え、自分の声のヒロインを攻略するの?ムリ!
絢音は、最近買ったばかりのゲーム柄Tシャツにショートパンツという格好で、すらりとした脚を無造作にベッドの上でばたばたさせていた。
その光景は、瞳にとってかなり目のやり場に困るものだった。
「絢音、今夜本当に参加しないの?」
瞳はパソコンを見て、後ろの絢音に訊いた。
【狐の巫女と天気雨】の発売に合わせて、瞳は天川社に宣伝を依頼していた。
もともとは、天川社が手伝ってくれた声優の人たちが、今夜一緒にライブ配信をして宣伝する予定だった。
彼女たちへの感謝の気持ちを込めて、瞳はそれぞれがゲームキャラクターの衣装を着た姿を特別に描いていた。
正直、浅海学姉の絵柄に寄せるのは、かなりの時間と労力がかかった。
しかし、どうやら社長が突然ひらめき、このような共同宣伝の効果をどれだけ試せるかを試すことに決め、社内のVTuberが誰でも自由に参加できるようにした。
その結果、今夜は大盛況となった。
絢音はごろごろと転がるのをやめ、突然枕を抱いて顔を隠した。
「うーん…」と苦悩するような声を漏らし、少し恥ずかしそうに目を伏せる。
瞳はその姿を見て、心の中で思わず悲鳴を上げた。
(俺の枕がっ!)
絢音が使ったあとの香りが残ってて、それだけで眠れなくなるってのに……。
だが、絢音はまったく気にせず、枕を抱きしめるようにして無防備に顔を隠した。
「うーん、ライブ配信で、自分とまったく同じ声のヒロインを攻略するなんて」と絢音は顔を赤くしながら言った。
「だって、まるで自分を攻略してるみたいで…テストプレイのときもうそんなに恥ずかしいのに…」
瞳はその無邪気な悩みに、少し戸惑いながらも「それは…確かにな」と答えた。
「うーん、でも、俺が知ってる絢音なら、サムネももう事前に作ってるんじゃない?それに、せっかく描いたんだから、使ってくれと嬉しいなぁ」
「ぐっ!」
絢音は図星を突かれた顔をして、ちょっと苦しそうに悩んでいる。
「……そうだね、瞳があんなに頑張って描いてくれたのに」
絢音は小さく呟き、枕を抱いたまま天井を見つめた。
彼がどれほど時間をかけてイラストを描いてくれたか、絢音は知っている。
それでも、あのキャラの声が自分だという事実が、どうしても受け入れがたかった。
「ああああっ!もう、わかったってば!」
絢音は叫び声と共に枕を放り、勢いよく起き上がった。
「じゃあ、私はもう帰るね!」
「おう、頑張ってね」
夜になり、瞳は琉璃のチャンネルで新しい配信枠「【狐の巫女と天気雨】巫女さんに会いに行くッ!!」を見つけた。
サムネイルは自分で描いたイラストを加工して作成されており、瞳は思わず満足げな笑顔を浮かべた。
:琉璃の巫女服、めっちゃ可愛い!
:新衣装は巫女服に決定!
:巫女!巫女!
(そうだろう、かわいいだろう)
瞳は自慢気に胸を張った。
「みんな、こんるり~、鈴宮琉璃です。」
琉璃の胸の前には、サムネイルと同じように小さくした、巫女服を着て、右側に狐の面を掛けた鈴宮琉璃の立ち絵が置かれていた。
「今日はプレイするのは、【瞳中の景】さんの新作【狐の巫女と天気雨】です!」
と元気な挨拶をするものの、その声にはどこか力が抜けた様子が感じられた。
配信が始まり、最初に琉璃のテンションがあまり高くないことにリスナー達が気づいた。
:こんるり~
:大丈夫?なんか元気ないね
:新作だ!
「だいじょーぶ……たぶんね」
琉璃は冗談めかして笑ったが、その声にいつものハリはなかった。
「もう知っている人もいるかもしれないけど、画面にいる狐のお面をつけた巫女さん、あれ、実は私が声を担当してるんです」
:へーそうなんだ
:知ってます、楽しみだ
:狐のお面の破壊力やばい!
「うん、光栄なことだけど、でも自分の声と全く同じキャラを攻略するのはちょっと…うーん…」
:なんかすごい悩んでるw
:つまり琉璃ちゃんの声するキャラ―を攻略できるってこと?
:主人公=琉璃ちゃん=俺の嫁
「認めたくないけど、そうなりますね」
鈴宮琉璃は「ハハハ……」と力なく笑った。
:うおおおおおおお!
:買います!今買います!
「落ち着いて、みんな、落ち着いて、とりあえずゲームを始めるね」
ゲームの開始ボタンを押すと、鈴の音が鳴り響き、画面が暗闇に包まれた。
その後、ゆっくりと光が差し込み、小さな黄色い点が浮かび上がる。それはシベリアンキャットで、画面をじっと見つめている。
カメラがゆっくりと猫の顔に寄っていき、その瞳が黄黒い光をきらりと反射する。
その瞳の中に、近づいてくる影が映り込み、手が猫に伸びていく。
その瞬間、猫の右目が軽くウィンクをし、リスナーたちは息を呑んだ。
:かわいいいいい!
:いつもと違うね
:なにこれ!なにこれ!
「くっ、なんという破壊力!」
琉璃はまるで重い一撃を受けたかのように倒れ込んだ。
「まさかこんなところに刺客がいるなんて…」
:始まる前から大ダメージw
:これはやってんね
「は…は…なかなかやるじゃん」
琉璃は気を取り直して画面を見た。
画面がゲームの本編に切り替わり、田舎の風景が広がる。
黄金色に輝く田んぼが広がり、遠くには青く霞んだ山々が連なっている。
土でできた小道には、自分の足音だけが響き、まるで時が止まったかのような静けさを感じさせる。
俺は宮崎祐真。ここに来るのは久しぶりだ。
今年、両親と一緒に帰省してきたが、実家にいるのはあまりにも退屈なので、やはり外に出て少しぶらぶらすることにした。
祐真「空気はいいけど、ここ、ほんとに田舎だな。田んぼと木しかねえじゃん」
祐真は少し退屈そうに周りを見渡し、駅からここまで来るのに2時間もかかったことを思い出した。
「2時間はなかなか遠いね」
:本物の田舎はもっとすごいよ
:一日バスが3本だけとか
「バスが一日に3本だけとか、それも意外と多い方だよね」と琉璃がリスナー達と田舎あるあるについて話している。
その間、瞳は他の天川社のライバーたちに、感謝の意を伝えていた。
元々、声優は5人だけで、その5人にはイラストと依頼費が用意されていた。
しかし、社長のおかげで、宣伝する人の数は一気に増え、予想外の配信者も加わった。
このような純粋な善意に対して、ただ「ありがとう」と一言で済ませるのは気が引ける。
そのため、予想外の大きな出費になった。
(でも、なにもしないよりはいい。よし、がんばるぞ!)
瞳は事前に受け取ったライバーリストを見ながら、スーパーチャットを送った人の名前にチェックを付けていった。
(これで漏れがないはず……大丈夫よね?)
と心の中でつぶやきながらも、正直なところ、何度も確認しなければ気が済まなかった。
瞳の顔に疲れが浮かぶが、手は止まることなく、次々とリストを消化していく。
予想外の大きな出費に心が痛むが、それをただの「必要経費」として割り切るしかなかった。
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