【弥紗】まだまだ旅は続く!
「どっちを選ぼうかな?」
弥紗が椅子をくるりと回し、カメラに笑顔を向けて言った。
画面には、二つの選択肢がポンと表示される。
体験版はここで終わっていたはず。つまり、この先は完全に未知の世界。
初めて踏み込む領域だ。
:猫の唄、一択
:もちろん弥紗のオリジナル曲でしょ!
「ふふん、さっすが分かってる〜! そうなの、実は私の曲がゲームに使われてるんだよね〜!やったぁ、めっちゃ嬉しい!」
決めポーズをビシッと決めて、誇らしげに拍手する弥紗。
:8888888
:うおおおお、これはガチですごい!
「フルバージョンが聴きたい人は〜? はいっ、私のチャンネルで何回でも聴けますよ〜!……でも今はダメ、配信に集中してっ!」
笑顔全開で、弥紗は「猫の唄」を選ぶ。
まるでステージに立つ前の歌姫のように、深呼吸してキーボードに手を置いた。
「私の華麗なテクニック、見せてあげましょう!」
画面の上から、音符が降ってくる——
しかし、
「……あれ?」
:あっ
:ミスったw
最初のミス。ちょっとだけタイミングがズレた。
弥紗は舌をぺろりと出して、苦笑い。
「ミスっちゃった〜」
「えっ? また!?」
二回目のミス。今度は焦りの色が隠せない。
額にはうっすらと汗が浮かび、指の動きがぎこちなくなる。
「ちょ、ちょっと待って! 待ってってば〜!」
音符の雨に押し流されるように、叫ぶ弥紗。
「待てって言ってるでしょぉーっ!」
演奏終了、結果:ランクA。
:あれ? 弥紗さんって本家……だよね?
:それでもAなのはさすが
:この展開、待ってたw
「う、うるさいなぁ……! 本家だってミスくらいするのっ!」
頬をぷくっと膨らませて抗議する弥紗。
演奏後、新たな選択肢が表示される。
【今夜はもう休む】【もう少し探索する】
「物資もまだ余ってるし……うん、今日はこの辺で切り上げておこうかな」
弥紗は「今夜はもう休む」を選んだ。
「時間もちょうどいいし、そろそろ休もうか」
画面の中、ミュウが微笑んでムウに話しかける。
「じゃあ、最後にもう一回セッションしよう?」
「うん、いいよ」
ムウがギターを手に取り、少女は目を閉じて、そっと息を吸った。
「いーち、にー、さんっ!」
「……あっ」
その瞬間、弥紗は思い出した。
さっきのリズムゲームで、満点じゃなかったことを。
そして流れ始めるギターの音。
案の定、ちょっとズレた伴奏が鳴り響いた。
「いやああああ、やめて〜〜! 殺して〜〜!」
両手で顔を覆って叫ぶ弥紗。その裏では、少しズレた音程の曲が律儀に再生されていた。
:この仕様、リアルすぎて逆に好き
:かわいすぎるw
:事故wwwww
:切り抜き決定
無機質だった世界に、少しずつ色が戻っていく。
瓦礫の壁、崩れかけた天井、そして静かな空。
そこに、わずかな温もりが差し込んでいく。
:この演出、神すぎる……
:センス良すぎて震えた
(さすが先生……)
弥紗は、小さく息をのんだ。
画面に映る光景に、思わず見入ってしまう。
やがて画面が暗転し、ふたりの静かな会話が始まる。
「ねぇ、未来ってどうなると思う?」
「未来……うーん、分かんない。でも、よくなるといいな」
「大丈夫、人間ってね、生きてる限り希望があるの。……ま、私はもう幽霊だけど」
「軽く言うね、それ、全然笑えないんだけど」
弥紗のツッコミが、少し遅れて飛んだ。
:最初ほのぼのだったのに、急に重いんだがw
:笑えない冗談w
朝、ムウは黒猫の頭を撫でた。
黒猫は少し不満そうに「ニャー」と鳴いたが、
缶詰を開けるとすぐに機嫌を直して、ムウにすり寄ってきた。
「いいなぁ、私もちょっと猫飼いたくなっちゃう」
弥紗は羨ましそうに言った。
:現金すぎるw
:猫はほんと癒されるよね
:VTuberでもペット飼ってる人多いよな〜
「うちはダメなの、パパがアレルギーでさ、ペットは飼えないの」
:パパ呼びかわいいw
:それはしかたない
「うるさいな〜! そういう話してる場合じゃないでしょ、今はゲーム!」
弥紗は顔を赤らめながら、配信に戻った。
ムウはゆっくりと朝ごはんを食べ、
ミュウは頬杖をついて、にこにこと彼を見つめていた。
「……なんだよ、そんなに見て」
ムウが少し照れたように言うと、金髪の少女は一瞬きょとんとした後、ふわっと微笑んだ。
「ううん、なんでもない。ただね、ちょっと嬉しくて。誰かと一緒に朝ごはんを食べるの、すごく久しぶりなの」
「……うっ」
弥紗は、こういうのに弱かった。
少女がどれだけ長い時間、一人で過ごしてきたのかを想像すると、思わず涙がこぼれそうになる。
:やばい、泣きそう……
:一緒にご飯食べるって、当たり前じゃないんだよな
食後、しばらく休憩したあと、二人と一匹は再びバイクに乗った。
果てしない空、広大な地平線、心が少し軽くなる景色。
「ロードトリップって、なんか憧れちゃうなぁ」
:それな
:自分もいつか旅に出たい……
そんなふうに弥紗がコメント欄とおしゃべりしていたそのとき、
バイクのエンジンが不穏な音を立て、突然煙を吹き出した。
ゆっくりと道の真ん中で止まっていく。
弥紗はその光景を見て、目を見開いた。
「……えっ?」
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