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このゲーム、君に届けたい  作者: 天月瞳
四作目『狐の巫女と天気雨』

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夏の収録

成績優秀な瞳はいつも通りだったが、勉強会で頑張った絢音も良い成績を収めていた。

翌日から夏休みが始まるとあって、生徒たちは「どこに行こうか」「誰と遊ぼうか」といった話題で盛り上がっていた。


「よっ、長谷川、夏休みはどうする?」

佐藤が瞳の隣の空いている席に座ると、まるで散歩に連れて行ってもらえる犬のように、嬉しそうに笑った。


「特に予定はないけど……佐藤は?」

瞳が答えると、待ってましたとばかりに、佐藤は得意げに親指を立ててみせた。


「俺は海に行って、魅力的な姉ちゃんたちと遊んで、熱い夏を過ごすつもりだ。どうだ、長谷川も一緒に行かない?」


「お前、ほんとに何も変わってないな……私は遠慮しておくよ」

瞳は苦笑しながら断った。そのとき、絢音がじっとこちらを見ているのに気づいた。視線が冷たくて、思わず背筋が伸びた。



「何見てるんだ……あ、ごめん、今のナシってことで!」

佐藤は瞳の視線の先に振り向き、絢音の氷点下レベルの視線に気づき、苦笑しながら頭をかいて、その場を離れた。


「瞳、ああいう人からは学んじゃダメよ」

佐藤が去った瞬間、絢音がすぐに近づいてきた。


「いや、佐藤はああ言ってるけど、実際はいい人だよ」

「ふん、それはどうかな?」


絢音はぷいっと顔をそむけたが、それ以上は何も言わなかった。



「でも、俺も収録現場に行って本当に大丈夫かな……?」

瞳と絢音は学生なので、収録は夏休み期間に延期された。

黒崎は瞳に「一緒に現場に来て、ついでにアフレコについて何か意見があれば聞かせて」と言っていた。

黒崎にそう言われたとき、瞳はてっきり絢音と二人だけだと思っていたので、すぐに了承した。



しかし、後になってまだアフレコをしていない何人かも一緒に現場へ来ることを知った。


それを聞いて、瞳は少し迷い始めた。

というのも、Vtuberが一番恐れているのは「身バレ」だからだ。


「大丈夫だよ〜。瞳が言いふらさなければ、何も問題ないでしょ?」

絢音はあまり気にしていない様子だった。大人たちがOKを出しているのなら、大きな問題はないと思っているようだ。


「そうかな……そうかも」



収録当日、瞳と絢音はスマホを頼りに、予約していたスタジオにやって来た。


入口の前には、スーツ姿の黒崎さんが立っていて、どこかで見覚えのある小柄な少女と話していた。

無愛想な印象しかなかった黒崎が、そのときにはほんのりと微笑んでいるのを見て、瞳は少し驚いた。




「黒崎さん、お待たせしました」

瞳が二人に声をかけると、絢音も嬉しそうにその少女の手を握った。


「天歌ちゃん!」


「絢……じゃなくて、琉璃ちゃん、今日の収録も参加してるの?」

少女も絢音の手を握り返し、嬉しそうな表情を見せた。

「はい、一緒に頑張りましょう」


黒崎はタイミングを見計らって、簡単にそれぞれを紹介した。

「私は今回の収録を担当している『七夜夢』の黒崎です。こちらは星来天歌さん、鈴宮琉璃さん、そしてこちらが今回のゲームのプロデューサーである『瞳中之景』(ひとみ なかのけい)先生です」



「あっ……先生、こんにちは」


星来天歌と呼ばれた少女は、瞳のことを見て思い出したようで、少し緊張しながらも軽く会釈をした。

(あ、あのとき七夜夢の一階で会った子だ)

その時、瞳も思い出した。


「こんにちは」

瞳が会釈を返すと、黒崎が続けた。

「もう一人は少し遅れるそうなので、先に中に入りましょう」



黒崎は静かにそう言うと、三人を連れて録音スタジオの中へと入っていった。

スタジオの中ではすでに数人のスタッフが機材の調整を行っていた。



「今回はよろしくお願いします」

黒崎がスタッフたちに頭を下げると、瞳たち三人も慌てて一緒にお辞儀をした。

「よろしくお願いいたします」



「皆さん、今回の台本はお持ちですか?忘れていたらこちらに予備がありますので」

黒崎は事前確認をした。


「……持ってきました」

天歌が小さな声でそう答えた。



「私もちゃんと持ってきたよ」と言って、絢音はバッグから台本を取り出して見せた。


「じゃあ、先に始めよう」



「これが声優ってやつなんだ……本当にすごいな」

瞳は台詞の収録現場を見るのは、これが初めてだった。


大人しくて控えめに見えていた天歌が、見事な演技を披露し、瞳は思わず驚いてしまった。


すでに馴染み深いと思っていた絢音でさえ、まるで別人のように見えた。



収録はとてもスムーズに進み、セリフを数回録り直す程度で済んだ。

ヒロイン役を担当している絢音のセリフは他の人よりも多く、先に録り終えた天歌は黒崎の隣に座り、絢音の演技を静かに聞いていた。



そのとき、スタジオの扉が勢いよく開き、制服姿の茶髪の少女が息を切らしながら駆け込んできた。

彼女は片手を挙げ、申し訳なさそうに謝った。


「ごめんなさい!遅れちゃった。今日はお店でちょっとトラブルがあってさ……」


「ニナちゃん、店は大丈夫ですか?」

天歌は顔を上げ、微笑みながら声をかけた。


「はい、もう大丈夫です」

「そうか」

茶髪の少女は頭を上げて周辺を見た。

「あれ?天歌ちゃんに……え、こっちは琉璃先輩?」

「ニナちゃん、初めまして……かな?」

「はい、初めまして!」

「『瞳中之景』先生は……」

茶髪の少女は視線を大人の黒崎に向けた。

「いえ、私は収録を担当している『七夜夢』の黒崎です。先生はこちらです」


「失礼しました、先生、初めまして!ファンです!」

「初めまして」

瞳が会釈を返した。


少女の視線が瞳の顔をまじまじと見つめる。

「……え、もしかして……お兄さん?」


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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