そうだ、猫カフェに行かない?
ゲーム制作がある程度進んできた頃、瞳は思った。
(やっぱり、実際に猫カフェへ行ってみるべきだ。)
ゲーム内での描写と、リアルな猫カフェとの違い。
それを自分の目で見て、肌で感じたくなったのだ。
「ってわけで、絢音も一緒に行かない?」
猫が大好きな彼女なら、きっと興味を持つだろう。そう思って、自然と声が出ていた。
「猫カフェ!? 行く行く!」
「猫」という単語が出た瞬間、絢音は反射的に頷いていた。
そのやりとりを聞いていたクラスメイトたちの声が、ひそひそと響く。
「聞いた? 今のってデートのお誘いじゃん」
「これがイケメンの余裕ってやつか〜? みんなの前で堂々と誘って、しかも成功とか…」
「コーチ、俺にもあれ教えてください!」
「まずは顔面から鍛え直せ」
その瞬間、瞳はガチガチに固まり、隣の絢音は耳まで真っ赤に染めて服の裾をぎゅっと握っていた。
けれど、二人ともその約束を取り消すことはなかった。
「じゃあ、週末の午後。時間と場所はまた連絡するね」
「うん、楽しみにしてる」
何でもないふうを装いながら席に戻った絢音は、周囲の視線なんて全然気にしてないよ、とでも言いたげな顔をしていた。
放課後、帰宅した瞳はしばらく悩んだ。
(変な誤解されたらどうする?取材なだけだって、どうやって伝えればいいんだ?)
悩みに悩んだ末、送ったメッセージは実にシンプルなものだった。
【週末 午後2時 駅前集合】
送信からしばらくして、絢音から一言だけ返信が届いた。
【了解】
「お兄ちゃん、どうしたの? さっきから表情コロコロ変わってるけど?」
制服を着ている結衣が、カバン片手にキッチンへ入ってきた。
「別に。……ただ、週末に絢音と猫カフェに取材しに行くって約束しただけ」
その一言で、結衣の手からカバンが落ちた。ドサッと鈍い音が響く。
「お兄ちゃん! やっと目覚めたの!? 絢姉がついに本当のお姉ちゃんになる日が……!」
「違うって! ただの取材だよ、変なこと言うな!」
「はいはい、わかってますよ〜」
完全に信じてない様子でカバンを拾いながら、結衣はにやにや笑う。
「とにかく、デートの準備はしっかりね。服装だけじゃなくて持ち物とか、いろいろあるんだから。恋愛マスターの妹に任せなさい!」
「恋愛マスターって…中学生のくせに何を…」
「漫画雑誌10年分の知識、なめんなっての。今大事なのは、お兄ちゃんの"デート"!」
「だからデートじゃないって!」
そう言いつつ、瞳はしっかり妹の話を聞いていた。
「まず、どう言い訳しても男女二人で出かけたら、それはもうデートなの。普段のゲームTシャツなんて絶対ダメ。絢姉もたまにそういう服着てるけど、今回はちゃんとした格好で!」
「う、うん…」
「そして会ったらまず、相手の服装を褒めること!これはマストだからね」
「褒める…」
「あと、猫カフェ行った後、すぐ解散とかしないでよね?」
「え?そのつもりだったけど…」
瞳はきょとんとした顔で答えた。取材が終わったら帰るものだと思っていた。
結衣は呆れたように腰に手を当て、朽木を見るような目で溜息をついた。
「はぁ…まぁ、猫カフェだけで午後は潰れると思うし、せめて絢姉を家まで送ってあげてよ、いい?」
「わかった…」
そのあとも結衣からたっぷりとノウハウを覚えさせられた。
そして、週末。
瞳はスマホの時間を確認しながら、集合場所である駅前に立っていた。
結衣からのアドバイスが頭の中をぐるぐる回る。
落ち着かない手つきで、何度も髪や服を整える。
「くそっ、最初はこんなに緊張してなかったのに…あいつらがからかうから…」
自分でも何に動揺してるのかわからないまま、深呼吸を繰り返していると。
「待たせた?」
その声に振り返った瞬間、瞳の時間が止まった。
「……!」
そこに立っていた絢音は、いつもの制服姿とはまるで違っていた。
真っ白なワンピースに、淡いブルーのカーディガン。
