【絢音】ホラーゲームは一番コラボに適しているもの
清水絢音はVTuberであり、高校生。
今日の配信はすでに決まっていて、幼馴染の瞳が作ったゲームだ。
(本当にすごいなぁ。ゲームを作れるなんて……今回はどんなゲームなのか、楽しみ!)
絢音はプログラム関係が全然ダメだから、ゲームを作れる人を心から尊敬している。
「でも、その前に」
ゲームを始める前に、やらなければならないことがひとつある。
それは、今回のコラボ相手を逃がさないこと。
今回の配信はコラボ形式で行われる。お相手は、同じ事務所に所属するVTuber仲間にして、学校の同級生でもある朝倉歌奈。
ホラーゲームが苦手な歌奈が逃げられないように、絢音は早めに靴箱の前に潜んで待ち伏せていた。
約十分後、小柄な影がそっと校舎の出口へと向かってくる。
乱れたショートヘア、小柄の制服少女はキョロキョロと周囲をうかがいながら、学校から出ようとしてる、明らかにコソコソしているその姿は、まるで警戒心の強い小動物のようだった。
「歌奈、待ってたよ♪」
絢音が爽やかに笑顔で声をかけた。
「ひっ!」
歌奈と呼ばれた少女は、大型の猛獣に見つめられた小動物のように、絢音を見た瞬間、逃げ出そうとしたが絢音にがしっと手を掴まれた。
「さあ、一緒に帰りましょう!ゲームが待ってますよ!」
ずるずると歌奈が引き連れていく。
「やだ!はなして!ホラーなんて絶対無理!」
歌奈は手足をバタバタして、必死に抵抗する。
「もう~諦めが悪いなあ、行くよ!」
「嫌だ~!は~な~し~て~!」
「サムネ、ヨシ!ゲームダウンロード、ヨシ!設定、ヨシ!そしてコラボ相手もヨシ!」
絢音は指差し確認のように一つずつ確認しながら、満足げに頷いた。
「全然よくないですけど!?」
強引に家に連れて帰った歌奈は高い声で抗議する。
「準備はいい?始めるよ」
「待て、まだ心の準備が!?」
絢音は歌奈の悲鳴を無視して、配信ボタンを押した。
「みなさん、こん琉璃~鈴宮琉璃です」
スクリーンに映るのは、絢音がVTuberとして活動している姿、「鈴宮琉璃」。
設定上は20歳でゲーム好きなメガネ少女。
「鈴宮琉璃」は白いワンピースを着て、外側には桜色のショールを羽織っている。
腰まで届くミルク色の髪がふわりと揺れている。
琉璃の後ろに映っているのは、今回配信するゲームのタイトル画面。
それは荒廃した古びた病院のような場所だ。
なぜか、琉璃がこの廃病院にいることに、まったく違和感がない。
「今日プレイするのはこちらっ!【瞳中の景】さんが今日発売した最新作【退院】!」
絢音は視聴者たちのコメントを見ながら、軽く話をする。
:もう怖い
:病院系はやばいって……
:ナースさんが出るかな?
「これはこの会社が初めて出すホラーゲームだから、どんな内容になるのかすごく楽しみだよ。ナースさんが出るかな?うーん、どうだろう?出そうだけと。
まあ、やればわかる。
では、ゲームを始める前に、こちらの方紹介したいと思います。どうぞ!」
「こんばんは.....星来天歌です」
糸のような細い声で囁く、画面に登場したのは、銀髪に華麗な礼服をまとった歌姫のような少女。
マイクを手にしているその姿は、まるでステージの幕開け直前のアイドルそのもの。
一般人風の琉璃とは対照的に、天歌は“異世界感”が強いVTuber。
彼女の登場に、視聴者のコメントが一気に沸き上がる。
でもよく見ると天歌の顔色が青白い。
:天歌ちゃんだ!やったー!
:こんばんは~
:もうビビってんね?w
:そういえば、天歌ちゃんはホラー苦手なんじゃないの?
「ね、琉璃ちゃん、他のゲームに変えれない?同じ作者なら前作の猫カフェのやつがよくない?」
まだ諦めきれない天歌は、必死にホラーゲームを避けようとする。
「ネコ待ちカフェね、あれは神ゲーだなぁ…猫様がめっちゃかわいい!」
琉璃は「うんうん」目を閉じてうっとりとした表情を浮かべる。
「だよね!だよね!」
「でもダメ~!観念してやりましょう!ポチャっとな!」
「あぁ!」
ゲームの開始ボタンを押すと、暗闇の中に小さな黄色い点が現れる。
カメラがズームインすると、それは淡いクリーム色のシベリアンキャットが座って、画面を見つめている。
カメラがズームインし、猫の黄黒い瞳にフォーカスされる。
その瞳の中に、一人の影が徐々に近づき、猫に手を伸ばしている様子が映し出される。
そして、作者のロゴ【瞳中の景】が画面に浮かび上がる。
:猫ちゃんかわいい
:ネコちゃん、逃げて~!
「毎回このロゴを見ると、まるでホラー映画のような演出に感じるよね。でも、私は結構好きだけど」
「これ、琉璃が飼ってる猫とちょっと似てない?」
:琉璃ちゃんは猫を飼ってるのか
:猫の写真が見たい
「そうね、偶然だね」
絢音は「ははは」と乾いた笑いを漏らし、何事もなかったかのように誤魔化した。
そのロゴは絢音の猫に「似ている」のではない。
毛色が少し違うだけで、ほとんど絢音の猫そのままだった。
瞳がそれを見せてくれたあの瞬間、嬉しさで胸がいっぱいになったのを、絢音は今でも覚えている。




