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このゲーム、君に届けたい  作者: 天月瞳
四作目『狐の巫女と天気雨』

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修羅場は気付けばそこに

「お兄さん?」


その一言が響いた瞬間、空気がピンと張り詰めた。


瞳はその場にいた全員の視線が一斉に自分に向けられたのを、はっきりと感じた。

特に、自分には結衣という一人の妹しかいないことを知っている絢音の目は、明らかに目つきが険しくなっていた。




「……君は?」

瞳が戸惑いながら声をかけると、その制服姿の少女は満面の笑みを浮かべて、甘えたような声で言った。


「も〜、お兄さんたら、私を忘れちゃったの?ひど〜いっ」

制服姿の少女が、猫なで声で甘えてくる。あまりにも甘すぎて、逆に背筋がゾクッとした。


瞳は冷や汗を垂らしながら、その視線をそらすことができなかった。

なにせ、隣の絢音の視線が……殺気すら帯びていたのだ。

(まずい、)


「ん?」

少女の顔をよく見ると、どこか見覚えがある。

着ているのは停雲高校の制服。まだあどけなさの残る顔立ち。


確かに、記憶の片隅に引っかかる何かがあった。

(それに、この声、どこかで……でも、まさかね)

記憶を手繰ると、ようやく名前が浮かんできた。



「君は……結衣の友達……だったか?」

瞳は少し戸惑いながら尋ねる。



「そう!弥紗だよ!結衣の一番の親友、西村弥紗!」

弥紗は嬉しそうに何度もうなずいた。



「西村か……もうこんなに大きくなって……昔、よく家に来ていたときは、ちょうど俺の腰くらいの背だったのにな」


瞳がまるで親戚のおじさんのようなセリフを言うと、弥紗は照れたように手をひらひらと振った。

「もぉ~、お兄さん、それいつの話してるのよ~それに西村じゃなくて、弥紗って呼んでください」



そうだ、西村弥紗。

昔、結衣の友達としてよく家に遊びに来ていた。

とはいえ、大抵は結衣の部屋にこもっていたから、瞳が顔を合わせる機会は少なかった。


結衣にべったりだった記憶がある。

それを知ってから、絢音の目も少しだけ和らいだように見えた。


「お兄さん、今日はどうしてここに来たの?……あっ!黒崎さんは、前にカフェで会ってた女の人?もしかして付き合ったりして?」


弥紗は黒崎さんに視線を向けて、手をポンッと打った。



「変なこと言わないで。そんなわけないじゃない、黒崎さんに失礼だぞ」


「いえ……そんな、大丈夫です」

黒崎は少し戸惑いながら、そう言った。


「ご、ごめんなさい!てっきりお兄さんの彼女かと……」


「違うよ。黒崎さんみたいに綺麗な人には、もっと素敵な相手がもういるに決まってるだろ」


瞳のさりげない褒め言葉に、黒崎の頬がほんのりと赤く染まった。




「い、いえ……その……私、そういう人はいません……」


黒崎は少し視線を逸らしながら、小さな声で答えた。


「そうか」


「……ごほん。それより、西村」

「弥紗です」


「弥紗、君も収録しに来たの?」


話題を切り替えるように、瞳が尋ねると、弥紗はパッと表情を明るくして頷いた。


「はい、そうなんです」


「ってことは……弥紗も天川社のタレントなんだ?」


「そうですよ。で、逆にお兄さんはなんでここに?」


「……えっと、今回のゲーム、俺が作ったから……?」


瞳は申し訳なさそうに視線を逸らしながら答えた。



「なんで疑問形なのよ!もっと自信持ちなさいよ!」

絢音がすかさずツッコミを入れる。


「う、うそ……じゃあ、お兄さんって……『瞳中之景』先生だったの!?」

弥紗は目を見開き、思わず口元を両手で押さえた。


「……ああ、俺だよ」


弥紗は信じられないというように呆然としていた。


「そんなにショックだった?」


「違う違う! びっくりしただけだよ! だって、先生の『エンドレス・エクスペディション』大好きだし!」

