君との想い出
瞳と絢音は並んで廊下を歩いていた。
「すごく熱気ね。絢音は何か見たい?」
瞳は行き交う人々を眺めながら尋ねた。どのクラスも工夫を凝らしていて、展示をしているクラスもあれば、食べ物を販売しているクラスもある。
二人は、それぞれメイド服と執事服を着ていたため、道すがら多くの視線を集めていた。
「うーん、そうだな……あ、あのクレープ、美味しそう!」
絢音は周りを見回しながら、ひとつのクラスを選んだ。
「私はイチゴのを一つ。瞳は?」
「じゃあ、チョコレートのをお願いします」
「はいよ、どうぞ~」
二人は店員さんからクレープをもらった。
「ん~甘くて美味しい!」
絢音はクレープを両手で持ち、一口食べてにこっと目を細めた。
「確かに、けっこう美味しいね」
瞳は絢音の幸せそうな顔を見ながら、自分のクレープに一口かじりついた。たしかに悪くなかった。
「そうだ、さっきはありがとうね」
絢音は先ほどの出来事を思い出し、もう一度お礼を言った。
「いや、幸いに相手もそんなにしつこくなかったし、それに、絢音も助けてくれたでしょ?お互い様だよ」
瞳は笑いながら答えた。
「瞳の出会いを邪魔しちゃったって怒らないの?あの二人、けっこう可愛かったよね?」
絢音はチラッと瞳を盗み見た。嫉妬してるのを悟られないように。
「はは、あれはたぶん執事服が珍しいだけだよ」
瞳はあまり気にしていない。もともとゲームに夢中な彼は、そういうことには無頓着だった。
「そうか」
「午後は部活の出店を手伝わなきゃだけど、それまでに他の部活も見て回らない?」
「うんうん、行こう行こう!」
絢音は元気よく答え、部室棟の方へ足を向けた。
校庭を横切ると、瞳は野球部の出店を見かけた。そこでは、九つの的がある投球ボードが設置されていて、当たった数によって景品がもらえるらしい。
「お、佐藤もいるね」
茶髪の少年はユニフォームを着ていて、黙っていれば意外とカッコいいのだが、口を開けば台無しになるタイプだった。
「見に行く?」
絢音は瞳の視線に気づき、尋ねた。
「うーん……やっぱり、やめとこう。邪魔するのも悪いし」
佐藤がショートカットで眼鏡をかけた少女と話しているのを見て、行くのをやめた。
少女は少し嫌そうな表情をしていたが、それでも佐藤と話し続けていた。
「え、あれって委員長じゃない? あの二人って、まさか……」
絢音は信じられない様子だったが、佐藤が投球フォームをとって少女に教えているのを見て、もしかして…という気持ちにもなった。
「どうだろうね。とりあえず行こか、あとやってみたいならまた来よう」
「うん、そうだね」
文化祭を存分に楽しんだ二人は、部室へとやって来た。
「先輩、来ましたよ」
現在、部室にいるのは高野先輩だけだった。二人の姿を見ると、笑顔で立ち上がった。
「おお、ちょうどいいところで。クラスのほうで用事があってね。すみませんが、あとは君たちに任せたよ」
「はい、任せてください」
そう言い残し、先輩はそそくさと去っていった。
「先輩、大丈夫かな?」
絢音が少し心配そうに尋ねた。
「たぶん平気だよ。顔見た感じ、深刻そうじゃなかったし」
「なら良かった」
絢音は部室内を見回した。
元々あったパソコンは一時的に部屋の隅へ移動され、歴代の作品や部誌が展示されている。最新号の部誌も販売中だった。
「瞳、見て見て。けっこう売れてるみたい」
絢音は在庫を確認してから、椅子に腰を下ろした。
「うん、思った以上に人気みたいだね」
瞳も椅子を見つけ、絢音の隣に座った。
「あ、そうそう、前に言ってた、メイド服でお礼するって約束……覚えてる?」
絢音がふいに言い出した。
「あ、うん。そんな話あったね」
瞳は少し動揺しながらも、冷静を装った。
「じゃあ、まずは一緒に写真撮りましょうか」
絢音はスマホを取り出して、瞳のそばに寄った。
その体温が伝わってきて、瞳の心臓は一気に高鳴った。
声を出せば、鼓動の音まで聞こえてしまいそうだった。
「はい、笑って〜」
絢音は連写で何枚も撮影し、ベストショットを真剣に選んでから瞳に送った。
瞳が写真を確認すると、そこには絢音の自撮り写真も混ざっていた。
メイド服姿で、スカートの裾をつまんでお辞儀するポーズだった。
「絢音、これって……?」
瞳は疑問に思って尋ねた。
「それが、お礼の写真。でも、変なことに使っちゃダメだからね?」
「誰がそんなことするか!」
「はは、冗談だよ〜」
ふたりとも、特に何を言うでもなく、ただ静かに時間が過ぎていくのを感じていた。
それが妙に嬉しくて、瞳は少しだけ笑った。
教室内の静けさと、ドアの外からうっすら聞こえる賑やかな声。まるで別世界のようだった。
この穏やかな時間は、お客さんがやって来るまで続いた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
もしよろしければ★★★★★とレビュー、それにブックマークもどうぞ!
励みになりますのでよろしくお願いいたします!




