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このゲーム、君に届けたい  作者: 天月瞳
二作目『ネコ待ちカフェ』

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そうだ、猫カフェに行かない?

ゲーム制作がある程度進んできた頃、瞳は思った。

(やっぱり、実際に猫カフェへ行ってみるべきだ。)


ゲーム内での描写と、リアルな猫カフェとの違い。

それを自分の目で見て、肌で感じたくなったのだ。


「ってわけで、絢音も一緒に行かない?」

猫が大好きな彼女なら、きっと興味を持つだろう。そう思って、自然と声が出ていた。


「猫カフェ!? 行く行く!」

「猫」という単語が出た瞬間、絢音は反射的に頷いていた。


そのやりとりを聞いていたクラスメイトたちの声が、ひそひそと響く。


「聞いた? 今のってデートのお誘いじゃん」

「これがイケメンの余裕ってやつか〜? みんなの前で堂々と誘って、しかも成功とか…」

「コーチ、俺にもあれ教えてください!」

「まずは顔面から鍛え直せ」


その瞬間、瞳はガチガチに固まり、隣の絢音は耳まで真っ赤に染めて服の裾をぎゅっと握っていた。


けれど、二人ともその約束を取り消すことはなかった。


「じゃあ、週末の午後。時間と場所はまた連絡するね」

「うん、楽しみにしてる」


何でもないふうを装いながら席に戻った絢音は、周囲の視線なんて全然気にしてないよ、とでも言いたげな顔をしていた。


放課後、帰宅した瞳はしばらく悩んだ。

(変な誤解されたらどうする?取材なだけだって、どうやって伝えればいいんだ?)


悩みに悩んだ末、送ったメッセージは実にシンプルなものだった。


【週末 午後2時 駅前集合】


送信からしばらくして、絢音から一言だけ返信が届いた。


【了解】


「お兄ちゃん、どうしたの? さっきから表情コロコロ変わってるけど?」


制服を着ている結衣が、カバン片手にキッチンへ入ってきた。


「別に。……ただ、週末に絢音と猫カフェに取材しに行くって約束しただけ」

その一言で、結衣の手からカバンが落ちた。ドサッと鈍い音が響く。


「お兄ちゃん! やっと目覚めたの!? 絢姉がついに本当のお姉ちゃんになる日が……!」

「違うって! ただの取材だよ、変なこと言うな!」

「はいはい、わかってますよ〜」


完全に信じてない様子でカバンを拾いながら、結衣はにやにや笑う。


「とにかく、デートの準備はしっかりね。服装だけじゃなくて持ち物とか、いろいろあるんだから。恋愛マスターの妹に任せなさい!」


「恋愛マスターって…中学生のくせに何を…」


「漫画雑誌10年分の知識、なめんなっての。今大事なのは、お兄ちゃんの"デート"!」


「だからデートじゃないって!」


そう言いつつ、瞳はしっかり妹の話を聞いていた。



「まず、どう言い訳しても男女二人で出かけたら、それはもうデートなの。普段のゲームTシャツなんて絶対ダメ。絢姉もたまにそういう服着てるけど、今回はちゃんとした格好で!」

