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このゲーム、君に届けたい  作者: 天月瞳
二作目『ネコ待ちカフェ』

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【黒崎】秘書ちゃんはゲームをやるそうです

黒崎凛は、新進気鋭のゲーム会社「七夜夢」で社長秘書を務めている。

大学を卒業して間もない彼女が、朝倉社長から直接見込まれたことに、今も深い感謝の念を抱いていた。


恩に報いるため、黒崎はどんな仕事にも全力を尽くしている。

身支度にかける時間を減らすため、小学生の頃から伸ばしていた長い髪も、耳の下までバッサリと切ってしまった。

だが、人間の体力には限界がある。だからこそ、適度なペース配分は必要なのだ。


「ただいま〜」


誰もいないワンルームのドアを開けながら、黒崎はぽつりとつぶやいた。

部屋に一歩踏み入れるたびに、昼間のきりっとした表情が、少しずつほどけていく。


スカートを脱ぎ捨て、 ストッキングを片手で脱ぎかけたまま、

そのままソファの大きなクッションに身を預ける。


人の背丈ほどもあるクッションに顔を埋め、その柔らかさを頬で感じながらしばらく沈黙。

ふうっと深いため息をついた後、ストッキングをぽいっと脇に投げ捨てた。


「あ〜……つっかれた……」


エコバッグから買ってきたばかりの弁当を取り出し、

モニターをつけて、ネット配信の番組をぼんやりと流し始める。

食べ終えたあとは、何も考えず、しばらくぼーっとしていた。


「……そうだ」


ふと思い出して、モニターに視線を移す。

事前にダウンロードしておいたゲームを選択する。


『ネコ待ちカフェ』

これは社長が特に注目しているクリエイターの最新作だ。

あの少年を初めて見たときの衝撃は、今も黒崎の記憶に焼きついている。


この業界で数多くの“天才”と呼ばれる人物を見てきた彼女にとって、

あれほど若くして才能を発揮する者に出会ったのは初めてだった。


ゲームを起動すると、まず現れたのは、制作者「瞳中の景」を示す猫のロゴ。

黒崎は猫好きだが、このどこか不気味さの漂う演出は、あまり得意ではなかった。


その後、画面が切り替わり、木の温もりを感じさせるカフェの店内に、愛らしい猫たちがちょこんと座っていた。


「……悪くないわね」


黒崎は軽く頷いた。

少なくとも、オープニングの雰囲気は好印象だった。


だが、ゲームが本格的に始まると、画面には見慣れない真っ白な天井が映し出された。


「お兄ちゃん、よかった……目が覚めたんだね!」


泣きそうな表情の妹が、主人公の手を握って言った。


(キャラデザ、悪くない。こういうタイプ、ユーザーに刺さるわね)


黒崎は、職業病のように冷静に分析する。


月里つきさと、ここは……?」


「ここは病院だよ、お兄ちゃん。覚えてないの? 過労で倒れたんだよ」


「過労……思い出した」


そのセリフを読んだ瞬間、黒崎は思わず身を乗り出した。

まるで自分のことのようで、胸に響いた。


七夜夢の待遇は決して悪くない。けれど、仕事の忙しさは本物だ。

黒崎は思わず苦笑を漏らす。


そして、退院した主人公・宮野和真みやの かずまは、仕事を辞めて猫カフェを開くことを決意した。


「猫カフェか……しばらく行ってないな」


ストーリーがひと段落すると、画面はデフォルメされた可愛い猫たちが歩き回るカフェの画面に切り替わった。

画面右上には「貯金:100万円」と表示され、内装や食材、道具などを購入できるらしい。


「チュートリアルも分かりやすくて、初心者でも迷わない設計ね」


黒崎はまたしてもプロ目線で評価を下す。


「お兄ちゃん、猫ちゃんを選ぼうよ!」


妹の提案に、黒崎は姿勢を正し、画面を真剣に見つめる。


「おお……かわいい……!」


画面いっぱいに表示された猫たちが、ずらりと並んでいる。

品種や性格、年齢が記載されており、自分だけの猫を作る「カスタム機能」もある。


「カスタム機能まであるなんて、神ゲーじゃない……?」


黒崎は、白いラグドールと青いブリティッシュショートヘアの2匹を選び、さらに自分でペルシャ猫を作ってみた。

猫の品種ごとにモデルが異なり、毛の色や瞳の色まで細かくカスタマイズできる。

性格も選べるらしく、それによって猫の行動が変化するという説明があった。


「ふふっ……かわいい……うちの子たち……」


黒崎の顔が自然と緩み、職場では決して見せない、無邪気な笑みがこぼれた。

猫タワー、爪とぎ、給水器などのアイテムも自由に配置でき、

彼女はそのレイアウトにほとんどの時間を費やした。


接客用のテーブルや椅子、漫画やボードゲームなどは、適当に選んで済ませた。


そして、経営パートが始まった。



最初の来店客はチュートリアル用のNPCたち。

普通の中年男性や女性が来店し、飲み物や軽食を注文して、お金を払い。

猫たちは自由にカフェ内を歩き回り、時に客の近くへ寄っていく。

それだけのシンプルな流れだ。



猫への配慮から、飲み物は冷たいか常温、食事はスイーツや軽食程度。

代わりに猫用おやつやフードは豊富で、気分を上げたり健康を増強する効果もある。


「猫の管理もあるか、意外と細かいわね」


黒崎は感心して頷いた。


経営日数が進むにつれて収入も増え、装飾や料理の選択肢が増えていく。

そして、その後、ちょっとクセのある客たちが現れ始める。


「お兄ちゃん、あの人……」


妹の月里が入り口を警戒するように指さした。

和真が顔を上げると、大きなコートにマスク、サングラス姿の客が店に入ってきた。


「ん?どうやって通報するのかしら?」

黒崎は一瞬、本気で「強盗イベント!?」と警戒し、

画面のどこかに通報ボタンがあるのではと探してしまった。


「お客様、失礼ですが……」


和真が恐る恐る声をかける。


「すみません……猫アレルギーがあるだけなんです」


マスク越しにくぐもった声、若い男性の声だった。


「アレルギー? それで大丈夫なんですか?」


和真が驚くと、客は涙目になりながら答える。


「大丈夫です。猫が大好きなので……」


猫に触りたい気持ちを抑えきれず、くしゃみと涙で顔ぐしゃぐしゃにしながら帰っていく姿に、

黒崎は呆れつつも思わず笑ってしまった。


「まったく……でも、こういう小ネタ、記憶に残るわね」


経営要素は複雑すぎず、ゆるく楽しめる設計になっている。

店の運営を妹に任せれば、プレイヤーは内装や猫とのふれあいに集中できる。


「なるほど。社長が彼を高く評価するのも納得ね」


黒崎にとって『ネコ待ちカフェ』はあくまで小品のインディーゲーム。

だが、その世界観の作り込みとプレイテンポの良さは、何とも言えない心地よさを生み出していた。


それを形にできるというのは、紛れもない才能だ。

その長谷川瞳という少年は、『エンドレス・エクスペディション』のヒットを、決して偶然ではなく、自らの実力で作り出したのだ。


気づけば、心がすっと軽くなっていた。

名残惜しそうに画面の中の猫たちを眺めながら、

黒崎は意を決してセーブボタンを押した。


「……続きは、明日にしよう」

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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