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このゲーム、君に届けたい  作者: 天月瞳
二作目『ネコ待ちカフェ』

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日常と変化の風

「長谷川、お前も軽音部に入らないか?」

佐藤はギターを弾く仕草をしながら言った。瞳は少し困惑した表情を浮かべる。


「いや、俺もうゲーム研究部に入ったし、それに佐藤、お前、前は野球部に入ったって言ってなかったっけ?」

「音楽やってるとモテるって聞いたんだ。それに、俺の雰囲気なら、憂いを帯びた音楽王子って感じで、女子を虜にできると思うんだよね」


瞳は佐藤を上から下まで眺めてみたが、どこにも「憂い」なんて文字は見当たらなかった。


「もう少しちゃんと考えたほうがいいと思うけど……。確か、佐藤って体育特待生だったよな? 先生に怒られないの?」


瞳はやんわりと、思いとどまるよう促す。


「そんなの気にしてたら青春は楽しめないって。今が一番キラキラしてる時期なんだよ?」


言葉は格好いいが、どこか下心が透けて見えるその表情に、瞳は呆れたようにため息をつく。


「で、野球部はどうすんの?」

「退部届はコーチの机に置いといたよ。もう読んでる頃だと思う」

「それって本当に大丈夫なの?」

「大丈夫、大丈夫」


佐藤は軽く手を振って、気にしない様子で笑っていた。

だが次の瞬間。


「佐藤ォォォォォッ!!!」

教室の扉が勢いよく開き、身長190センチはあろうかという大男が、ジャージ姿で怒り狂って飛び込んできた。


「ヤバい!コーチだ!」


佐藤は慌てて反対側のドアから逃げようとするが、その前に大男の手にあっさり捕まり、子猫のように持ち上げられた。


「お前なァ!退部理由が『モテたいから』ってどういうことだ!野球部だって人気あるんだぞ!!」


「コーチに騙されるかよ!先輩に聞いたけど、キャプテン以外全員独身じゃん!コーチだってそうでしょ!」


「黙れ!人生をスポーツに捧げる、それが本物の野球男子ってもんだろうがァァッ!!」


「やだぁぁぁ~!放してくれ~~~!!」


佐藤の叫び声が徐々に遠ざかっていくのを聞きながら、瞳は何事もなかったかのようにノートを開いて、アイデアを描きはじめた。


教室には、また静寂が戻ってきた。


遠くの校庭から微かに聞こえる佐藤の叫び声をBGMに、瞳はすでに筆記の世界に没頭していた。

数本の線を走らせながら、のびをしている茶トラ猫の姿を描いていく。


「猫って、ただ歩き回るだけじゃなくて、お客さんとのふれあいや、キャットタワーとのインタラクションもあるよな……」


彼は何匹かの猫の動きをラフに描きながら、ゲームに取り入れるべきアニメーションを構想していた。


「瞳くん、何してるの? あ、猫ちゃんだ!」


佐藤が連行された直後、絢音が絶妙なタイミングでやってきて、瞳のノートに描かれた猫を見て目を輝かせた。


絢音はそっと瞳の耳元に顔を近づけ、声を潜める。


「もしかして……新しいゲーム、猫がテーマなの?」


「うん。猫カフェを経営するゲームにしようと思ってて」


「猫カフェ!?」


思わず声が大きくなり、絢音は慌てて口を手でふさぐ。


「まだ初期段階だから、決まってないことがいっぱいあるけどね」


「ねえ、今日、瞳の家に行ってもいい? 手伝いたいんだけど……ダメ?」


「いいよ。今日は夜まで作業するつもりだったし」


絢音は少し声のボリュームを落として、うれしそうに言った。


「やった!じゃあ放課後、そのまま行くね」


「うん、結衣もちょうど絢音に会いたがってたよ。先週来たばっかりなのに」


「私も結衣ちゃんに会いたかったし、ちょうどよかった」


