結衣、あなたの友達なんかやばくない?
七夜夢と契約して一番よかったことは?と聞かれたら、瞳はこう答えるだろう。
「機械的な作業がすごく減ったこと、かな」ってところかな。
たとえば、セリフの収録が終わったあと、それを順番通りにゲームに組み込む作業。
もし瞳がひとりでやっていたら、どれだけ時間がかかったか、想像もつかないだろう。
しかもバグのテスト作業まであるとなれば、もう他のことなんて何もできない状態だった。
でも七夜夢のバックアップがあるから、すごく楽になった。
定期的に進捗をチェックしに行って、ゲームをテストして、想定通りに動いてるか確認するだけでいい。
今日も七夜夢のところへ行って、ゲームの細かいところを調整してきた。
進捗はもう九割くらい。あとはテストして、問題がなければ、発売準備だ。
家に帰った瞳は、ゲームのことを考えながら自分の部屋のドアを開けた。
そこで目に入ったのは、見知らぬ少女の後ろ姿が、なぜか自分の部屋にあった。
ベッドの前でうつ伏せになって、何かを探すようにベッドの下に手を伸ばしている。
……ん?
「部屋、間違えた……?」
瞳は一瞬、自分の目を疑った。
……まさかとは思ったが、見間違いじゃない。
それが理解できた瞬間、反射的にドアを閉めていた。
廊下を見てもう一度確認。うん、間違いなく自分の部屋だね。
はっと我に返って慌ててドアを開けた。
「ちょ、ちょっと待って!君、誰だよ!?」
「もう帰ってきたの?」
少女は何事もなかったかのように立ち上がって、にっこりと笑った。
「おかえりなさい、お兄さん」
瞳はよく見て、前回の収録会で会った少女、西村弥紗が部屋の中にいた。
「……君、西村じゃないか」
「も~兄さんだら、弥紗でいいって言ったのに」
「いや、今はそういう話じゃない、なにしてんの?」
「道に迷いました」
自信満々にうなずいて、まるで自分の家かのようにひょいっと瞳の横をすり抜けていく。
「じゃ、そういうことで。お兄さん、お邪魔しました~」
「いやいやいや、ちょっと待った。なんで俺の部屋にいたのか、ちゃんと説明してから帰ってくれ!」
「ちっ、さすがに誤魔化せなかったか」
弥紗は小さく舌打ちして、でもすぐににっこり笑顔で振り返った。
(いや、聞こえるから……)
「ちょっと気になっただけよ~。……まあ、他にも色々、ね?瞳中之景先生のお部屋って、どんな感じかな~って」
「いや、だからってベッドの下を探る必要ある?何か探してたんじゃないのか?」
「そりゃあ……って、危ない危ない。今、ちょっとえっちなこと言いそうになったじゃん!お兄さんって、意外と策士なんだね~」
弥紗は口元に手を当てて、じとーっと警戒するように瞳を見つめる。
「いやいやいや、小学生かよ。それに、エロ本をベッドの下に隠すって、どんだけ古い発想してんだよ……」
「え?違うの?」
「さすがにそんな人もういないじゃないか?」
瞳は収録中の弥紗の反応を思い出し、少し疑問に思って尋ねた。
「俺、何か悪いことした?なんか君、俺に対してずっと……ちょっと厳しくない?」
弥紗はじっと彼を見つめ、しばらく黙っていた。
その後、彼女の顔から笑顔が消え、低い声で厳しい表情になりながら言った。
「あなたが私の態度に気づいているなら、もう正直に言うわ。私、見たの。」
「……何を?」
「あなたがカフェで、いろんな女の子と会って、話して、楽しそうに笑っているところ。私はてっきり、先生はまともな人だと思ってたのに。」
「……は?何言ってるんだ?違う、誤解だよ!説明させてくれ!」
「ふん、言い訳する気?私はちゃんと見たんだから、今さらなかったことにするつもりか?」
「確かに会ったのは女の子だけど……でも本当に君が考えてるようなことじゃない!」
「なんて汚いの。こんな人が結衣の兄なんて……危険すぎる!」
「汚い……?」
「私は決めたわ」
弥紗は拳を強く握りしめ、目をしっかりと瞳に向けながら言った。
「あなたを改心させて、まともな人間にする!」
「違うんだ、君、まず話を聞いて!」
「弥紗ちゃん?大丈夫?何があったの?」
二人が言い争っていると、結衣は弥紗が戻らないことに気付き、ようやく出てきて探しに来た。
「まずい、結衣ちゃんが来ちゃった……」
「弥紗ちゃん~!あ、お兄ちゃんもいたんだ?二人は……何を話してたの?それにお兄ちゃんの部屋で」
結衣は二人の様子を見て、首をかしげながら不思議そうに尋ねた。
「ふふっ、なんでもないよ。ただね、結衣ちゃんの部屋に飾ってある絵を見て、まさかと思って……もしかしてお兄さんが、あの瞳中之景先生なんじゃないかなって。で、聞いてみたらビンゴだったから、ちょっと話してたの」
弥紗はそう言いながら、こっそりと鋭い視線を瞳に送った。
(違うって言ったら殺されそう)
「はは、そんな感じかな」
瞳は一先ず話を合わせた。
「あー!ごめん、お兄ちゃん、私のミスで」
「いや、別に構わないか」
結衣は両手を合わせて瞳に謝り、それから人差し指を唇に当てて弥紗に言った。
「弥紗ちゃん、これはナイショだからね?」
「もちろんっ!誰にも言わないよ!」
弥紗は顔を赤くしながら、元気よく返事した。
「うん、じゃあ、用が済んだら早く戻ってきてね。ゲーム、まだ途中なんだから!」
そう言って、結衣はリビングへと戻り、冷蔵庫から麦茶を取り出した。
「う、うん……すぐ戻るよ……」
ホラーゲームが待っているのを思い出したのか、弥紗の顔は一気に曇った。
瞳は(これで一旦終わったか……)と思ったその瞬間、結衣が目を離した隙を見て、弥紗がそっと瞳に近づいてきた。
ほとんど顔が触れそうなほどの距離で、瞳を無表情な目でじっと見つめながら、低い声で囁いた。
「さっきのこと、絶対に結衣ちゃんには内緒よ。もしバレたら……私、本当に、自分でも何をするか分からないから」
「お、おう……言わないよ……」
瞳は思わず後ろにのけぞりながら返事した。
「約束だよ」
「弥紗~?」
「はーい、今行くよ」
瞳は弥紗の背中を見つめながら、
(下手ホラーより怖いぞ、この子)
まさか結衣の友達が、ここまで“ヤバい”子だとは……完全に想定外だった。
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