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このゲーム、君に届けたい  作者: 天月瞳
八作目『記憶墜落(メモリーフォール)』

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もう少しだけ、そばにいて

土曜日の朝、窓の外はまだ静かで、カーテンの隙間から柔らかな光が差し込んでいた。

パソコンチェアに座った瞳は、ネット上で流れる琉璃の話題を眺めながら、ひとりため息をついていた。


あの日、絢音が一時的に意識を失った出来事は、すでにネットで大きな話題になっていた。

その後、彼女はSNSにこう投稿した。


すみません、ご心配をおかけしました。

今は風邪で熱があり、しばらく配信をお休みします。

元気になったら、改めて謝罪会を開いて詳細をお話しします。


「……今、どうしてるんだろう?」


瞳の知る限り、絢音の風邪はかなりひどかったらしい。

翌日には両親がすぐに病院へ連れて行き、数時間の点滴と解熱剤でようやく熱が下がり、今は自宅で静養しているとのことだった。


病気の絢音を邪魔したくなくて、瞳はメッセージでそっと様子を尋ねた。


【大丈夫?今の調子はどう?】


すると、意外にも絢音から直接電話がかかってきた。


「もしもし? 電話なんかしても大丈夫の?」

瞳が尋ねると、電話の向こうから少しかすれた甘い声が返ってきた。


「瞳、聞いてよ〜」


「どうしたの?」


「ママがひどいの。治るまでゲーム禁止なんだって。ずっと寝てなきゃダメなんだもん。パパも味方してくれないし」


瞳の眉がぴくりと動いた。

絢音がゲーム好きなのは知っていたが、熱を出してまでまだゲームをしたいなんて、呆れるやら心配やらで言葉を失う。


「ちゃんと休みなよ」

瞳は眉間を揉みながらため息をついた。


「でも、暇なんだもん〜」

ベッドの上で頬をふくらませてゴロゴロしている姿が、目に浮かぶようだった。

瞳は思わず笑みをこぼす。


「……じゃあ、お見舞いに何か買って行こうか?」

少し迷いながらも、瞳は優しく言った。


「ほんとぉ? ありがとう! 甘いものが欲しいの〜」

絢音の声が一気に明るくなる。


「甘い物ね、わかった。でも、邪魔にならない?」


「大丈夫だよ〜。瞳ならママも許してくれるって」


「わかった。じゃあ買い物してから行くね」


「やった! 待ってるね〜!」


スマホと財布を手に、瞳は出かける準備をした。


リビングのソファに座っていた結衣が、少し驚いたように顔を上げた。

「お兄ちゃん、出かけるの?」


「うん。絢音のお見舞いに行こうと思って」


「そっか……。じゃあ、私の代わりに伝えて。絢姉に“お大事に”って」


結衣は一瞬立ち上がろうとしたが、すぐに気が変わったように腰を下ろした。


「ん? うん、わかった」

理由はわからないが、瞳はうなずいて靴を履いた。


「気をつけてね〜」

結衣は手を振りながら、くすくすと笑い小声でつぶやく。

「……きっと絢姉、二人きりのほうが嬉しいだろうしね」


近くのコンビニで、絢音の大好きなプリンといくつかのお菓子を買った瞳は、少し緊張しながら絢音の家のインターホンを押した。


「はーい……あら、瞳くん。絢音に会いに来たの?」

出てきた由紀さんは瞳の顔を見るなり、柔らかく微笑む。


「わざわざありがとうね」

由紀さんはほほに手を当てて、少し申し訳なさそうに言った。


「いえ、お邪魔します。絢音の具合はどうですか?」

瞳は首を振って、家の中へと入った。


「まだ完治とは言えないけど、熱はもう下がったわ」


「それはよかったです」

胸を撫でおろしながら、瞳は二階へ向かった。


絢音の部屋の前でノックをする。

「今、入っても大丈夫?」


「瞳! 入って入って!」

中から明るい声が返ってくる。


「あらあら、元気そうね」

由紀さんが笑いながら言い、

「それじゃ、後はお願いね」と部屋を後にした。


ドアを開けると、ふわふわのルームウェア姿の絢音が、ベッドの上でサメの抱き枕を抱えていた。

瞳の姿を見た瞬間、彼女の顔がぱっと明るくなる。


「瞳! いらっしゃい!」


「大丈夫?」

血の気のない唇を見て、瞳は思わず心配そうに顔をしかめた。


「うん、もうだいぶよくなったよ」


「まったく……そんな体で無理して配信なんてするなよ」


「だって〜……ごめんね、心配かけて。配信切ってくれたってママから聞いた。ありがと」


「気にすんな。ほら、これ」

瞳は手に持っていたビニール袋を少し掲げて、絢音に渡した。


「プリンだ! しかもお菓子もいっぱい! ぜんぶ私の好きなやつ〜!」

袋の中を覗き込み、嬉しそうに笑う絢音。


「お見舞いなんだから当然だろ」


「ありがとう!」

絢音はにこにこしながらプリンを手に取ったけれど、わざとらしくふにゃっとした動きで、また膝の上に置いてしまった。


「どうかした? 食べないの?」


「体が重くて、力が出ないの。だから……食べさせて〜」


「は? いや、それは……」

瞳は目を丸くした。漫画の中のバカップルみたいな展開に、さすがにためらう。


「お願い〜」

片目をつむって合掌する絢音に、病人相手では勝てるはずもなく、瞳は観念した。


「わかったよ……」

ため息混じりにプリンの蓋を開け、付属のプラスチックスプーンですくって一口。


「はい、あ〜ん」

絢音が小さく口を開ける。


(うわ……想像してたより、ずっと恥ずかしい)

顔を少し赤らめながら、瞳はスプーンを差し出した。

「ほら」


「だめだよ、『あ〜ん』ってちゃんと言って?」


「はいはい……あ〜ん」

 もうどうにでもなれ、とばかりに絢音の口元へ差し出すと、彼女はうれしそうに頬を緩めた。


「ん〜、おいしいっ!」


「それはよかった」


「もう一口! もう一口〜!」


「はいはい、あ〜ん」


二人は顔を赤らめながら、プリンを一口ずつ食べ進めていった。


「ありがとう。これで明日には治るかもね〜」


「それはいいけど、ちゃんと寝ろよな」


瞳は立ち上がり、荷物を整えた。


「もう帰っちゃうの?」


「うん、ゆっくり休まなきゃダメだろ」


「今日は本当にありがとう」


「早く元気になれよ。結衣も“お大事に”って言ってた」


「うん、ありがとう……」


その時、瞳が立ち去ろうとした瞬間、袖口を小さな手がつまんだ。


「……絢音?」


瞳が振り返ると、絢音は顔を真っ赤にして手を放した。


「あっ、ご、ごめん……その……」


「ん? どうしたの?」

瞳は優しく微笑む。


「……もう少しだけ、そばにいてもいい?」


その上目づかいに、瞳は小さく息を吐き、彼女の頭をそっと撫でた。


「……ほんの少しだけな。おまえ、病人なんだから」


「うん!」


その笑顔を見て、瞳の胸の奥が少しだけ熱くなった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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