【絢音】かわいい女の子の悲鳴って……最高じゃない?
「ねぇ、なんか音しない……?」
歌奈は震える声で、恐る恐る尋ねた。
「してるね……敵かな?」
「はやく隠れないとッ!」
「そうだね」
絢音は冷静にそう返すと、素早くシオンを操作し、サービスカウンターの下に身を隠した。
「ここなら……バレない、かな?」
おそらく身長が二メートルを超えるであろう、ボロボロの衣服をまとい、右手に巨大な斧を持った巨人が、重い足音を響かせながら正面玄関へと近づいてくる。
その斧は地面に擦れ、深く痕を刻んでいた。
:やばそう
:ボスじゃん!?
:でっか
【静かにして】
シオンは息を呑み、両手で自分の口を塞いだ。
画面には「ドクン、ドクン……」という心拍音が響き、視界が徐々に赤くぼやけていく。
足音がだんだん近づくにつれ、心音もどんどん速くなる。
画面越しにも圧迫感が伝わってくるようだった。
巨人は正面玄関の前で一度立ち止まり、何かに気づいたように辺りを見回した。
だが、シオンの姿を見つけることはできなかったようで、そのまま去っていった。
「ぷはっ……行った?」
歌奈はシオンと一緒に息を止めていたようで、顔が真っ赤になっていた。
やっと息を吐き出し、ホッとした表情を浮かべる。
「うーん、鍵がかかってるなら探すしかなさそうだね。先に二階に戻って探索しよう。ここにいると、さっきの奴とまた会いそうで怖いし」
「たしかに」
「あら?こっちの階段は壊れてる……」
廊下の左右にある階段のうち、右側の階段は崩れていて通れなくなっていた。
二人はもう一度、左側のボロボロな階段を上って、二階へ戻った。
「こっちのドアは開かないね」
「こっちも、あきまへん~」
:あきまへん~
:こっちもハズレかぁ
絢音は次々と部屋に入り確認していくが、入れる部屋は全体の半分ほどしかない。
「ここ……手術室かな?」
部屋の中央には黄ばんだ手術台があり、拘束帯がかけられていた。
錆びた手術器具が並んでおり、その中には手術刀も。
床には赤黒く染みついた汚れが広がっていた。
:うわ……
:ここで「なに」がしているかな
:手術刀、武器にならないの?
「そうだね、試してみる……あー、ダメだ。拾えないみたい」
絢音はコメントに応えて行動してみるが、アイテムは見つからなかった。
もう一つの部屋に入ると、中は休憩室のようで、机とソファーが置かれていた。
「おっ、ここに新聞紙がある。どれどれ……」
机の上に置かれていた新聞紙を手に取り、絢音は内容を読んでみた。
「ふむふむ、16歳の少女が事故で亡くなって……犯人は飲酒運転の疑いがあるって。これはアウトですね。飲酒運転、ダメ絶対」
絢音が新聞を読み終えて閉じようとした、その瞬間。
画面が一瞬ブラックアウトした。
ドーンッ!
半透明のナースが、画面いっぱいに現れた。
苦しげな息を吐きながら、手をこちらに伸ばしてくる。
「びっ!?」
「ぎゃああああああっ!」
二人が同時に悲鳴を上げる。
ただし、リアクションの大きさはだいぶ違った。
反射的に、絢音はすぐさまシオンを操作して後ずさりし、ナースの手をギリギリで避ける。
ナースは声にならない叫びを上げながら、霧のように消えていった。
「やるじゃん……びっくりしたよ」
絢音は満足そうに頷いた。
:鼓膜ないなったw
:悲鳴たすかる
:ビビったぁ……
「みんな、少々お待ちください。一旦飲み物を取りに行きます」
飲み物を飲み切った絢音は一声をして、ミュートボタンを押して立ち上がろうとした…が、立ち上がれなかった。
横を見ると、左手が歌奈にぎゅっと握られていたからだ。
歌奈は顔を伏せたまま、体を強張らせていた。
「大丈夫……?」
歌奈は涙目で絢音を見上げ、かすれた声で言う。
「……私、大丈夫そうに見える?」
「えっと……じゃあ、何か飲んで落ち着こっか?大丈夫、すぐそこにあるから」
「うん……」
やっと手を離した歌奈に、絢音は笑顔で冷蔵庫へ向かう。
「冷たいのと常温、どっちがいい?」
部屋の隅にある小さな冷蔵庫を開けながら尋ねる。
「冷たいの、お願いします……」
「どれどれ……お茶、ジャスミンティー、炭酸水、コーラ、コーヒーがあるけど?」
「炭酸水ください」
絢音は炭酸水とジャスミンティーを持って戻り、歌奈に炭酸水を渡した。
「ありがとう……」
一口飲んで、少し落ち着いた表情を見せる歌奈に、絢音が問いかける。
「もう、大丈夫?」
「……うん」
頷く歌奈を確認して、絢音はミュートを解除し、待機画面を閉じた。
「みんな~、お待たせしました!」
:おかえり~!
:飲み物なに飲んでるの?
:今日も尊い……
「今日はジャスミンティーだよ」
「私は炭酸水……」
:水分補給大事
:ジャスミンティーと炭酸水、いいね
:ほうほう
「じゃあ、探索を再開しますね~」
「ちょっと待って、その前に……琉璃ちゃんに聞きたいことがあるの」
歌奈は絢音を呼び止める。
「ん? なに?」
「……どうして、こんなに怖いゲームやってるのに、琉璃ちゃんはあんなに楽しそうなの?」
歌奈は思い返す。
さっきみたいに、すごく怖い場面があっても、絢音は楽しそうに笑っていた。
「実はね……」
絢音は指を口に当てながら、にこにこして話す。
「うん」
「私、ホラーゲームが好きな理由のひとつってね、可愛い女の子の悲鳴を聞くのが楽しいからなんだよね〜」
絢音は少し照れたように笑いながらも、堂々とそう言い切った。
「ほらだって、かわいい女の子の悲鳴って……最高じゃない?」
「……え?」
歌奈は口をボカンと開けて、ただ絢音を見ている。
「だから天歌ちゃんを誘って、一緒にホラーゲームしようと思ったの」
絢音は爽やかな笑顔を見せる。
歌奈の顔は絶望の表情に変えて、しばらく沈黙。
「琉璃がドSだなんて……もっと早く知ってれば……」
「だって、怖がる天歌ちゃんが可愛すぎて……ごめんね」
絢音は手を合わせて、ウインクをした。
:わかる
:可愛い女の子の叫び声からしか得られない栄養があるんだ
:いい趣味してんね!
コメントを見た歌奈は、ついに我慢できず、大きな声で叫んだ
「助けて!リスナーまで変態だ~!」
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