何時にだって、発売日は緊張するもの
停雲高校、朝。
新学期が始まったばかりで、クラスの雰囲気はまだ少し浮ついており、学生たちはそれぞれ集まって、休暇に何をしたかを話し合っている。
瞳は席に座って、スマホでゲームの評価や二次創作を調べていた。
『ネコ待ちカフェ』はそれほど大ヒットしているわけではないが、高評価を得ており、二次創作の数も少なくない。
ただ、時々、看板娘である妹がやや過激なイラストに描かれているのを見ると、心中が複雑だ。
また、好評を得ている『エンドレス・エクスペディション』については、ネット上で様々な攻略法がシェアされているが、ゲームの種類が異なるため、二次創作は『ネコ待ちカフェ』ほど多くない。
今は『エンドレス・エクスペディション』の運営が「七夜夢」に委託され、たくさんのスタッフが対戦ランキングや他のイベントを担当しており、瞳は主に提案やアイデアを提供している。
「長谷川、ちーす。」
「佐藤か、おはよう」
瞳は元々スマホを見ていたが、声を聞いて顔を上げると、軽薄な印象の茶髪の少年、佐藤信が立っていた。
長期間野球をしていたせいか、少し日焼けしていたが、なぜか健康的なスポーツ少年ではなく、海辺でナンパをしていそうな小悪党のように見える。
「長谷川、ちょっと聞いてよ~」
「うん、何?」
「昨日、テレビで恋愛特集をやってたんだ。いろんなカップルがイチャイチャしててさ。」
「それで?」
「だから、今年こそ可愛い彼女を見つけるって決めたんだ!」
佐藤は拳を握りしめて力強く言った。
「前もそんなこと言ってたよね。」
佐藤は見た目も悪くないが、もしかしたらその軽薄さが骨の髄まで染みついているせいで、女性たちに安心感を与えられないのかもしれない。
「くそ、長谷川が、清水みたいな美人の彼女がいるのが羨ましいよ」
「絢音とはただの幼馴染だよ」
「名前を呼び捨てにしてるじゃん。誰が信じるんだよ。長谷川はまさに人生の勝者だな。イケメンだし、綺麗な幼馴染もいるし、俺もそんな幼馴染が欲しいよ」
「時には、関係が親しすぎることも悩みになることもあるよ」
「これが勝者の余裕か?羨ましすぎるだろう」
「さあ、みんな席に戻って、授業が始まるよ」
「やべ、先生が来た。じゃね」
「はい、みんな、授業を始める前に、座席を変えましょう。みんな、順番にくじを引いてね」
先生が手を叩きながら、クラス全体に声をかけた。
生徒たちはざわめきながら順番に前へと並び、くじを引いていく。
「おっ、窓際のいちばん後ろだ」
瞳が引き当てたのは、多くの作品で主人公が座るような“お決まり”の席。
そして、さらに幸運なことに、その隣に座ったのは絢音だった。
「やったね、隣同士。今年もよろしくお願いしますんね」
絢音は頬を少し傾けて、横目で瞳を見上げるように微笑んだ。
その微笑みは、やわらかく春の光のように優しかった。
「はは、こちらこそ。よろしく」
お互いに長い付き合いで、すっかり気心も知れているというのに、
わざとこういう小芝居をやるのも楽しみの一つ。
午前の授業が終わり、ついに昼休みの時間が来た。
瞳はこっそりスマホを取り出して売り上げを確認する、今日は彼作ったゲームの発売日だ。
自作ゲームをリリースするのは今回で三度目だが、やはり緊張してしまう。
「おお!」
3000ダウンロード、初日がまだ半分過ぎてないのに、そんな数字は上々だ。
最初の作品に比べると少ないけど、あれはまぐれに近いものだった。
正直、なぜあれほど売れたのかは謎だ。
「ねえ、瞳。今日、新作の発売日だよね?」
絢音が机に腕を乗せるようにして、少しだけ小声で尋ねてきた。
「配信枠まで作ったのに、今さら聞く?」
「いや、知りたいのは評価の方。どうだった?」
絢音はポニーテールを揺らしながら近づき、右手を机に置き、体を少し前に傾けて瞳のスマホ画面を覗こうとした。
瞳は顔をそむけて目を逸らす。
朝、佐藤が言っていたように、絢音は学校でも有名な美少女だ。
幼馴染特有の距離感が時々瞳を悩ませる。
今回のゲームについては、絢音に詳細を事前に教えていなかった。
何せ今回はホラーゲームだから、事前にストーリーを知ってしまったら、楽しさが半減してしまうからだ。
「おかげさまで、いい感じだよ」
「そう、それはよかった」
「そう言えば、今回はコラボ配信ですか?」
そう言って、瞳がスマホを取り出し、絢音に画面を見せようとする。
「ちょ、やめてよ! ここでそんなの出したら、バレたらどうするの!」
絢音は素早く手を伸ばして、瞳のスマホを奪い取り、画面を下向きにして机に伏せた。
「ごめんごめん」
「あの二人、またイチャイチャしてるなあ……」
「まあ、いつものことでしょ」
周囲の生徒たちは、少し呆れた表情で二人を見ながら、ひそひそと囁き合っていた。
「じゃあ、もうすぐ休み時間終わるし、席に戻るね」
それを聞いた絢音は、少し恥ずかしそうに微笑みながらスマホを瞳に返し、そっと隣の席に戻った。
瞳は絢音の背中を目で追いながら、ほんの少し、胸の奥がくすぐったくなった。
(……なんだろう、この気持ちは?)
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