ゲーム研究部
朝の登校路、瞳と絢音は並んで歩いていた。
二人は特に約束をしていたわけではない。ただ家が近いから、自然とよく一緒になるのだ。
数日連続でゲームのパラメータ調整に追われていた瞳は、気分転換もかねてゲーム研究部を見学してみようと決めた。
何かヒントが得られるかもしれない。
「そんなわけで、絢音も一緒に行ってみない?」
瞳は隣を歩く絢音に尋ねた。
「いいね。ゲーム研究部って、どんなことを研究してるんだろう」
絢音は期待に満ちた顔で言った。
「確かにね」
瞳もうなずいて、少し楽しみになってきた。
約束通り、放課後に二人は部室棟へと向かった。歩きながら、絢音が聞いた。
「部長って、どんな人なんだろう?」
「うーん、アニメだったら綺麗なお姉さんってパターンもあるかもね」
瞳は少し考えてから、笑って言った。
「それともメガネをかけた、すごくゲームが得意なお兄さんとか?」
絢音は対抗するように、まったく逆の可能性を挙げた。
「どっちにしても、ゲーム好きな人には違いないよね」
瞳はどちらでも構わない様子で笑った。
「まあね。ゲームが好きじゃなかったら、こんな部活に入らないだろうし」
部室の扉には「ゲーム研究部」と書かれていた。瞳は軽くノックした。
「どなた?」
中から男性の声が聞こえ、瞳が答えた。
「すみません、見学希望です」
「おお、ちょっと待って、今行くよ!」
中からバタバタと慌ただしい音が聞こえたかと思うと、少ししてドアが開き、穏やかな顔立ちの背の高い先輩が現れた。
彼はちょっと気まずそうに笑った。
「ごめん、セーブポイントが見つからなくてね。どうぞ入って」
先輩が道を開けてくれて、二人は部室に入った。中にはパソコンが三台あり、そのうちの一台の前にはメガネをかけた先輩がヘッドホンをして座っていて、まるで自分の世界に没入しているかのようだった。
そして瞳の目を引いたのは、部屋の隅にあるテレビモニターと、接続されている古びたゲーム機だった。画面には、先ほどの先輩がプレイしていたらしい、とても古いゲームが映っていた。
「まさか初代!?」
絢音が驚きと喜びの声を上げた。彼女は父親の影響か、レトロゲームが特に好きだった。
「これ、少なくとも三、四十年前の機械でしょ? まだ動くの?」
瞳も感心したように言った。
「四十年前の骨董品だよ。手に入れた時は、思ったよりも状態が良くてさ」
先輩は少し誇らしげに言った。
「これ、先輩の私物なんですか?」
「うん。わざわざ学校に持ってきたんだ。あ、そうだ自己紹介がまだだったね。僕はゲーム研究部の部長、高野。あそこにいるのは田中、俺と同じく2年生。よろしくね」
「長谷川瞳です。よろしくお願いします」
「清水絢音です。よろしくお願いします」
二人は同時にお辞儀して挨拶した。
「まあ、部活の活動内容をざっくりに説明すると、好きなゲームを選んで、それを研究するってだけ。攻略を書いたり、ストーリーを分析したり、とにかく好きに研究していいんだ、学期ごとに成果を一つ出せばOK、どうだった、簡単だろう?」
高野先輩は棚からゲーム雑誌のような冊子を取り出し、二人に見せた。
「先輩、ここでゲームを作ってる人はいるんですか?」
「今は誰もいないけど、前の先輩たちがいくつか本を残してくれてる。あの棚にあるから、必要なら自由に借りていいよ。返してくれればOK」
瞳は高野先輩の指さす方向を見た。そこには「C言語入門」や「ゲームデザインの基礎」などの書籍が並んでいた。
「今は僕と田中だけなんだ。三年生の先輩たちは受験勉強でみんな退部しちゃってさ。だから、もし君たちが入ってくれたら、本当に助かるよ」
高野先輩は熱心に語った。
「とりあえず体験してみます、それから決めさせてください」
瞳はすぐには入部を決めず、まずは体験してみることにした。
「もちろん。何かプレイしたいゲームはある?初代から四までのコンソールが揃ってるし、あっちのPCも使えるよ。ネットもつながってるから、オンラインゲームもいけるよ」
「わあ、すごい数のゲーム!」
絢音は目を輝かせて、棚に並ぶたくさんのゲームを眺めた。
「興味があれば、持ち帰って遊んでもいいよ。ちゃんと返してくれればね」
高野先輩はとても気前がよかった。
そして二人は思い切り部活を体験した。
絢音は自分が持っていないレトロゲームをいくつか遊んでた、瞳は部室に残されていた昔の雑誌を手に取り、以前の先輩たちがどんなテーマを研究していたのかに興味を持った。
「なかなか、いい場所だね」
高野先輩に別れを告げ、部室を後にした絢音が笑顔で言った。
「うん。でも田中先輩、最後まで俺たちに気づかなかったね」
瞳は、ずっと自分の世界に没入していた田中先輩の姿を思い出した。時折口元から微かな笑い声が漏れていて、個性的な人だと感じた。
「はは、ゲームに集中してると、あるあるだね、私もよくやる」
「絢音もけっこう楽しんでたみたいだけど、入ってみる?」
瞳が絢音の意見を聞いた。
「うーん、他にもっと面白そうなのがなければ、って感じかな。瞳は?」
「俺もそんな感じ。なんかイメージとは違ったけど、先輩たちは良さそうな人たちだしね」
少し話した後、二人は別れて、それぞれ家へ帰った。
部屋に戻った瞳は、何度か深呼吸をして肩の力を抜いた。
自分が作っているゲームは、今のバージョンでほぼ調整が終わっている。少なくとも瞳自身は、大きな問題は感じていなかった。
あとは細かいパラメータを微調整するだけだ。
「よし、続きやろう」
そう言いながら、瞳はパソコンを立ち上げた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
感想や見たいもの、誤字などがあればぜひ教えてください!