【絢音】廃病院から退院したいッ!
ゲーム全体のビジュアルはドット絵で、シンプルながら丁寧に作られており、手抜き感はまったくない。
最初は、まるで目を開ける感覚を模したような演出で、画面が点滅しながら徐々に鮮明になっていく。
画面がはっきりすると、亜麻色の長い髪をした少女が地面に倒れており、その周囲には火の灯った白いろうそくが点々と散らばっていた。
「うーん……ここは?」
少女は周囲を見回す。どうやら、長い間放置されていた廃墟のようだ。
自分がなぜここにいるのか、まったく心当たりがない。ただ、全身が痛い。
「主人公は女の子か~。ドット絵、いい感じでかわいいね!」
画面に映る少女を見て「ふむふむ」と、絢音は頷いた。
彼女は小さい頃から、父親がゲームをしている姿をよく見て育った。その影響でゲーム全般が好きだが、どちらかというとレトロゲームの方に思い入れがある。
だから、どこかレトロ感のあるこのゲームは、絢音にとって完全にドストライクだった。
「うん、かわいい……」
隣にいる歌奈も頷きながら同意するが、すでに体半分を絢音の後ろに隠していた。
画面には、天歌が琉璃の後ろにぴったりとくっついて、目を細めながら怯えている様子が映し出される。
今回は絢音がプレイ担当なので、歌奈は基本リアクション係。それでももう半分泣きそうな顔になっているところを見ると、相当ビビっているらしい。
「でも画面、結構暗いなぁ。どう? みんな見えてる?」
絢音は配信画面を確認しながら視聴者に問いかける。
:くっら!?
:何も見えないです……!
「ふむふむ、じゃあ明るさ上げるね~。このくらい? 音量バランスも平気?」
絢音は設定メニューを開いて、明るさを少し上げる。
:調整たすかる!
:ありがとう!見やすくなった!
:音はいい感じです!
「よし、じゃあ何かあったらまた教えてね~。まずは探索探索~」
ほこりだらけの床には、紙くずやゴミが散乱している。
どうやらここは部屋のようだが、窓がないせいでとても暗い。
唯一の光源は白いろうそく。その灯りはどこか葬式を思わせ、不気味さを引き立てている。
視界は狭く、何が画面に映っているのか判別しづらい。その曖昧さが、プレイヤーの神経を少しずつすり減らしていく。
そのことが、さらに不安感を煽ってくる。
「ここ、冒頭に出てきた廃病院かな?」
絢音が画面を見つめながらつぶやく。
「たぶんそうじゃないですか?」
隣の歌奈も、絢音の推測に頷いた。
少し進むと、ろうそくの光に照らされた大きな全身鏡が見えてきた。
近づいて見ると、鏡の表面にはヒビが入っている。
「あ、この鏡はPVで見たことあるよ」
絢音は思い出して言った。
「PV?」
歌奈は少し首を傾げる。
「そうそう、作者さんの同名チャンネル『瞳中の景』にあるよ」
「へー知らなかった」
:へーあれは公式なのか、名前が同じだけと思った
:後で調べみるわ
:そうなのあるんだ?
一旦話を終えて、
亜麻色の髪の少女が鏡に顔を近づけると、そこに映っていたのは、まだ幼さを残した顔つきの、制服姿の少女。
年の頃は16歳くらいで、制服の上には赤黒い染みのようなものがついている。
鏡の右上には、赤く滲んだ文字で「シオン」と書かれていた。
「……どうして私の名前が……こんなところに……?」
:かわいい子だね
:シオンちゃんかわいい!
「へぇ~、シオンちゃんっていうのか。名前までかわい……!?おお」
「ひっ!」
絢音が文字に注目していると、その下の鏡の反射に、
白いナース服を着た長髪の女性が、じっと少女の背後に立っていた。
彼女は何も言わず、陰鬱な目でシオンを見つめている。
シオンが驚いて振り返るが、そこには闇しかなかった。
:ビビった
:シオンちゃんうしろ!うしろ!
:これは夢に出るやつ
絢音も一瞬驚いたが、隣の歌奈は青ざめて、肩をビクッと震わせる。
「だ、大丈夫? 天歌ちゃん……?」
「あんまり大丈夫じゃない……」
歌奈は今にも泣きそうな顔で、絢音の左手をぎゅっと握った。
「私はホラーそのものは平気なんだけど、大きな音が苦手でさ~昔からホラー映画見てても、音でビクッてなっちゃうのよ」
絢音は、なんとかして歌奈の気を紛らわせようと、自分の昔話をしながら微笑む。
:それめっちゃわかる
:音だけで寿命縮むやつね
「私は自分からホラー映画を見たこと、一度もないです……」
「えっ、じゃあ今回の天歌ちゃん、めっちゃレアってこと?」
「なんでちょっと嬉しそうなのよっ!」
ドアを開けると、廊下が続いており、その先には窓があり、部屋の中よりは少し明るく感じる。
廊下の両側には古びた木のドアが並んでいて、それぞれに「内科」「外科」「精神科」といった標識が貼られていた。
「これはもう完全に廃病院だね……」
絢音は画面の背景を見ながら、感想を述べた。
「無人の病院って、ほんと怖いよね……」
歌奈は小さい声で答えた。
「私はそもそも病院が苦手……」
「まぁ、得意な人の方が少ない方だけどね」
「で、どこから探索する?」
絢音が振り返って、歌奈に意見を求める。
「……外に出たいです」
歌奈は今にも泣きそうな声でそう答えた。
:琉璃先生、外に出たいです……
:正論すぎて草
「OK、じゃあまずは下に行ってみよう!」
絢音はシオンを操作して、いったんこのフロアの探索を後回しにし、廊下の奥にある古びた階段を見つけた。
階段はコンクリート製で、すでにところどころ崩れている。年季が入っており、いつ崩れてもおかしくない雰囲気だ。
建物は二階建てで、一階に降りると、二階と似たような構造。左右に部屋が並んでいる。
ただひとつ違うのは、中央に大きなサービスカウンターがあること。
その正面には両開きの玄関ドアがあり、そこから外の光がわずかに差し込んでいた。
「やったー!出口だ! 早く出ましょ、今すぐ!!」
歌奈が不安げな声で、絢音に「早く出よう」と急かす。
「はいはい」
絢音が玄関ドアにシオンを近づけて調べる。
ガチャッ、ガチャッ。
【鍵がかかっている】
:知ってた
:そりゃそうだよねww
:出れるわけないよね~
「だよねぇ~そんなに甘くないよね~」
絢音はうなだれる歌奈の頭をぽんぽんと優しく撫でる。
その時、ゲーム内のBGMが突然ぷつっと途切れ、場の空気が一変した。
静まり返った空間に、どこからともなく「ず……ず……」と、重いものを引きずるような音が聞こえてくる。
その音は、確実に、こちらに近づいていた。
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