

「せっかくだし、他のゲームも遊んでみようよ」


「そうだな、もしかしたらゲーム好きの女の子に会えるかもな」

信はにやけた顔でそう言った。


 


「その顔やめときな。女の子、ドン引きするよ」

瞳が呆れ気味に言うと、二人はそれぞれ興味のあるゲームを探し、時に協力し、時に対戦しながらゲーセンを満喫した。



瞳は気になるゲームを見つけるたびに、ポケットからノートを取り出して何かを書き留めていた。


「……いや、ゲーセンでメモ取ってるやつ、初めて見たわ」

信が思わずツッコミを入れる。


「ははは……」

瞳は頭をかきながら、照れたように笑った。


 


「ちょっとトイレ。瞳は?」

「俺は大丈夫」

「じゃ、先に遊んでて。すぐ戻るから」


信は軽く手を振って、そのままトイレへと向かった。


 

瞳はその場に残り、周囲を見回して興味のある筐体を探していた。 

すると、クレーンゲームの前で立ち尽くす、小柄な少女の姿が目に留まった。


 

「……あれ、確か収録のとき、絢音が“天歌”って呼んでた子だよな」

その少女は、天川社のVtuber《星来天歌》の中の人だった。

本名までは知らないが、『狐の巫女と天気雨』では彼女がキャラクターの声を担当していた。


 

少女は顔をガラスにくっつけるほど近づけ、何度もコインを投入しては失敗を繰り返していた。

その表情はどんどん沈み、瞳の輝きすら失われていた。


瞳はクレーンゲームが得意というわけではなかったが、それでも、彼女がかなり苦戦しているのは一目で分かった。


 


「……あっ」


少女は財布の中をまさぐり、小銭がもう残っていないことに気づいたらしく、無言でクレーンゲームを見つめていた。


そのあまりに落ち込んだ様子に、気がつけば瞳は自然と声をかけていた。



「その……大丈夫?」


 

突然話しかけられた少女は、びくりと肩を震わせ、顔を上げる。

そして瞳を見て、どこか戸惑いながら口を開いた。


 

「あれ……先生?」


「いや、先生ってほどじゃないよ。俺は長谷川瞳。えっと……どう呼べばいいかな……」


公の場で“天歌”と呼ぶのはさすがに気が引けて、瞳は少し言葉を濁した。


 

「歌奈。朝倉歌奈」

「じゃあ……朝倉さんって呼んでもいい?」


「うん」

歌奈は小さくうなずいた。



「朝倉さん、欲しいのはどれ?」


瞳はガラス越しに中を覗き込む。中には今流行中のキャラクターぬいぐるみが並んでいた。


「ん……あれです」


歌奈は白と黒の猫のような小動物を指さした。

「あれね、わかった」

瞳はコインを投入し、試しに一度だけ操作してみた。


天井設定に達していたのか、あるいは運が良かっただけなのか、

なんと、一発で成功してしまった。


 


「えっ……神様……? すご、一発で……!」

歌奈は信じられないといった様子で、瞳を仰ぎ見た。


 


「運が良かっただけ。はい、どうぞ」

「えっ? 本当にいいの? これ、あなたが取ったのに……」

「いいよ。欲しかった人のもとに行った方が、ぬいぐるみも嬉しいでしょ」


瞳はキャラクターの正体が最後まで分からなかったが、小さなぬいぐるみを手に取り、それをそっと歌奈に差し出した。



「ありがとう。大切にします」

歌奈は嬉しそうに受け取り、胸に抱きしめた。

「うん」

瞳は歌奈に別れを告げ、あたりを見回した。

そろそろ信が戻ってくる頃だと思ったそのとき。


ちょうどそのとき、背後から聞き覚えのある声がした。


「さっきの可愛い子、誰だよ?」

振り向くと、信がニヤニヤとした顔で立っていた。


「うわっ、驚かせるなよ……あの子? 前に一度会っただけだよ」

「なぜだ!なぜ瞳はそんな簡単に女の子と仲良くなれる!? 顔か!?やっぱ顔なのか!」

信はそう叫びながら飛びかかり、瞳の顔を引っ張ろうとした。


 


「バカ、やめろって!」

瞳はその手を受け止め、二人はじゃれ合うように小競り合いを始めた。


 


そのとき、信のスマホが突然鳴り出す。


画面をちらりと見て、信は顔をしかめた。

「うわ……最悪……コーチだ……」



「早く出なよ。出ない方がやばいでしょ」


「だよな……」

ため息をつきながら電話を取ると、受話器越しに怒鳴り声が響いてきた。


 


「バカヤロウ! お前どこほっつき歩いてたんだ!」

スピーカーにしていないのに、隣にいる瞳にまで聞こえてくる声量だった。


 


「えっと、ちょっと気分転換に出かけただけで……」

「なにが気分転換だ! 一軍のやつが勝手に外出してんじゃねえ!すぐ戻ってこい!」

「……はい」


信は肩を落とし、瞳へ向き直る。

「ってわけで、先に戻るよ……」

「うん。お疲れさま」


信が去った後、瞳はひとり、ゲーセンの片隅に立ち尽くしていた。

耳にはまだ、信のコーチの怒声が残響のように残っていたが、次第に雑多なゲーム音にかき消されていった。

 


「……さて、どうしようかな」

誰にともなく呟きながら、ふと先ほどの歌奈のことが気になった。

もう帰っただろうか。それとも、まだどこかで遊んでいるのか。


何とはなしに足を進めると、再び彼女の姿を見つけた。

今度は音ゲーの筐体の前で、小さな体を目一杯使い、画面のリズムに合わせて体を動かしていた。

集中したその横顔は、さっきクレーンゲームで落ち込んでいた時とはまるで別人のようだった。


(けっこう上手いな……さっきと全然違う顔してる)


その姿を見ているだけで、瞳の心もどこか温かくなった

けれど今回は声をかけず、そっとその場を離れた。


 


「音ゲーか……うーん、作れるか……?」


彼の脳裏には、ゲームの構想が静かに芽を出し始めていた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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