髪には小さな髪飾りまでつけられていて、全体的に爽やかで、それでいて眩しいほど可憐だった。
「あ、その……今日の服、すごく似合ってる。き、綺麗だよ」
言いながら、自分でも顔が熱くなっていくのが分かった。
でも、この言葉だけは、結衣の助言なんかじゃなく、心からそう思った。
「……うん。今日の瞳も……かっこいいよ」
絢音も顔を赤く染めながら、そっと視線を外す。
しばらく、言葉のない時間が二人の間を流れた。
「じゃ、行こうか!猫カフェ。ずっと楽しみにしてたんだ!」
「……うん、私も!」
猫カフェは、少し路地を入ったところにある小さなお店だった。
店内はセルフ形式で、まず入場券を取って、荷物を預け、スリッパに履き替える。
店に入った瞬間、絢音の瞳が一気に輝く。
「わあっ……!」
そこには自由気ままに歩いたり、寝転がったりする猫たちの姿があった。
さっきまでの緊張や恥ずかしさなど、すっかり忘れてしまったかのように、絢音は猫の元へと駆け寄る。
貸出用のおもちゃを手にして、夢中で猫と遊びはじめる絢音。
瞳はその様子を横目に見ながら、メモを取ったり、店のレイアウトを撮影したりしていた……だったはずなのに。
(……なんで俺、絢音の写真ばっか撮ってるんだろ)
気がつけば、絢音と猫のツーショットばかりがスマホに溜まっていく。
「見て、この子、ムムにそっくり! 一緒に撮って!」
絢音は薄いクリーム色の猫を抱きしめ、太陽よりも眩しい笑顔でを向けてきた。
まるで太陽みたいに明るくて、無意識にシャッターを切った。
(……この一枚、たぶん、一生の宝物になるな)
「ねえ、ここでおやつも買えるって書いてあるよ」
そう言って、瞳は猫用のビスケットを購入し、半分を絢音に手渡した。
「はい、どうぞ」
「ありがと〜。ほら、おやつだよ〜」
しゃがみ込んでビスケットを手に乗せると、数匹の猫が集まってくる。
「ふふっ、くすぐったい〜」
絢音は目を細めながら、猫をなでたり、餌をあげたりと楽しそうにしてるその時だった。
「きゃっ!」
一匹の猫が勢いよく近づいた拍子に、絢音はバランスを崩した。
「危ないっ!」
瞳はとっさに絢音の肩を支え、そのまま引き寄せるような形で受け止めた。
「……ごめん、ありがと」
絢音は驚いた表情のまま、しばらく瞳の胸元に寄りかかっていた。
ふと顔を上げたとき、二人の距離に気づき、慌てて身を離す。
「も、もう……そんなに乱暴にしちゃダメだよ?」
猫に向かって言いながらも、本気で怒ってる感じは、全然なかった。
むしろ、その頬はほんのり赤く染まっていた。
そして、二人の間には、微かに、だけど確かに、変化が訪れていた。
猫カフェを堪能した後、二人はゆっくりと街を歩き、やがて絢音の家の前まで来た。
「送ってくれてありがとう。今日は、ほんとに楽しかった」
「うん。こっちも、おかげで貴重な資料がたくさん集まったよ」
「……それじゃあ、またね」
「うん、また」
玄関のドアノブに手をかけた絢音は、ふと立ち止まって振り返った。
「次も……また一緒に、どこか行こうね」
満面の笑顔でそう言った彼女に、瞳は小さく頷いた。
その夜。
瞳が撮った写真を整理していると、スマホが鳴った。
「……絢音?」
《瞳〜、聞いてよ〜、ムムが拗ねちゃってさ〜、全然なでさせてくれないの……》
「えっ、ああ……たしか猫って、他の猫の匂いがついてると、焼きもち焼くんだっけ?」
《うう〜、ムム〜、ごめんってば……浮気じゃないの、ただその……取材!取材だったの!》
電話越しに猫に言い訳している絢音の声に、思わず瞳の口元がゆるむ。
「……にしても、今日の絢音、すっごく楽しそうだったな」
画面には、笑顔で猫を抱く彼女の写真が映っていた。
瞳はそれを見つめながら、小さく笑った。
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