そう言いながら、弥紗はぎこちなく笑ってみせた。



「ありがと、ん……?」


『エンドレス・エクスペディション』といえば、あるライバーさんのことを思い出した。


金髪のツインテールで、見た目はどう見ても中学生のニナ。

そんなギャル系の女の子がよく『エンドレス・エクスペディション』を配信でやってた。

その声も心無しに似ているような気がする。



「……ちょっと待て。君、まさか、結城ニナさんですか?」

「えっ……!お兄さ……じゃなくて先生!?えっ、うそ、配信見てたんですか!?」


弥紗は耳まで真っ赤になって、慌てて顔を隠すように両手で頬を覆った。

「そ、そんな……見られてたなんて……恥ずかしいよぉ……」



その姿を見て、瞳は苦笑しながらも思った。

(まさか、あのライバーの正体がこの子だったなんて……世界って狭いな)


「俺のゲームをそんなに好きでいてくれて、ありがとう」

「いえ、そんな……こっちこそありがとうございます!」


少し離れた場所で、その様子を無表情で見つめている絢音。

彼女が何を思っているのかはわからない。


「さて、収録スタジオの時間も限られているわ。そろそろ始めましょう」

黒崎が軽く手を叩いて場を仕切ると、弥紗と絢音はすぐに仕事モードに切り替えた。




弥紗の声はやや高めで、どこか常に甘えるような調子が特徴的だった。

一度聴けばなかなか忘れられないだろう。

しかし、収録が始まると、瞳は思わず驚いてしまった。


弥紗の声は、いつもの甘ったるい調子とはまったく違って、低く、芯があり、心に響くような声だった。



「……すごいな。まるで別人が喋ってるみたいだ」



録音が終わると、黒崎は四人とスタッフに向かって言った。


「皆さん、今日はお疲れさまでした。録音はこれで終了です。もし後で何かあれば、改めてご連絡します。」


「じゃあ、お兄さん、天歌ちゃん、それに琉璃先輩、ちょっと用事があるから。先に失礼します」


弥紗は一礼して、足早にその場を後にした。


「台風みたいな子だな」

瞳は弥紗の背中を見て、そう言った。



「それで、天歌ちゃんは?」

絢音は天歌に話しかけた。


「凛さんの用事が終わるのを待って、一緒に帰るつもりです」


「じゃあ、私たちも失礼しますね」


絢音も別れの挨拶をして立ち上がり、それを見た瞳も他の人たちに挨拶をして絢音の後を追った。



「琉璃ちゃんと先生って、どんな関係なんだろう?」

天歌は去っていく二人を見つめながら、興味津々に呟いた。



「お二人とも、お嬢様の同級生だったようです。」

事前に資料を見ていた黒崎は、プライバシーに配慮しながらも答えられる範囲で返事をした。



「そうなんだ?」

天歌は驚いたように言った。



「はい。お嬢様、もう少しお待ちください。すぐに終わりますので」


「急がなくていいよ。この後特に用事ないから」




一方、街を歩く瞳と絢音の間には、少し緊張した空気が流れていた。


瞳は無表情の絢音を見ながら、恐る恐る問いかけた。



「絢音、怒ってるの?」

「怒ってないよ」

「でも、怒ってるでしょう?」

「怒る理由なんてないでしょ」


正直、瞳はまったく心当たりがなく、弥紗に関係してるのではないかとしか思えなかった。


「ふん」

絢音は歩くスピードを速め、瞳は困り笑いを浮かべながら急いでついていった。


「あ、あそこに……スイーツ店あるな。おごるからさ、ちょっと寄ってこう?」


絢音は無言のまま、ちらりと睨んでみせた。

だけど、すぐにその足取りが、ほんの少しだけ遅くなった。


「いちごパフェ……あるみたいだけど?」


その一言で、絢音の口元がぴくりと緩む。けれど、すぐにまたツンとした表情に戻って、


「……ま、別にそんなに食べたいわけじゃないけど。付き合ってあげてもいいよ」


と、そっぽを向きながら言った。

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