なるほど、それは困ったなぁ
「うん、とりあえず今のところはここまでだけど……どうだった?」
瞳は不安そうに絢音の顔を見つめた。
テスト版が終わると、絢音は椅子をくるっと回して瞳に向き直った。
「最初に言っておくけど、雰囲気はすごく好き。ポストアポカリプスの空気感、まだラフだけど、ちゃんと伝わってきたよ」
瞳は静かに頷きながら、絢音の次の言葉を待っていた。予想通り、すぐに「でも」が来た。
「でも、音ゲーとしてはちょっと難易度が低いかも。コアな音ゲープレイヤーからしたら物足りないって感じるかもしれない」
絢音はプレイヤー視点の意見を述べ、続けて分析を加えた。
「カジュアルゲームって確かにプレイヤー層は多いけど、こういうストーリードリブン系は、宣伝がなければなかなか広がらないよ」
「うん、一応、テスト版をある程度完成させてから、プラットフォームに載せて事前の告知をしようと思ってる。それに、もし声をつけてることできれば、それも宣伝になるし」
「そうなんだ。今回も天川社にお願いするつもり?」
「うん、まずは絢音が前に言ってた天歌ちゃんに相談してみようかなって」
「天歌ちゃんだけ?ニナちゃんは?」
絢音は少し不思議そうに聞いた。
「うーん……」瞳は口を開きかけて、本当のことを話すか少し迷った。
「どうしたの?」
「この前の収録の時……ニナちゃん、なんか態度おかしくなかった?」
「確かに。うん、瞳と何かあったの?」
絢音が思い返すように頷く。
「実は……」瞳はため息をついて、一部の真実を明かした。「彼女、結衣の友達なんだ。それに、前によく行ってたあのカフェの店長の娘でもある」
「それが?」
「彼女、俺が浅海先輩や朝倉社長と会ってたのを見て……もちろん絢音と一緒にスイーツ食べに行ったのも含めて」
瞳は苦笑いを浮かべた。
絢音は何かを察したように、こらえきれずに笑いを堪えながら聞いた。
「それ見て、どうなったの?」
瞳は絢音をじっと見つめ、肩を落として言った。
「俺のこと、女の子を取っ替え引っ替えしてるチャラ男だと勘違いしたみたいでさ……」
絢音はついに耐えきれず、大笑いした。
「はははっ、それはヤバいね!瞳がチャラ男認定されてるなんて!」
笑いながら涙を拭い、ようやく落ち着いた絢音は言った。
「なるほどね、だからニナちゃんには声かけづらいんだ」
「笑わないでくれよ……とにかく、まずは天歌ちゃんに聞いてみるよ。ニナちゃんの方は、誤解が解けてからだな」
瞳はため息をつきながら、絢音の手を軽く叩いた。
「さて、本題に戻ろうか。ゲームについて、他に何か気になるところある?」
「そうだね……ちょっと考える」絢音は唇に指を当て、しばらく考え込んだ。
「ゲームのジャンルがちょっと曖昧かな」
「どういう意味?」
「一応カジュアルゲームってことだけど、ストーリー重視で探索要素もあるから、カジュアル勢には面倒に感じられるかもしれないし、逆にストーリー好きな人にはテンポが遅く感じられるかもしれない」
「その辺りのバランスは、もう少し詰めていくしかないね。結局、全てのプレイヤーを満足させるゲームなんてないし、自分がやれることをやるしかない」
瞳は眉間を揉みながら、少し疲れたような、それでも決意がこもった声で言った。
「私は今のバランスでも悪くないと思うよ。テスト版がリリースされたら、実際のプレイヤーの反応も見られるし、今はあくまで私一人の意見だしね」
絢音は悩む瞳の表情を見て、やさしく励ました。
「今できるのはそれくらいだね」
「うん、ありがとう。とりあえず、天川社にどうやって連絡取るか考えてみるよ」
「じゃあ、椅子は返すね」
瞳は天歌のチャンネルを開き、彼女についてもっと調べようとした。
絢音は黙って椅子を譲り、ベッドに座って、黙々と作業を始めた瞳の姿を見つめていた。
「カバーだけじゃなくて、オリジナル曲も三、四曲あるんだね」
「うん、そのうちの一曲は天歌ちゃんが作詞作曲したんだよ」
絢音はちょっと誇らしげに言った。
「“灰燼”……このタイトル、なんて偶然なんだ。ちょっと聴いてみるか」
瞳が曲を再生すると、透き通った歌声と、心に染み入る旋律が流れた。その音はどこか、切なく懐かしかった。
「これは……」
曲が終わってもしばらく沈黙が続き、瞳は言葉を失っていた。
「さすが“歌姫”ってところか。想像以上にすごいな。それに、この曲……意外とゲームの雰囲気にぴったりだ」
「たしかに、そう言えばそうかもしれない」
瞳はしばらくパソコンの画面を見つめながら、どう切り出すべきか頭の中で言葉を整えていた。
少し悩んだ末、瞳はメールを打ち始めた。
ゲームのヒロイン役として、ぜひ星来天歌さんに声を担当してほしいと思っていること。
そしてもうひとつ。彼女のオリジナル曲がゲームの世界にぴったりだと感じたことから、楽曲の使用許可もあわせてお願いしたいということ。
その思いを丁寧に、けれどまっすぐに綴っていった。
「……よし、送信っと」
メールを送り終えた瞳は、軽く息を吐いた。
「よし、あとは返事を待つだけだな。」
数日後、瞳のもとに天川社から正式な返信が届いた。
この度はご連絡およびご提案、誠にありがとうございます。
ご確認させていただいた結果、星来天歌本人は現時点において、当該ゲームプロジェクトへの声優参加およびオリジナル楽曲の使用許諾について、積極的な意向を示しておりません。
何卒ご了承いただけますようお願い申し上げます。
今後また別の機会がございましたら、ぜひご連絡ください。
瞳はそのメールを見つめながら、しばらく言葉を失っていた。
少しは進展があるかもしれないと期待していた彼は、すでにあの数曲がゲームの場面と組み合わさるイメージまで膨らませていた。
こめかみを指で揉みながら、椅子の背にもたれて小さくつぶやく。
「……これはちょっと厄介だな。」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
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