「う、うん…」

「そして会ったらまず、相手の服装を褒めること!これはマストだからね」

「褒める…」

「あと、猫カフェ行った後、すぐ解散とかしないでよね?」

「え?そのつもりだったけど…」

瞳はきょとんとした顔で答えた。取材が終わったら帰るものだと思っていた。

結衣は呆れたように腰に手を当て、朽木を見るような目で溜息をついた。

「はぁ…まぁ、猫カフェだけで午後は潰れると思うし、せめて絢姉を家まで送ってあげてよ、いい?」

「わかった…」

そのあとも結衣からたっぷりとノウハウを覚えさせられた。




そして、週末。


瞳はスマホの時間を確認しながら、集合場所である駅前に立っていた。

結衣からのアドバイスが頭の中をぐるぐる回る。

落ち着かない手つきで、何度も髪や服を整える。


「くそっ、最初はこんなに緊張してなかったのに…あいつらがからかうから…」


自分でも何に動揺してるのかわからないまま、深呼吸を繰り返していると。


「待たせた?」


その声に振り返った瞬間、瞳の時間が止まった。


「……!」


そこに立っていた絢音は、いつもの制服姿とはまるで違っていた。


真っ白なワンピースに、淡いブルーのカーディガン。

髪には小さな髪飾りまでつけられていて、全体的に爽やかで、それでいて眩しいほど可憐だった。


「あ、その……今日の服、すごく似合ってる。き、綺麗だよ」


言いながら、自分でも顔が熱くなっていくのが分かった。

でも、この言葉だけは、結衣の助言なんかじゃなく、心からそう思った。


「……うん。今日の瞳も……かっこいいよ」


絢音も顔を赤く染めながら、そっと視線を外す。

しばらく、言葉のない時間が二人の間を流れた。


「じゃ、行こうか!猫カフェ。ずっと楽しみにしてたんだ!」


「……うん、私も!」


猫カフェは、少し路地を入ったところにある小さなお店だった。

店内はセルフ形式で、まず入場券を取って、荷物を預け、スリッパに履き替える。


店に入った瞬間、絢音の瞳が一気に輝く。


「わあっ……!」


そこには自由気ままに歩いたり、寝転がったりする猫たちの姿があった。


さっきまでの緊張や恥ずかしさなど、すっかり忘れてしまったかのように、絢音は猫の元へと駆け寄る。


貸出用のおもちゃを手にして、夢中で猫と遊びはじめる絢音。


瞳はその様子を横目に見ながら、メモを取ったり、店のレイアウトを撮影したりしていた……だったはずなのに。


(……なんで俺、絢音の写真ばっか撮ってるんだろ)


気がつけば、絢音と猫のツーショットばかりがスマホに溜まっていく。


「見て、この子、ムムにそっくり! 一緒に撮って!」


絢音は薄いクリーム色の猫を抱きしめ、太陽よりも眩しい笑顔でを向けてきた。

まるで太陽みたいに明るくて、無意識にシャッターを切った。


(……この一枚、たぶん、一生の宝物になるな)


「ねえ、ここでおやつも買えるって書いてあるよ」


そう言って、瞳は猫用のビスケットを購入し、半分を絢音に手渡した。


「はい、どうぞ」


「ありがと〜。ほら、おやつだよ〜」


しゃがみ込んでビスケットを手に乗せると、数匹の猫が集まってくる。


「ふふっ、くすぐったい〜」


絢音は目を細めながら、猫をなでたり、餌をあげたりと楽しそうにしてるその時だった。


「きゃっ!」


一匹の猫が勢いよく近づいた拍子に、絢音はバランスを崩した。


「危ないっ!」


瞳はとっさに絢音の肩を支え、そのまま引き寄せるような形で受け止めた。


「……ごめん、ありがと」


絢音は驚いた表情のまま、しばらく瞳の胸元に寄りかかっていた。

ふと顔を上げたとき、二人の距離に気づき、慌てて身を離す。


「も、もう……そんなに乱暴にしちゃダメだよ?」


猫に向かって言いながらも、本気で怒ってる感じは、全然なかった。

むしろ、その頬はほんのり赤く染まっていた。


そして、二人の間には、微かに、だけど確かに、変化が訪れていた。


猫カフェを堪能した後、二人はゆっくりと街を歩き、やがて絢音の家の前まで来た。


「送ってくれてありがとう。今日は、ほんとに楽しかった」


「うん。こっちも、おかげで貴重な資料がたくさん集まったよ」


「……それじゃあ、またね」


「うん、また」


玄関のドアノブに手をかけた絢音は、ふと立ち止まって振り返った。


「次も……また一緒に、どこか行こうね」


満面の笑顔でそう言った彼女に、瞳は小さく頷いた。


その夜。


瞳が撮った写真を整理していると、スマホが鳴った。


「……絢音?」


《瞳〜、聞いてよ〜、ムムが拗ねちゃってさ〜、全然なでさせてくれないの……》


「えっ、ああ……たしか猫って、他の猫の匂いがついてると、焼きもち焼くんだっけ?」


《うう〜、ムム〜、ごめんってば……浮気じゃないの、ただその……取材!取材だったの!》


電話越しに猫に言い訳している絢音の声に、思わず瞳の口元がゆるむ。


「……にしても、今日の絢音、すっごく楽しそうだったな」


画面には、笑顔で猫を抱く彼女の写真が映っていた。

瞳はそれを見つめながら、小さく笑った。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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