【晴香】え?それで付き合ってないって、本当!?
晴香は言わざるを得なかった。
高校生にしてゲームクリエイター長谷川瞳との共同作業は、思っていた以上に愉快な体験だった。
思い返せば、かつて彼女に色目を使ってきた業者たちのこと。
最初はちゃんとした仕事の話だったはずなのに、いつの間にかナンパやセクハラまがいにすり替わっていて……。
あの不快な目つきを思い出すと、今でも腹が立ってくる。
「晴香先輩、どうかしましたか?」
心配そうな声に顔を上げると、制服姿の若い少女が向かいに座っていて、不安げにこちらを見つめていた。
彼女は、自分の“娘”みたいな存在。絢音ちゃんだ。
「なんでもないよ。ちょっと、嫌なことを思い出しちゃってね」
晴香はそう言って、柔らかく微笑んだ。
たぶん、絢音ちゃんの存在があったからこそ、瞳の“女性への接し方”は自然と身についたのかもしれない。
こんなに綺麗な異性が日常的にそばにいたら、誰彼かまわず理性を失って野獣になる――なんてこともないだろう。
普段は大人びている長谷川くんも、ときどき見せる照れた表情を見ると、
「ああ、やっぱり年下なんだな」って、つい思い出させられる。
「本当に大丈夫ですか?」
「ええ、心配しないで」
「……そうですか」
絢音はうなずき、カップのストローをくわえて、ミルクティーをちびちびと飲み始める。
今日は、二人で新しくオープンしたカフェに来ていた。
絢音が割引クーポンを手に入れて、晴香を誘ってくれたのだ。
もちろん、晴香もすぐに快諾した。
「でも、本当に私を誘ってよかったの?」
「え? どういう意味ですか?」
絢音は首をかしげる。
「せっかくのチャンスなのに、長谷川くんを誘わなかったの?」
晴香は少し真剣なトーンで尋ねた。
「瞳……最近すごく忙しそうで。だから、あんまり邪魔したくなくて……」
その答えに、晴香は思わず苦笑いする。
「あのね、忘れてない? 私、長谷川くんのゲームのキャラ設定を担当してるのよ?」
「はは……忘れてないです、ちゃんと。でも、その、なんていうか……ね?」
「ふふっ、冗談よ」
「そうだ、晴香先輩。キャラ設定、順調ですか?」
話題を変えようとする絢音の意図を察しつつ、晴香はあえてそれに乗った。
「すごく順調よ。要求は明確だし、過干渉もしないし。クリエイターにとっては理想的なクライアントね」
一番厄介なのは、知ったかぶりで思いつきばかり言ってくる発注者。
たとえば、「一番明るい黒」みたいな意味不明な表現。
あるいは、「最近流行ってるアニメのキャラっぽくして」みたいな、ざっくりとした要求。
後者はまだ参考になるからマシだけど……。
もっとひどいのは、「かわいいキャラで」って言うだけで、方向性すら示さないタイプだ。
「晴香先輩……顔、めっちゃ怖くなってますけど……?」
「ごめん。またちょっと、嫌な過去を思い出しちゃった」
「もしかして……瞳が何かしました?」
不安そうに問いかけてくる絢音に、晴香はくすっと笑った。
「まさか。そんなわけないじゃない。
あんな意味不明な連中に比べたら、絢音ちゃんの彼氏くんは、ずっとマシな方よ。
ちゃんと明確な設定を出してくれるし、参考資料まで添えてくれるのよ?」
「そ、そう……よかった……って、ちがうっ! 瞳は私の彼氏じゃないですから!」
安心したように息をついた絢音だったが、ようやく自分の言われたことに気づいて、顔を真っ赤にして否定した。
「えっ!? 彼氏じゃないの!?」
晴香は目を見開き、信じられないという顔で絢音を見つめる。
「瞳とは……ただの幼なじみ、だよ」
「嘘でしょ? あれだけ仲良くしてて付き合ってないって……
それで本当に恋人になったら、もう、どうなっちゃうのよ……」
「そんなに仲良くしてるかなぁ……?」
本気で自覚がないらしい絢音に、晴香は右手で額を押さえる。
その指先は、自然と右頬の泣きぼくろに触れていた。
「ひとつだけ、確認してもいい?」
「……なに?」
「絢音ちゃん、長谷川くんのこと、好きなんでしょ?」
「……っ」
絢音の顔に、可憐な赤みがぱぁっと広がった。
少しの沈黙のあと、彼女はそっと、ほんのりとうなずいた。
「……うん、好き……だと思う」
(か、可愛い……! まぶしすぎる……。こんなの、反則でしょ……!)
晴香は、思わず絢音をぎゅっと抱きしめたくなる衝動を、奥歯を噛みしめてなんとか堪えた。
「じゃあ、そうと決まったら……お姉さんから、ちょっとアドバイスしてあげようか」
「本当に!? 晴香先輩みたいな綺麗な人なら、絶対に恋愛経験も豊富だよね!お願いします!」
絢音は目をキラキラと輝かせながら晴香を見つめてくる。
その瞳には、信頼と憧れがいっぱいに詰まっていた。
「ま、任せなさいっ! お姉さんに、できないことなんてないんだから!」
今さら、「実は絵ばっかり描いてて、恋愛経験ゼロです」なんて言えるわけがない。
ここまで来たら、もう覚悟を決めるしかない。
「とにかく、まず一番大事なのは……接点を増やすこと!」
晴香は人差し指を立て、力強く言った。
「それにね……瞳くん、絶対モテるから。
この前のカフェでも、ウェイトレスの子がずっと彼を目で追ってたわよ?
もっとアピールしないと……誰かに取られちゃうかもよ?」
「……っ!」
絢音は、ぎゅっとミルクティーのカップを握りしめると、小さくうなずいた。
「……うん、やってみる。私、頑張ってみるね……!」
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