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このゲーム、君に届けたい  作者: 天月瞳
三作目『退院』

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文化祭

文化祭当日、学校全体が熱気に包まれていた。

廊下には食べ物のいい香りが漂い、遠くからはバンドのリハーサルの音が微かに聞こえてくる。


「……俺、最初のシフトか」

瞳はもう一度シフト表を確認した。クラスのメイド喫茶は4班体制で、交代でホールとキッチンを担当している。

ホールのトップバッターを任された瞳は、手のひらにじんわりと汗がにじんでいるのを感じた。唯一の救いは、同じシフトに絢音もいるということだ。


「どうしよう、瞳……」


すでにフルメイド服に着替えた絢音は、白いレースがあしらわれた黒のスカートに淡いピンクのエプロン、頭にはクラシックな白レースのカチューシャをつけていた。

絢音は小さく震える手を瞳に見せ、唇も少し青ざめているようだった。

自分より緊張している絢音を見て、瞳は少しだけ落ち着いた気がした。


「大丈夫。みんな一緒だし、一緒に頑張ろう」

瞳は周りに誰もいないことを確認してから、白い手袋をした絢音の手をそっと支え、もう一方の手で軽く上からポンポンとした。


「あ……」

絢音の頬にうっすらと紅が差し、瞳の手をそっと握り返した。


「ありがとう、もう大丈夫だから、行こっか」

小さな声でお礼を言って、絢音は文化祭委員のほうへ向かっていった。


「礼嘉、来たよ~」

「絢音!おは~、長谷川くんも来たんだね。おはよ〜」

田中礼嘉もメイド服姿で、明るい金色のウェーブショートヘアが、彼女の明るさを際立たせていた。

「おはよう」

「今日もお二人さん、夫婦で登場ってわけ?」

「なっ、なに言ってんのよ!まだそういう関係じゃないってば!」

絢音は顔を真っ赤にして、礼嘉の肩を軽く叩いた。


「まだね〜、なるほどねぇ」

礼嘉は意味深な目で絢音と瞳を見比べた。


「ほら、もうそのへんで。そろそろ時間だろ」

瞳が間に入って空気を和らげた。


「そうだった!みんな〜!」

礼嘉が手をパンと叩いて、クラス全体の注意を集めた。


「あと15分で開店だよ〜!最終確認して、準備に入ろう!」

「おおおおおおっ!!」

クラス中に歓声が上がり、それぞれの持ち場へと散っていった。


ホール担当は瞳を含めて5人。手が空いているメンバーが交代で入り口に立ち、客引きも行うことになっていた。


それほど待たずに、客が次々とやってきた。


「見て、メイドさんたち、めっちゃ可愛くない?」

「ふーん、メイドさんが可愛いの?それとも私?」

「ふふ、もちろん俺のハニーだよ〜」

恋人の“爆弾質問”に、彼氏は冷や汗をかきながら応戦していた。


「あの執事、超かっこよくない?連絡先ほしい〜」

「絶対彼女いるってば、ああいう人は」

これは若い女子二人の盛り上がった会話。


その間を縫うようにして、瞳は注文を取ったり、料理を運んだりして忙しく動き回っていた。

すると、絢音の声が聞こえた。


「すみません、写真はご遠慮ください」

絢音は困った顔で、スマホのカメラを手で遮っていた。


「別にいいじゃん、一枚くらい」

校外から来たらしい青年二人が、笑いながらスマホを構えていた。


絢音の困った顔が胸に刺さった。その瞬間、考えるより先に足が動いていた。


「お客様、ここは撮影禁止です」

瞳はスマホの前に立ちはだかり、威圧的な笑みを浮かべて彼らを見下ろした。


「うわ、なんだお前、関係ないだろ」

「ここ、俺たちのクラスだけど。どう思う?」


「ちっ、別にいいよ、撮らなきゃいいんだろ」

彼らはぶつぶつ文句を言いながらも、それ以上騒ぐことはなかった。


「ここは俺に任せて。ほかのテーブル見てあげて」

瞳が小声で絢音に言うと、


「うん、ありがとう」

絢音は小さく頷いて、その場を離れた。


賑わいの波が少し落ち着いた頃、


「お帰りなさいませ〜♪ ご注文はお決まりでしょうか?」

瞳が声をかけると、制服姿の女子二人がキラキラした目で彼を見つめてきた。

「きゃああ!かっこいい」

「あのあの、執事さん、連絡先って聞いてもいいですか?」

「えっと……」


「すみません、ここはそういうお店じゃないので!」

瞳が答える前に、絢音がスッと間に入って遮った。

彼女は歩み寄りながら、瞳に鋭い視線を投げかける。


「あ、すみません。彼女さん……でしたか?」

「ごめんなさ〜い、聞かなかったことにします〜」


「彼女って、そんな……あ、こほん。ご注文は何にしますか?」

絢音はちょっと照れながらも、後でその二人に小さなクッキーの袋をプレゼントしていた。


「はい、お疲れさま!次の班と交代して、ちょっと休憩してきてね〜」

礼嘉が笑顔で第一班のメンバーをねぎらった。


「ちょっと、見て回ってみる?一緒に」

瞳は自然な感じで絢音を誘った。


「うん!」

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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