絢音は、ほぼ毎週のように瞳の家に遊びに来ていて、多くの時間を結衣と過ごしている。

そのせいか、瞳は絢音と結衣を本当の姉妹のように感じることも少なくなかった。


二人が談笑している間。

周囲のクラスメートたちも、しっかりと耳をそばだてていた。


「聞いた?清水さん、長谷川くんの家に行くらしいよ」

「幼なじみだからって言ってたけど、普通そんなに頻繁に行く?」

「いやいや、あれは絶対ただの幼なじみじゃないって」

「うん、間違いない」


放課後、長谷川家。

「おじゃましま〜す」

絢音はいつものように慣れた様子で玄関のドアを開けた。家の中には、リビングのソファでスマホをいじっている結衣だけがいた。


「絢姉〜!おかえり!」

結衣はスマホを置いて嬉しそうに立ち上がり、絢音のところへ駆け寄った。二人は手を取り合って楽しそうに話し始める。


「今日はお兄ちゃんに用事?」

「うん。結衣、瞳の新しいゲーム知ってる?」

「うんうん、猫カフェのやつでしょ?昨日ちょっと見た時に、あーこれは絶対絢姉が好きそうだなって思ってた!」


その間、瞳は特に反応することもなく自室へ向かい、PCの電源を入れた。

絢音と結衣もごく自然に彼の部屋に入り、ベッドの上に腰を下ろす。


瞳は企画書のデータをタブレットに転送し、それを絢音に手渡した。


「はい、これが企画書だよ」

「それでは、ありがたく拝見させていただきます〜」


絢音はわざとらしく丁寧な仕草で両手でタブレットを受け取り、ページをめくりながら読み始めた。


「妹と一緒にカフェ経営って……瞳、やっぱりシスコンだね〜」

「それ、昨日も聞いたから。さあ、読み終わったらちゃんとアドバイスくれよ。俺はとりあえず動作モーションの設計に入るから」


そう言って、瞳はソフトを立ち上げ、今日描いたラフを整理しつつ、猫の動きのモーションを設計し始めた。


絢音は興味津々といった様子で彼の横に身を乗り出し、画面を覗き込みながら、時折意見を挟んでいく。


「この猫のしっぽ、ちょっと硬すぎない?もう少し気だるく揺れる感じの方が自然かも」


「なるほど。じゃあ動きのテンポを少し緩めてみるよ」


「それとこれ、この子が前足舐めてる角度だけど、猫耳をちょっと後ろに倒すと、もっと可愛くなるよ?」


三人が盛り上がってゲームの話をしていたその時、突然パソコンの通知音が鳴った。

瞳のもとに新しいメールが届いたのだ。


彼は画面をクリックしてメールを開く。


初めまして。突然のご連絡、失礼いたします。

私は「七夜夢ナナヨドリーム」というゲーム企画・販売会社を経営しております、朝倉静奈と申します。

貴殿の作品『エンドレス・エクスペディション』について、ぜひ一度、協業または買収についてお話しさせていただければと存じます。

ご都合がよろしければ、直接お会いしてお話しできれば幸いです。


「……これはまた、急だな」


「どうかした?」

絢音が瞳の少し険しい表情に気づいて、心配そうに覗き込んできた。


「誰かが俺と提携したいって。わりと大きな会社っぽい、ちゃんとした背景がありそうだ」

「えっ、それってすごいことじゃん、瞳!」

結衣が笑いながら言った。「この機会にゲームをもっと広めたいとか思わないの?」


「まあ、それは確かにあるけど……」

瞳は少し考え込んでから、首を振った。


「でも、そういう大きな会社って、いろいろ条件を出してくるからさ。自分の考えてた方向とズレたりしないか、ちょっと不安なんだよね」


(とにかく、一度会って話を聞いてみるか。まだ本当かどうかも分からないし……)

そう思いながら、瞳はメールに返信した。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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