鈴宮瑠璃の配信は最高の作業BGM、異議は認める
作業をするとき、人は大きく二つのタイプに分かれる。
完全に集中して静かに作業したいタイプと、何かを聴きながら作業するタイプ。
ちなみに、瞳は後者だ。
瞳は、なるべく今作っている作品の雰囲気に合った音楽を流すようにしている。
例えばホラー系のゲームならダークなBGMを、明るく楽しいゲームなら軽快な音楽を、といった具合に。
でも、絢音の配信、いや、この時は「鈴宮琉璃」と呼ぶべきか、彼女を知ってからは、
瞳が「今何を聴きたいか」と考える時、彼女の配信が第一候補になっている。
琉璃の声は透き通っていて優しく、まさに“癒し系”。
そして、彼女の配信はほとんど大声を出さないのが良い。
別に、どちらが優れているとかではない。
リアクションが大きい配信者も楽しくていいけれど、作業中には少し気が散ってしまうこともある。
琉璃の配信は、いつも安心して聴ける。
今夜も瞳は、彼女の配信を流しながら作業に没頭していた。
琉璃は高難易度のゲームをよくプレイしていて、今回も「鬼畜ゲー」と呼ばれるような難関タイトルに挑んでいる。
瞳が絢音、いや琉璃を一番尊敬しているのは、
何度ゲームで倒されても、イライラしたり悪態をついたりしない、その精神力だ。
ゲームが好きな彼もよくプレイするが、絢音ほど上手ではないし、死にすぎると心が折れてしまう。
「なかなかやるじゃん。相手にとって不足はなし!」
セリフはかっこいい。だが、実際そのボス戦はもう3時間も続いており、いまだに勝機は見えない。
それでも琉璃はずっと笑顔で、楽しそうにゲームを続けている。
一方で瞳は、配信を聴きながらキーボードを軽快に叩いていた。
彼のパソコンには3つのモニターがあり、1つは作業用、もう1つは資料検索、そして最後の1つで音楽や配信を流している。
最初のゲームをリリースしてから、もう結構な時間が経っていた。
そろそろ次のゲームを出すべきだろう、と瞳は考えていた。
瞳は新しい企画書を書き始めていた。
今回のゲームは、緊張感のある冒険でもなければ、戦略が求められる戦闘でもない。
もっとゆったりと、プレイヤーがリラックスできるようなゲームにしたかった。
「兄と妹で猫カフェを経営……悪くないかも」
そう呟いて、マウスでスケッチファイルを開いた。
画面に映るのは、可愛い猫と温もりのある木の内装。
今回の主人公は英雄ではなく、ただの兄妹。
日々の忙しさから解放されたいと願う二人が、100万円の貯金を使って猫カフェを始める。
猫にはそれぞれ個性があり、客にもそれぞれ小さな物語がある。
瞳は企画書に一行を書き加えた。
「これは、歩みを緩めて、猫と共に暮らしたくなるゲームです。」
そんなスローペースの癒し系ゲームを、どのような構成で作るべきか。
まず、ゲームの基本画面はドット絵風のカフェ。
ストーリーやキャラクターとの会話では、綺麗な立ち絵を使用する。
その理由は単純だ。
瞳の技術力では、まだ3Dゲームを作るのは難しいからだ。
(できることなら、3Dで作ってみたいよ……でも、まだできないんだ)
表現方法が決まったところで、次はメインストーリーの構想に入る。
複雑すぎるストーリーは不要。癒し系ゲームには、考えすぎない物語が合っている。
兄はブラック企業で働いていたが、過労で倒れ、退職を決意。
そして、まだ学生の妹と共に猫カフェを立ち上げ、日常を取り戻していく……そんな始まりでどうだろう。
ストーリーパートはそこまで長くならない予定で、
メインはあくまで「カフェ経営」の部分にある。
そして、そのカフェ経営に必要なことは多岐にわたる。
内装やインテリアの配置、提供する料理やドリンクの種類、
さらに重要なのが、猫に関するアイテムだ。
どんな種類の猫を登場させるか、どんな動作を取らせるか、
どんなおもちゃやグッズを用意するか、
すべてにおいて綿密なリサーチが必要になる。
瞳が真剣にそれらの構想を練っていたそのとき、
突然、部屋にノックの音が響いた。
「コンコン」
それと共に、聞き慣れた声が続く。
「お兄ちゃん〜、今ちょっといいですか?」
「うん、いいよ~」
瞳は配信の音量を少し下げ、ファイルを保存してからくるりと椅子を回した。
ドアが開き、入ってきたのはボブカットの少女。
制服姿で、ぱっと見では高校生にも見えるが、実はまだ中学三年生。
家族譲りの背の高さで、同年代より頭ひとつ分は高い。
年齢より少し大人びて見えるが、笑顔はあくまで無邪気で明るい。
「どうしたの?」と声をかけると、彼女はぱっと笑顔を咲かせた。
長谷川結衣。
その明るく親しみやすい性格で、誰とでもすぐ打ち解ける妹だ。
「ちょっと、お兄に聞きたいことがあってね……ん? 絢姉の配信見てたんだ……もしかして、絢姉、もう話したの?」
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