【弥紗】親友の結衣ちゃん、私が守る!
長谷川結衣は、西村弥紗の一番の親友である。
人懐っこくて、勉強も運動もできる彼女は、同年代の子たちから「お姉さん」として尊敬されていた。
そんな結衣がよく口にする「お兄ちゃん」――長谷川瞳。
成績優秀で、背も高く、イケメン。まさに、若い女の子の理想を詰め込んだような存在。
結衣からスマホを見せてもらったことがある。
その壁紙には、兄妹のツーショットが仲良く並んでいた。
弥紗も、結衣の兄である瞳に、密かに憧れていたのだ。
……けれど、それは弥紗が家のカフェで働き始める前までの話。
実際に瞳を初めて見たとき、弥紗の胸は高鳴った。
しかも、そのとき彼は、同じ年頃の女子生徒を連れていたのだ。
「高校生って、本当に大人っぽいな……」と感心しつつ、弥紗は胸の高鳴りを抑えきれなかった。
そして二度目の遭遇。
今度は、同性でも見惚れるほどの美しい女性がカフェに現れ、「待ち合わせです」と告げた。
「こんな綺麗な人とデートするなんて、どんな凄い人が来るの?」とワクワクしていた弥紗の前に現れたのは――あの男だった。
あのプレイボーイが!
美人と楽しそうに話しているだけでもイライラするのに、そのあとには前回の女子生徒まで現れた。
「今度こそ、この男の本性を暴けるかも!」と期待したのに、三人は和やかに笑い合いながらカフェを後にした。
その後のことなんて、考えたくもない。
弥紗は歯ぎしりしながら、低くつぶやいた。
「不潔……あまりにも不潔すぎる……」
そして三度目の目撃。今度は美人姉妹二人と待ち合わせしていたのだ。
「もうダメだ……結衣があの男に汚される前に、私が絶対に助け出さなきゃ!」
弥紗は、数日前の収録会を思い出す。
大好きなゲームの制作者に会えると期待してスタジオに向かったら……
その『瞳中之景』の先生が、なんとあのプレイボーイだった。
「でも……黒崎さんはゲーム会社の人って言ってたし、もう一人の学生も天川社のVtuberらしいし……まさか、私の勘違い……?」
「ダメ、騙されちゃダメ!」
弥紗は首を何度も振り、両手で自分の頬をパンパンと叩いた。
「待ってて、結衣。私、今からあの男の正体を暴いてみせるから!」
そして今日。弥紗は結衣の家に遊びに行く予定だった。
これはチャンス。あの男の素顔を暴く、またとない好機だ。
だって、普段の結衣の話では「お兄ちゃん」は女の子の気持ちがわからない“朴念仁”だという。
でも、弥紗の目にはまったくの別人にしか見えなかったのだ。
「いらっしゃい、弥紗ちゃん!」
結衣は太陽のような笑顔で玄関のドアを開けて迎えてくれた。
その笑顔に、学校では何人の男子が心を奪われたことか。
もちろん、弥紗としては、そんな幼稚な男たちが可愛い結衣に近づくのは絶対に許せない。
「今日は、結衣ちゃんしかいないの?」
弥紗は静かな室内をさりげなく見回しながら、自然を装って探りを入れた。
「うん、パパとママはまだお仕事で、お兄ちゃんも出かけてて帰ってきてないよ」
「そっか……」
弥紗はVtuberとして普段からゲーム配信をしているが、今日は二人きりでゲームを楽しむつもりだった。
配信ではなく、完全なプライベートだ。
「それで、今日は何のゲームをするの?」
今回に限って、結衣はタイトルを教えてくれなかったため、弥紗は少し不安を感じていた。
「うん、今日はね、弥紗ちゃんが大好きな『瞳中之景』のゲームだよ!」
その言葉を聞いた瞬間、弥紗の顔に複雑な表情が浮かぶ。
今の弥紗は知っている。『瞳中之景』の制作者が結衣ちゃんの兄であることを。
「そ、そうか、やったね」
でも、せっかく結衣ちゃんの誘いだ。だから頑張って、無理にでも嬉しそうな顔を作った。
「えっ?ちょっと待って、どのタイトル?」
胸騒ぎがする。
「もちろん、私一人じゃ怖くてできないやつ、『退院』だよ!」
結衣は爽やかな笑顔で親指を立てた。
「む、無理無理、絶対に無理! 結衣ちゃんだって怖がりなのに、私の方がもっとホラー苦手って知ってるでしょ!」
「そう、それそれっ!」
結衣は弥紗を指差し、元気よく声を張り上げた。
「となりにもっと怖がってる子がいれば、ぜんぜん平気になるってわけ!」
「結衣ちゃん……私を生贄にしたの!?」
「ごめんね、でも弥紗ちゃんにしか頼めないの」
結衣は弥紗の腕に抱きついて、体を小さく揺らしながら甘えてきた。
その仕草に、弥紗は思わず口元をほころばせ、視線をそらす。
「そ、そうか……しょうがないなぁ。だって私は、結衣ちゃんの一番の親友だもんね」
そう言っても、やっぱり怖いものは怖い。
結衣と弥紗は手をつなぎながら部屋に入った。
弥紗が最初に目にしたのは、壁に飾られた一枚の原画だった。
それは、『ネコ待ちカフェ』の妹キャラが学生服を着て、猫を抱いているイラストだった。
「この絵は……?」
「お兄ちゃんがね、私がそのキャラ好きだって知ってて、誕生日にプレゼントしてくれたの」
結衣本人は気づいてなかったかもしれませんが、
これではもう、結衣のお兄ちゃんが作者だと認めているようなものだ。
「そうなんだ……」
弥紗は少し羨ましそうな表情を浮かべた。
少なくとも、そういうところだけ見れば、あの男も“お兄ちゃん”としては一応合格なのかもしれない。
「じゃ、じゃあ……始めよっか」
結衣は震える声でゲームを起動した。
弥紗も結衣にしがみつきながら、怯えた様子で画面を見つめる。
一人はガクガク震えるほど怖がり、もう一人はちょっとした物音で目をつぶって悲鳴を上げる。
そんな感じで、何度もつまづきながら、ようやくテケテケの場面にたどり着いたものの、連続でゲームオーバーになってしまった。
「ちょっと、休憩しよっか……」
結衣はベッドに倒れ込み、まるで体力を全部使い果たしたかのようにぐったりしていた。
「じゃあ、私、ちょっとトイレ行ってくるね」
「いってらっしゃ~い」
結衣は目を閉じたまま、片手をひらひらと振った。
……でも、弥紗の本当の目的はトイレではなかった。
彼女は、こっそりと瞳の部屋に忍び込み、何か証拠になりそうなものがないか探しに行こうとしていたのだ。
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