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このゲーム、君に届けたい  作者: 天月瞳
四作目『狐の巫女と天気雨』

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【晴香】え?それで付き合ってないって、本当!?

晴香は言わざるを得なかった。

高校生にしてゲームクリエイター長谷川瞳との共同作業は、思っていた以上に愉快な体験だった。


思い返せば、かつて彼女に色目を使ってきた業者たちのこと。

最初はちゃんとした仕事の話だったはずなのに、いつの間にかナンパやセクハラまがいにすり替わっていて……。

あの不快な目つきを思い出すと、今でも腹が立ってくる。


「晴香先輩、どうかしましたか?」


心配そうな声に顔を上げると、制服姿の若い少女が向かいに座っていて、不安げにこちらを見つめていた。


彼女は、自分の“娘”みたいな存在。絢音ちゃんだ。


「なんでもないよ。ちょっと、嫌なことを思い出しちゃってね」


晴香はそう言って、柔らかく微笑んだ。


たぶん、絢音ちゃんの存在があったからこそ、瞳の“女性への接し方”は自然と身についたのかもしれない。

こんなに綺麗な異性が日常的にそばにいたら、誰彼かまわず理性を失って野獣になる――なんてこともないだろう。


普段は大人びている長谷川くんも、ときどき見せる照れた表情を見ると、

「ああ、やっぱり年下なんだな」って、つい思い出させられる。


「本当に大丈夫ですか?」


「ええ、心配しないで」


「……そうですか」


絢音はうなずき、カップのストローをくわえて、ミルクティーをちびちびと飲み始める。


今日は、二人で新しくオープンしたカフェに来ていた。

絢音が割引クーポンを手に入れて、晴香を誘ってくれたのだ。

もちろん、晴香もすぐに快諾した。


「でも、本当に私を誘ってよかったの?」


「え? どういう意味ですか?」


絢音は首をかしげる。


「せっかくのチャンスなのに、長谷川くんを誘わなかったの?」


晴香は少し真剣なトーンで尋ねた。


「瞳……最近すごく忙しそうで。だから、あんまり邪魔したくなくて……」


その答えに、晴香は思わず苦笑いする。


「あのね、忘れてない? 私、長谷川くんのゲームのキャラ設定を担当してるのよ?」


「はは……忘れてないです、ちゃんと。でも、その、なんていうか……ね?」


「ふふっ、冗談よ」


「そうだ、晴香先輩。キャラ設定、順調ですか?」


話題を変えようとする絢音の意図を察しつつ、晴香はあえてそれに乗った。


「すごく順調よ。要求は明確だし、過干渉もしないし。クリエイターにとっては理想的なクライアントね」


一番厄介なのは、知ったかぶりで思いつきばかり言ってくる発注者。


たとえば、「一番明るい黒」みたいな意味不明な表現。

あるいは、「最近流行ってるアニメのキャラっぽくして」みたいな、ざっくりとした要求。

後者はまだ参考になるからマシだけど……。


もっとひどいのは、「かわいいキャラで」って言うだけで、方向性すら示さないタイプだ。


「晴香先輩……顔、めっちゃ怖くなってますけど……?」


「ごめん。またちょっと、嫌な過去を思い出しちゃった」


「もしかして……瞳が何かしました?」


不安そうに問いかけてくる絢音に、晴香はくすっと笑った。


「まさか。そんなわけないじゃない。

あんな意味不明な連中に比べたら、絢音ちゃんの彼氏くんは、ずっとマシな方よ。

ちゃんと明確な設定を出してくれるし、参考資料まで添えてくれるのよ?」


「そ、そう……よかった……って、ちがうっ! 瞳は私の彼氏じゃないですから!」


安心したように息をついた絢音だったが、ようやく自分の言われたことに気づいて、顔を真っ赤にして否定した。


「えっ!? 彼氏じゃないの!?」


晴香は目を見開き、信じられないという顔で絢音を見つめる。


「瞳とは……ただの幼なじみ、だよ」


「嘘でしょ? あれだけ仲良くしてて付き合ってないって……

それで本当に恋人になったら、もう、どうなっちゃうのよ……」


「そんなに仲良くしてるかなぁ……?」


本気で自覚がないらしい絢音に、晴香は右手で額を押さえる。

その指先は、自然と右頬の泣きぼくろに触れていた。


「ひとつだけ、確認してもいい?」


「……なに?」


「絢音ちゃん、長谷川くんのこと、好きなんでしょ?」


「……っ」


絢音の顔に、可憐な赤みがぱぁっと広がった。

少しの沈黙のあと、彼女はそっと、ほんのりとうなずいた。


「……うん、好き……だと思う」


(か、可愛い……! まぶしすぎる……。こんなの、反則でしょ……!)


晴香は、思わず絢音をぎゅっと抱きしめたくなる衝動を、奥歯を噛みしめてなんとか堪えた。


「じゃあ、そうと決まったら……お姉さんから、ちょっとアドバイスしてあげようか」


「本当に!? 晴香先輩みたいな綺麗な人なら、絶対に恋愛経験も豊富だよね!お願いします!」


絢音は目をキラキラと輝かせながら晴香を見つめてくる。

その瞳には、信頼と憧れがいっぱいに詰まっていた。


「ま、任せなさいっ! お姉さんに、できないことなんてないんだから!」


今さら、「実は絵ばっかり描いてて、恋愛経験ゼロです」なんて言えるわけがない。


ここまで来たら、もう覚悟を決めるしかない。


「とにかく、まず一番大事なのは……接点を増やすこと!」


晴香は人差し指を立て、力強く言った。


「それにね……瞳くん、絶対モテるから。

この前のカフェでも、ウェイトレスの子がずっと彼を目で追ってたわよ?

もっとアピールしないと……誰かに取られちゃうかもよ?」


「……っ!」


絢音は、ぎゅっとミルクティーのカップを握りしめると、小さくうなずいた。


「……うん、やってみる。私、頑張ってみるね……!」


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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