俺、これから神絵師に会いにいくさ……
「ところで、今回のゲームも瞳が自分で描くの?」
絢音は何かを思い出したように、興味津々で尋ねた。
「ううん、今回はキャラクターデザインを他の人に依頼しようと思ってる」
瞳は少し考えてからそう答えた。
これまでは、自分で全部やるのが当たり前だと思ってた。でも、一人でできる作業量には限界があるし、どうしても時間がかかってしまうんだ。
「自分で3作品作ってみてわかったんだけど、やっぱり一人には限界があるんだ」
「なんのことだ?何を言っているッ!」
「俺は一人でゲームを作るのをやめるぞッ!絢音!」
ジョジョネタを挟んで満足げに笑った瞳は、さらに話を続けた。
「もちろん、これからずっとチームを組んでやるってわけじゃないけど、誰かと一緒に作るっていう経験をしてみたくて」
瞳は説明を加えた。
「なるほどね。じゃあ、誰にイラストをお願いしたいの?」
「あさみ先生に頼んでみたいなって思ってるんだけど、時間あるかどうかは分からなくて」
「ママ?」
「そう、鈴宮琉璃のママを頼みたい」
『ママ』といっても、絢音の実の母親のことじゃない。
これはVTuber業界特有の呼び方で、VTuberのビジュアルデザインを担当したクリエイターに対して、親しみと敬意を込めて「パパ」や「ママ」と呼ぶ文化があるのだ。
瞳が言う「あさみ先生」は、かつて鈴宮琉璃のデザインを手掛けたクリエイターである。
「ほら、今回のヒロインは絢音が声を担当するでしょう?だから、キャラクターもできるだけそれに合わせたくてさ」
「うーん……それなら私が聞いてみようか。ただし、成功するとは限らないよ?ママは、今ちょうど三つのプロジェクト抱えてて、めっちゃ忙しいんだよ」
「分かってる。ありがとう。でも、ほんとに無理しないでね。ダメもとでいいからさ」
絢音が自分のために、あさみ先生に頭を下げてくれる。それがどれだけありがたくて、そして申し訳ないことか、瞳は痛いほど感じていた。
そして「他のプランがある」というのも本当の話だった。
もしダメだったら、朝倉社長に相談してみるつもりだった。人脈を広げることにはならないが、協力の経験を積むことはできる。
「じゃあ、ちょっと聞いてみるね」
そう言って、絢音はスマホを手に取り、あさみ先生にメッセージを送った。
すると、なんとすぐに電話がかかってきた。絢音は慌てて電話に出た。
「浅海先輩、はい、知り合いなんです。実はですね……」
絢音は簡潔に、瞳がゲームのキャラクターデザインを依頼したいということを説明した。
「先輩が忙しいのは分かってますので、無理しなくて大丈夫です。えっ?先輩、会って話してから決めたいって?はい、本人に伝えます。場所とかは本人から先輩のメールに連絡すればいいですね?はい、ありがとうございます」
絢音が電話を切ったあと、瞳が尋ねた。
「どうだった?先生はなんて?」
「先生はね、直接会って話してから決めたいって。細かいことは公式メールでやり取りしてって」
「ありがとう、本当に助かったよ」
瞳は両手を合わせて感謝の気持ちを表した。
「で、どうやってお礼してくれるの?」
「絢音がしてほしいことって、なにかある?」
「うーん」
絢音は指を唇に当てて、首をかしげながら少し考えた後、にっこり笑って言った。
「とりあえず保留。成功したらそのときに考えるよ」
「成功してもしなくても、感謝の気持ちは変わらないよ。思いついたら教えてね」
その後、連絡を重ねた結果、金曜日の18時にカフェで会うことが決まった。
偶然にも、場所はいつも通り、あの馴染みのカフェだった。
瞳はその時に企画書を持って行き、しっかりと話をするつもりだった。
約束の日、朝。
教室では教師が熱心に授業を進めていた。
学生の本分は勉強だと言うけれど、
瞳は教科書の下にノートを隠しながら、授業とはまったく関係のない内容を書き込んでいた。
企画書自体はすでに完成していたが、
「これで本当に説得できるのか?」という自信はまだなかった。
絢音はそんな瞳の様子を横目で見ながら、
「仕方ないやつだな」とでも言いたげに首を振った。
ようやく授業が終わり、絢音が席を立って瞳のもとへ歩いてきた。
「大丈夫だよ、先生は優しい人だから」
「分かってる。でも……」
「一緒に行ってあげたいけど、あいにく今日は外せない用事があるの。ごめんね」
「もう十分助かったよ。ありがとう!」
「じゃあ、頑張ってね〜。あ、そうそう」
絢音は何かを思い出したように、瞳を指差して言った。
「先生、めちゃくちゃ美人だからって、下心とか起こさないでよね!」
「いや、しないから!」
放課後、瞳は約束のカフェへと向かっていた。
カフェの前に差しかかったとき、
街の人々がまるで引力でもあるかのように、自然とある一点に視線が吸い寄せられた。
その理由は、近づくにつれてはっきりした。
そこには、黒髪の美人が座っていたのだ。
年齢はおそらく二十歳前後だろうか。
白いトップスに青いスカートというシンプルな服装。
窓際の席に腰かけ、右手にコーヒー、左手にスマホを持っている。
「……本当にすごい美人だ。やばい、ちゃんと話せるかな……」
緊張しながら、瞳はカフェのドアを開けた。
「あの……すみません。あさみ先生でいらっしゃいますか?」
黒髪の女性は顔を上げ、スマホをそっとしまった。
初めは「氷のような美人」かと思っていたが、
その態度は意外にも穏やかで柔らかかった。
「はい、私は浅海です。あなたは絢音ちゃんが言ってた、長谷川くんですね?どうぞ、おかけになって」
「はい。すみません、遅れてしまって……」
瞳は向かいの席に腰を下ろし、紅茶を一杯注文した。
「大丈夫よ、気にしないでね、ちょっと調べさせてもらったけど……まさか最近ゲームクリエイターで有名な“瞳中の景”先生が高校生だったなんて、ちょっと信じられないくらいよ」
「……浅海先生も、絢音が言っていた通り、すごく美人です」
「ふふっ。ありがとう。ところで一つ気になってたんだけど、先生は絢音ちゃんとはどういう関係なの?」
「絢音とは幼馴染です。あ、それと先生って言う柄じゃないので……
僕は長谷川瞳です。好きに呼んでください」
「長谷川くん、ね。分かったわ。じゃあ、私のことも浅海先輩でいいよ。
私は浅海晴香、停雲高校の卒業生だよ」
浅海先輩は右の頬を指先でそっとなぞった。
その時、瞳は初めて彼女の右目の下に小さな涙痣があることに気づいた。
「はい、浅海先輩」
「でも……ギャルゲーね」
浅海先輩はコーヒーを一口飲んでから、ゆっくりと口を開いた。
「正直に言うと、それってほぼ自殺行為よ?」
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