え?我が妹よ、それ知ってるのに、これ知らないの!?
結衣は瞳の一つ年下の妹。つまり、彼女も絢音とは十年以上の幼なじみだ。
二人は本当の姉妹のように仲が良くて、ときどき瞳は「自分のほうが他人なんじゃ……」とすら思うことがあった。
「どうして絢音が配信してるって知ってたの?」
「絢姉が教えてくれたんだよ。あのとき、『恥ずかしいからお兄ちゃんにはナイショね』って言ってたのに、まさか自分から話すなんてね〜」
「いや、それは……」
瞳は、自分のゲームが売れなかったとき、絢音が手を貸してくれたことを簡単に説明した。
「絢姉、ほんとに優しすぎるよ。お兄ちゃん、ちゃんとお礼した?」
「うん、ちゃんと感謝したよ」
「ふ〜ん、今回はちょっとは積極的だったわけだ?」
結衣は瞳をじろじろと見て、なぜか納得したようにうなずいた。
「そういえば、お兄ちゃんのゲームのタイトルって何だったっけ?」
結衣はあまり興味なさそうに聞いた。ゲームにはそれほど関心がないが、友達との会話のために流行りものは少しだけ触れるタイプだ。
タイトルを聞いた瞬間、結衣の声がパッと明るくなった。
「あっ、それか!友達がめっちゃハマってるやつだよ!クラスでもけっこう話題になってるみたい」
「ほんとに?」
瞳は驚きと喜びが混ざった声で聞き返した。まさか身近なところでプレイしている人がいるなんて思ってもみなかった。
「うん、最近はそればっかやってるって。で、それって新作なの?」
結衣は瞳が書いている企画書に目をやった。
「うん、猫カフェを経営するゲームだよ」
「猫カフェか〜。絢姉、絶対好きそう。家でも猫飼ってるしね」
「ん?妹と一緒にカフェ経営?……お兄ちゃん、だから絢姉に“シスコン”って言われるんだよ〜」
そう言いながらも、結衣の頬はほんのり赤く染まっていて、口調と裏腹に本心を隠せていなかった。
「じゃあ……妹キャラ、消しちゃおっか?」
「はぁ?」
結衣は「やれるもんならやってみなさいよ」って顔で、じっと瞳を睨んだ。
「冗談だよ。カフェには看板娘が必要でしょ?」
瞳は両手を挙げて降参のポーズをした。
「ふんっ……」
「そういえば、質問があるって言ってたよね?」
「あ、そうだった。危うく忘れるとこだった!」
結衣はいま中学三年生で、受験勉強の真っ最中。わからないところがあると、よく瞳に質問しに来る。
思い出したように教科書を取り出し、あるページを開いて問題を指差した。
「ここの問題なんだけど……」
「どれどれ……」
瞳は結衣の問いに丁寧に答えた。
難しい内容も、彼女が理解しやすいように言葉を選びながら。
「ありがとう、お兄ちゃん」
結衣は微笑みを浮かべながら、素直に感謝の言葉を口にした。
「たいしたことじゃないよ。でもさ、勉強も大事だけど、休むことも同じくらい大切だよ」
「わかってる。でもね、停雲高校に合格するには、もっともっと頑張らないと……」
「心配ないよ。絢音だって受かったんだし、結衣なら絶対大丈夫」
軽く笑いながらそう言ったが、瞳は知っている。あのとき絢音がどれだけ努力していたかを。
「そんなこと言ってると、絢姉に言いつけちゃうよ?」
「慰めてるのにさ〜」
瞳は苦笑しながら、結衣のおでこに指を伸ばし、軽くツンと突いた。
「あぅっ」
結衣は額を押さえてむくれたように声を上げ、本を抱えて立ち上がる。
「じゃあ、お兄ちゃん。戻って勉強するね」
「うん、無理しないようにな」
「は〜い」
結衣は部屋を出るとき、ついでにドアを静かに閉めた。
瞳はその背中を見送りながら、再び机に向かって作業に戻った。
猫カフェの経営するゲームだから、カフェ内の家具やインテリアなど、モデル制作に膨大な時間がかかるだけでなく、もう一つ重要なのは「客」だ。
来店時のイベントや、それぞれの客が持つ小さなストーリー。
それらすべてを、瞳が一つずつ考えていく。
単にメニューを注文して帰るだけのNPCもいれば、物語を持つ客もいる。
たとえば、
猫が大好きなのに重度の猫アレルギーを持つ男性。
マスクに帽子、長袖に手袋と、まるで強盗のような出で立ちで来店。
最初は怪しすぎて兄に通報されかけたが、
結局、抑えきれない「猫を撫でたい衝動」に負けてしまう。
鼻水を垂らし、目を真っ赤にして、全身がかゆくてたまらない中、
それでも幸せそうな笑みを浮かべていた――そんな客。
あるいは、なぜか店の猫たち全員に避けられる男の子。
何をしても近づいてくれず、最終的には猫用マタタビを使ってやっと撫でることに成功する……というエピソードもある。
「やったーっ!ついに勝った!」
画面から琉璃の歓喜の声が聞こえてきた。
どうやら、何時間も戦っていた敵をついに倒せた。
「やるじゃん。よし、俺も負けてらんないな。作業、続けよう」
自分に言い聞かせるようにそうつぶやいて、
再びキーボードに手を伸ばした。
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