【弥紗】天使に会いに行くよ!【完全初見】
西村弥紗はミネラルウォーターのボトルを手に、静かにパソコンデスクの前に腰を下ろした。配信の設定に問題がないことを一つひとつ確認すると、喉を軽く整えるように咳払いをする。
「ラ〜ラ〜ラ〜……うん、今日は調子がいいみたい」
小さく頷いた彼女は、ためらいなく配信開始のボタンを押した。
画面に映し出されたのは、淡い色の制服を身にまとい、赤いリボンでツインテールを結んだ金髪の少女。その姿は、まるで画面の向こうから光を放つように、見る者の視線を惹きつけてやまなかった。
今夜彼女が配信するのは、親友の兄であり、そして彼女自身が心から尊敬しているゲームクリエイターが手がけた最新作。
このゲームには、弥紗にとってもう一つ特別な意味があった。
それは、ヒロインの声を、彼女自身が演じているのだ。
好きなクリエイターと共に作品を作り上げること。それは、ひとりのプレイヤーとして、そしてひとりの表現者として、かけがえのない喜びであった。
「こんばんは。天川社所属の新人Vtuber、結城ニナです」
慣れ親しんだ挨拶の言葉とともに、彼女の声が配信に乗る。視聴者たちのコメントが次々とチャット欄に流れ始めた。
:こんばんは
:今日もかわいい!
「こんばんは〜。今日はちょっとした特別なゲームをやりたいと思います!」
:特別?
:あー!知ってる知ってる、ヒロインの声ってニナちゃんでしょう
:えっ、結城さんが声優もやってるの!?
「実はね、今回『瞳中の景』さんにご縁をいただいて、ヒロインの声を担当させてもらったの。先に言っておきます……ヒロイン、めっちゃ可愛いよ」
声をひそめるようにして、秘密を打ち明ける少女のように囁く弥紗。その口調は、画面の向こうにいるリスナーたちの胸をくすぐった。
:ほう
:楽しみ!
:体験版やったけど、本当に天使みたいだった……
「えへへ……でしょ?」
頬を少し染めながら、誇らしげに笑う弥紗は、画面に向かって小さく頷いた。
「それじゃあ、始めていこうか」
そう言って、彼女はゲームスタートのボタンを押す。
ゲームの開始時には、三つの難易度から選択することができた。
「ストーリーモード」「ノーマル」そして地獄級の「ヘルモード」。
弥紗は慎重に説明文を読み込む。それぞれの違いは、資源の入手量と音楽パートの難易度にあるらしい。
「うん、最初は……ノーマルで様子を見ようかな」
そう呟いて、彼女はマウスをクリックした。
弥紗はすでに開発段階でテスト版をプレイしており、さらに体験版が公開された際には改めて遊び直していた。だからこそ、このゲームの操作も展開も、彼女にとってはすでに手の内だった。
バイクを操り、ゲーム序盤の見せ場であるヒロインとの出会いのシーンへと辿り着く。
「……ここ、本当に天使みたい」
瓦礫の山に腰かけ、目を閉じて静かに歌う金髪の少女。その姿を見つめながら、ニナは思わず声を漏らす。
開発初期のテスト版でも感動したこの場面。しかし、完成版のグラフィックはそれを遥かに超え、心を震わせるほど美しかった。
:綺麗……
:まるで天使だ……
「それとね、このシーンで流れてる曲は、天歌先輩のオリジナル曲『灰燼』なんだ。気になった人は、ぜひ天歌先輩のチャンネルも覗いてみてね」
:やっぱり歌姫の曲だったのか!
:すごく良い曲だね……
ヒロインのミューと黒猫が仲間に加わると、画面全体が一気に温かく、楽しげな雰囲気に包まれた。
バイクに乗って道なき道を進みながら、物資を集めたり、探索を重ねたりしていく。
やがて一行は、巨大な百貨店の廃墟へとたどり着いた。
かつては人々で賑わっていたであろうその建物も、今では瓦礫と埃に覆われた、静かな残骸に過ぎない。
「スーパーってことは、きっといっぱい物資があるはず!」
弥紗の声に、自然と興奮がにじんだ。
荒廃した世界の中で、廃墟を漁るという行為は、プレイヤーにとっての何よりな楽しみでもある。
鼻歌を口ずさみながら、彼女はまるで穀倉に飛び込んだリスのように、夢中で物資をあさり始めた。
:めっちゃ楽しそう!
:これってサバイバルゲーム?
「うんうん、サバイバルもあるし、音楽ゲーム的な要素もちゃんとあるよ!」
弥紗は手を止めることなく説明しながら、次のアイテムを探し続けていた。
探索を終えたあと、ミューとムウは廃墟となったスーパーの片隅を見つけ、今夜はそこで休むことに決めた。
瓦礫に囲まれた小さなスペースだったが、風をしのげて、安全も確保できそうだった。
「じゃあ、今日も音楽の授業を始めましょうか!ムウ、今日はどの曲を習いたい?」
ミューがにこにこと笑いながら、明るい声で宣言する。
その瞬間、画面にふたつの選択肢が現れた。
【猫の唄】 【寂しき夜の色】
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