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このゲーム、君に届けたい  作者: 天月瞳
二作目『ネコ待ちカフェ』

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七夜夢と朝倉静奈

メールを受け取った後、瞳はすべてを一人で抱え込むことなく、素直に両親に相談した。

両親も、直接答えを出すのではなく、助言を与えるにとどめた。


詐欺の可能性を排除するために、弁護士である長谷川の母はその会社について業界内での情報を徹底的に調べ、参考資料を瞳に渡してくれた。


「簡単に言えば、新興のゲーム会社よ。社長は業界では有名なキャリアウーマンらしいわ。契約書とか、もし出されたらその場でサインしないこと。持って帰ってきて、私がちゃんと確認するから」

母はテーブルを軽く叩きながら念を押す。


「わかった。ありがとう、お母さん」


そして休日、瞳は相手と学校の近くのカフェで会う約束をした。


カップを握る手には、少し汗が滲んでいた。学生の身である自分にとって、このような商談はまったくの初めてだった。


カラン、とドアベルが軽く鳴る。

グレーのスタイリッシュなスーツに身を包んだ女性が颯爽と入ってきた。

母以外で「鋭い」という言葉がここまで似合う女性を見るのは、初めてかもしれない。


その後ろには、書類フォルダーを抱えた若い女性。見た目からして、切れ者といった印象だ。


事前に調べていたプレゼン映像と一致している。

彼女が朝倉静奈本人であることを、瞳はすぐに確信した。


店内を一通り見渡し、瞳を見つけた瞬間、彼女の眉がわずかに動いた。若さに驚いたのかもしれない。


「はじめまして、朝倉静奈です。こちらは秘書の黒崎凛」

女性は簡潔に挨拶しながら名刺を一枚差し出し、席に座った。黒崎は静かにその場に立っていた。


「あなたが『エンドレス・エクスペディション』の開発者ですね?」


「はい、そうです。すみません、名刺は持っていません」


「お気になさらず、大丈夫ですよ」


朝倉静奈は若い女性のウェイトレスにコーヒーを注文したが、なぜか瞳はそのウェイトレスに睨まれたような気がした。


「黒崎、あなたも何か頼んで座ってください。立ってるとお店にも迷惑がかかるわ。先生も、好きなものを注文してください。今日は私のおごりです」


「はい」


黒崎はうなずき、隣の席に静かに腰を下ろした。


「もう注文してありますので、大丈夫です。ありがとうございます」


それ以上は勧めず、朝倉はすぐに本題へと入った。


「今日お会いしたのは、あなたと“協力関係”を築くため」

「あるいは“買収”も視野に入れています」


その口調は落ち着いていたが、甘さは一切なかった。


「正直、あなたを七夜夢にスカウトすることも考えていました。でも、まだ高校生のようですね?」


「はい、高校一年生です」


「学生で、しかもこの近くで会うということは、停雲高校の生徒さん?」


「はい、そうです」


「ふふ、若いのに大したものね。凛」


「はい」

黒崎がフォルダーから2部の資料を取り出し、瞳に手渡す。


「今回は二つの提案を用意しました。

一つ目は、『エンドレス・エクスペディション』の完全買収。金額には自信があります。あなたは安心して学業に専念できます」


「二つ目は、私たちとの契約。あなたがメイン開発者となり、私たちが資金とチームを提供します。あなたの名前はきちんと前に出します、ただし、IPの権利は七夜夢に帰属し、契約期間中は他社との取引は不可です」


「もし、もっと大きなスケールのゲームを作りたいのであれば、これが最善の選択でしょう。あなたのチームごと受け入れることも可能です」


「……チームなんてありません。全部、一人でやりました」


その一言に黒崎の表情が少し動いた。

一方で朝倉は、何か面白いものを見つけたように、瞳を見つめ目を輝かせた。


「それは……本当に素晴らしいことね」

朝倉が手を差し出す。


「先生と私の姪が同じ高校に通っているという縁もありますし。凛、あれを」


「はい」


黒崎が再びフォルダーから新たな資料を取り出し、朝倉に手渡す。

それを受け取った朝倉は、瞳の前に静かに差し出した。


「これ、初対面の記念として受け取って。最近、うちに届いた企画書よ。内容を見れば、きっと見覚えがあると思う」


「なぜなら、それはあなたのゲームの“亜種”だから」


瞳が資料を開いた瞬間、目を大きく見開く。

そこには、自分が開発した『エンドレス・エクスペディション』と酷似したゲームが記されていた。美術もシステムもほとんど同じ。ただし、世界観は西洋ファンタジーから東洋風に変更され、種族も八つから四つに絞られ、陰陽師・武将・妖魔・混血などに置き換えられていた。


しかも、まだ実装できていなかった自分のアイデアまで、そこに取り込まれていた。


朝倉はそれを否定することもせず、軽く微笑んだ。


「これは、うちが出すわけではない。でも、すでにリリースの準備に入ってる」

「あなたには、今の業界がどういう場所なのか、ちゃんと理解しておいてほしい」


しばしの沈黙。そして、静かに告げた。


「たとえまだ学生であっても、一度この業界に足を踏み入れたのなら、それなりの覚悟が必要よ。返事はすぐじゃなくていい。資料を持ち帰って、じっくり考えてから答えを聞かせて」


彼女は「よく考えてね」とは言わなかった。

だが、カフェの空気はその一言で、ひやりと張り詰めたように感じられた。


「もちろん、どちらも選ばないという選択肢もある」

「そしてそのとき、あなたは知ることになる。”一歩遅れた”クリエイターがどう扱われるかを」


朝倉は一気にコーヒーを飲み干し、席を立ってレジへ向かう。黒崎もそれに続き、去り際に静かに会釈をした。


「賢明な判断をしてくれることを、願ってるわ」


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