事前準備
絢音と瞳は、部誌に提出する記事の準備を終えた。
「はい、確かに受け取りました」
高野先輩は穏やかな笑顔を浮かべながらファイルを受け取り、パソコンを開いて二人の内容をチェックし始めた。
「清水さんのは、おっ、これはこの前ちょっと話題になってた攻略じゃないか?かなり詳しく書かれてるね。あの時にこれがあれば、そんなに苦戦せずにクリアできるだろう、これを見てもう一回プレイしてみたくなるよ、素晴らしい出来ですね」
高野先輩は何度も頷いた。
「先輩にそう言ってもらえると嬉しいです」
絢音は少し恥ずかしそうに言った。
「長谷川くんが書いたのは、驚かせる方法についてか。ほう、これ、もはや論文にできそうだね」
高野先輩も思わず感心したようだった。
「はは、先輩、それはちょっと褒め過ぎですよ。ところで、先輩たちの記事も見せてもらっていいですか?」
瞳は先輩たちがどんな記事を書いたのか気になった。
「ああ、俺のはね、ゲーム機本体の紹介と、パーツが手に入らないときに使える代用品についてまとめたんだ」
高野先輩はあっさりと、とんでもないことを口にした。
「すごすぎる……先輩、将来はハードウェア系を目指してるんですか?」
「うん、大学では電気工学に進もうと思ってるんだ」
「田中先輩は?」
「私、私ですか?私は前に作った何曲かのゲーム音楽を、楽譜と制作過程をまとめてみたの。前に会社に提供したやつなんだけど、契約の関係で使えないのがちょっと残念かな」
「先輩、ゲーム会社に音楽を提供したんですか?」
絢音は驚いた顔で尋ねた。
「うん」
田中先輩は、会社に提供した曲のことをいくつか話してくれた。
ほとんどはインストゥルメンタルで、歌ものは一曲だけだという。
「えっ!知ってる、前にプレイした時に聞いたことある!あれ、先輩が作ったんだ……すごすぎる!」
絢音は目を輝かせ、尊敬のまなざしで先輩を見つめた。
「そ、そう?えへへ、そんなに大したことないよ~」
田中先輩は三つ編みをいじりながら、少し照れくさそうにうつむいた。
(もし機会があれば、先輩と一緒に作品を作ってみたいな……)
瞳は田中先輩が書いた曲を思い浮かべながら、心の中でそう願った。
部活の仕事を終えた瞳と絢音に残されたのは、クラスのメイド喫茶の準備だけだった。
教室では装飾の真っ最中で、クラスメートたちは届いたばかりのメイド服や執事服を試着してサイズを確認していた。
「うおっ……うちのクラス、天国かよ……って、俺、完全に変態発言してる!?」
メイド服に身を包んだ女子たちを見て、執事服を着ている佐藤は満面の笑みを浮かべていたが、その顔には“彼がなぜ女子にモテないか”の答えがすべて詰まっていた。
「そうだぞ、もうちょっと自重しろよ……お前、本気でモテたいと思ってんのか?」
瞳は目の前の光景が確かに目の保養になることは否定しなかったが、佐藤はさすがに度が過ぎる。
部活では爽やかなスポーツ青年って感じなのに、どうしてこう、裏ではこんな残念な奴なんだろうな……。
「そんなこと言って、お前も清水さんのメイド姿見て、何も思わなかったのか?」
「それは……」
絢音のメイド服姿を見たとき、瞳の胸に去来したのは複雑な感情だった。
一方ではその可愛さに見惚れ、もう一方では「ほかの男には見せたくない」といった、言いようのない独占欲。
(まったく……絢音は別に俺の何でもないのに、何で独占しようとしてるんだよ)
自分にツッコミながら、瞳は心の中で苦笑した。
「何してるの?サボっちゃダメだよ〜」
笑顔の絢音が近づいてきた。
「あっ、おれはあっちで、ちょっと手伝ってくるわ」
佐藤は空気を読み、すぐに理由をつけてその場を瞳たちに譲った。
「なんでもない、俺も今行くよ」
瞳も準備に加わろうとしたその時、絢音に呼び止められた。
「ちょっと待って」
「どうしたの?」
絢音はくるりと一回転。純白レースがあしらわれた黒いスカートがふわりと舞い上がる。
「おい、見えたらどうするんだよ……ッ!?」
瞳は少し焦った様子で言った。
「……大丈夫、これは特別なデザインで、基本的に見えないようになってるから」
そう言って絢音は膝下までのスカートをつまんで、頭のヘッドドレスを嬉しそうに見せた。
「どう?似合ってる?」
「……ああ、見惚れるくらい、すごく似合ってるよ」
「そ、そう?ありがとう……。その、瞳も、すごく似合ってた……よ?」
ストレートな答えに、絢音は顔を赤らめながら小さくお礼を言った。
「そこの二人〜、イチャイチャしてないで手伝ってー!」
遠くから飛んできたクラスメートの冷やかしに、瞳もさすがに照れた。
「もー、瞳のせいでからかわれちゃったじゃん」
絢音は軽く睨みながら、少し赤くなった耳を隠すように振り返った。
「なんで俺のせいなんだよ!?」
瞳は目を丸くして反論した。
「当たり前でしょ、さあ、早く手伝うよ」
絢音は瞳の背中を軽く押し、自分もすぐにクラスの作業に加わった。
「はいはい、わかってるってば。今行くよ~」
瞳は、押された背中がまだ少し熱を帯びているような気がして、思わず苦笑した。
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