文化祭
文化祭当日、学校全体が熱気に包まれていた。
廊下には食べ物のいい香りが漂い、遠くからはバンドのリハーサルの音が微かに聞こえてくる。
「……俺、最初のシフトか」
瞳はもう一度シフト表を確認した。クラスのメイド喫茶は4班体制で、交代でホールとキッチンを担当している。
ホールのトップバッターを任された瞳は、手のひらにじんわりと汗がにじんでいるのを感じた。唯一の救いは、同じシフトに絢音もいるということだ。
「どうしよう、瞳……」
すでにフルメイド服に着替えた絢音は、白いレースがあしらわれた黒のスカートに淡いピンクのエプロン、頭にはクラシックな白レースのカチューシャをつけていた。
絢音は小さく震える手を瞳に見せ、唇も少し青ざめているようだった。
自分より緊張している絢音を見て、瞳は少しだけ落ち着いた気がした。
「大丈夫。みんな一緒だし、一緒に頑張ろう」
瞳は周りに誰もいないことを確認してから、白い手袋をした絢音の手をそっと支え、もう一方の手で軽く上からポンポンとした。
「あ……」
絢音の頬にうっすらと紅が差し、瞳の手をそっと握り返した。
「ありがとう、もう大丈夫だから、行こっか」
小さな声でお礼を言って、絢音は文化祭委員のほうへ向かっていった。
「礼嘉、来たよ~」
「絢音!おは~、長谷川くんも来たんだね。おはよ〜」
田中礼嘉もメイド服姿で、明るい金色のウェーブショートヘアが、彼女の明るさを際立たせていた。
「おはよう」
「今日もお二人さん、夫婦で登場ってわけ?」
「なっ、なに言ってんのよ!まだそういう関係じゃないってば!」
絢音は顔を真っ赤にして、礼嘉の肩を軽く叩いた。
「まだね〜、なるほどねぇ」
礼嘉は意味深な目で絢音と瞳を見比べた。
「ほら、もうそのへんで。そろそろ時間だろ」
瞳が間に入って空気を和らげた。
「そうだった!みんな〜!」
礼嘉が手をパンと叩いて、クラス全体の注意を集めた。
「あと15分で開店だよ〜!最終確認して、準備に入ろう!」
「おおおおおおっ!!」
クラス中に歓声が上がり、それぞれの持ち場へと散っていった。
ホール担当は瞳を含めて5人。手が空いているメンバーが交代で入り口に立ち、客引きも行うことになっていた。
それほど待たずに、客が次々とやってきた。
「見て、メイドさんたち、めっちゃ可愛くない?」
「ふーん、メイドさんが可愛いの?それとも私?」
「ふふ、もちろん俺のハニーだよ〜」
恋人の“爆弾質問”に、彼氏は冷や汗をかきながら応戦していた。
「あの執事、超かっこよくない?連絡先ほしい〜」
「絶対彼女いるってば、ああいう人は」
これは若い女子二人の盛り上がった会話。
その間を縫うようにして、瞳は注文を取ったり、料理を運んだりして忙しく動き回っていた。
すると、絢音の声が聞こえた。
「すみません、写真はご遠慮ください」
絢音は困った顔で、スマホのカメラを手で遮っていた。
「別にいいじゃん、一枚くらい」
校外から来たらしい青年二人が、笑いながらスマホを構えていた。
絢音の困った顔が胸に刺さった。その瞬間、考えるより先に足が動いていた。
「お客様、ここは撮影禁止です」
瞳はスマホの前に立ちはだかり、威圧的な笑みを浮かべて彼らを見下ろした。
「うわ、なんだお前、関係ないだろ」
「ここ、俺たちのクラスだけど。どう思う?」
「ちっ、別にいいよ、撮らなきゃいいんだろ」
彼らはぶつぶつ文句を言いながらも、それ以上騒ぐことはなかった。
「ここは俺に任せて。ほかのテーブル見てあげて」
瞳が小声で絢音に言うと、
「うん、ありがとう」
絢音は小さく頷いて、その場を離れた。
賑わいの波が少し落ち着いた頃、
「お帰りなさいませ〜♪ ご注文はお決まりでしょうか?」
瞳が声をかけると、制服姿の女子二人がキラキラした目で彼を見つめてきた。
「きゃああ!かっこいい」
「あのあの、執事さん、連絡先って聞いてもいいですか?」
「えっと……」
「すみません、ここはそういうお店じゃないので!」
瞳が答える前に、絢音がスッと間に入って遮った。
彼女は歩み寄りながら、瞳に鋭い視線を投げかける。
「あ、すみません。彼女さん……でしたか?」
「ごめんなさ〜い、聞かなかったことにします〜」
「彼女って、そんな……あ、こほん。ご注文は何にしますか?」
絢音はちょっと照れながらも、後でその二人に小さなクッキーの袋をプレゼントしていた。
「はい、お疲れさま!次の班と交代して、ちょっと休憩してきてね〜」
礼嘉が笑顔で第一班のメンバーをねぎらった。
「ちょっと、見て回ってみる?一緒に」
瞳は自然な感じで絢音を誘った。
「うん!」
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