#03 久しぶりの経験
「―――いや、見たことねえけど」
「はぁ―――……やっぱり、見た目が違うのかしら……」
それは、ゴミ山に身を隠す少女と出会って二日目の出来事だった。
頼まれたとおり、適当な菓子パンと二リットルの水を手に訪れると、彼女は唐突にある女子生徒の名前を口にした。
その手には、いくつか買ってきたパンの中から、練り込み味噌パンとりんご飴メロンパン――冗談半分で選んだ二つの菓子パンが握られている。
「その、石井朋香……さんは、なんで探しているんだ?」
「……別に、説明したってややこしいだけよ。私の一番の親友だと思ってくれればいいわ」
「まあ、一旦それでいいわ。で、その話は本当なんだな? その、お前達がドッペルゲンガーってのは」
纐纈はペットボトルに手を掛けると、ぐいっと一気に水を飲み込む。
あっという間に三分の一ほどが、彼女の喉の奥へ消えていった。
「別に信じなくてもいいわ。そういうものだと思って貰って間違いはないもの。だから、私達も自分たちの――あれ、これどこまでが話していいのかしら」
「その、濁し方が死ぬほど好奇心を焚きつけてたまらないんだが」
「ああぁ! もうっ、あまりベラベラ言わないようにと口止めされてるのよ、諦めて! マズそうな雰囲気を感じたら私これ以上何も喋れなくなっちゃうわ」
「まあ、今は一旦聞かないことにするけど、いつか教えろよ。――それで? その話だと、初対面の俺が急にその話振っても不審者にしか見えないと思うが?」
「大丈夫よ、見つけるのは――こっちの朋香よ。私の知る朋香は、賢くて頭がキレるから見つけようとしたってそう簡単には見つからないわ。特にアナタみたいな人には」
鼻高々に答える纐纈に、むすっとした顔で一仁は異を唱える。
「…ほー。それだけ言い切るってことは相当なんだろうな?」
「もう超とびきりよ。頭の回転早いし、発言もしっかりしてるし、一人で何でもできちゃうの。しかも見た目可愛いし」
「ごめん。レビューを頼んだ先を間違えた」
無情にはっきりと答えた瞬間、鬼のような形相をした纐纈が今にも襲いかかってきそうな勢いで迫ってきた。
慌てて謝罪を重ねながら、私は話題をおにぎりの具へとすり替える。
どうでもいいはずの具の話をだらだらと続け、なんとかその場をやり過ごした。
そうして少しばかり時間を稼いだあと、ようやく私は、何事もなかったかのように話を本題へと戻していった。
「で、凄さはよーくわかったが、それなら尚更俺が声かけても信じないんじゃないか? 初対面で真に受ける人じゃないと思うんだが」
「――手は考えてあるの。ちょっと荒っぽいけど、うまくいけばすぐにあっち|の朋香も見つかるわ」
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「あの、突然だけどちょっと大丈夫…ですか?」
「……」
女子に自分から声を掛ける――それは滝野瀬一仁にとって、約三か月ぶりの挑戦だった。
言い出しの声は裏返り、最後まできちんと言い切れたのかも分からない。
強張ったまま様子を窺っていると、相手の女子生徒がこちらの問いに対して静かに首を傾げた。
その仕草を見て、ようやく自分の言葉がちゃんと伝わっていたのだと理解する。
「あ、あの! 俺、隣のクラスの滝野瀬って言うんだけど…ほ、ほら選択科目の歴史で一緒の――」
「―――……」
「は、初めまして……」
彼女は軽く顔を上げたまま、此方の問答に対して沈黙を貫く。
振り絞った勇気が簡単に弾かれて、口調が気が付かぬうちに駆け足になる。
不自然に身振りが大きくなる様は滑稽の極みだ。
昼食の時間。
基本的に、他クラスの教室に入ることは暗黙の了解で避けられており、出入りする者は少ない。
よくあるのは、前のクラスで仲の良かった女友達同士が話しに来るときや、部活仲間に用事があるとき。
あるいは、教科書を忘れて他のクラスを駆け回る生徒が現れるくらいだ。
だが、その昼休みの喧騒が、今回はこの羞恥心を紛らわせてくれていた。
いつの間にか会話が空回りしていることに気づき、二人の間には微妙な空気が漂い始める。
「……」
「……」
本を手にこちらを見上げる彼女。
菓子パンを手にしたまま、何もできずにいる一仁。
沈黙の時間が続き、妙な気まずさから二の足を踏んでいた。
だが、三か月ぶりに踏み出した勇気は、二歩目を踏み出す後押しを容易にしてくれた。
「そ、そういえばさ。最近誰かの視線を感じる、とか。自分とそっくりの人物を見かけたことがある…とか、そんな不思議体験したこと、ないですか?」
「……」
彼女は先ほどまでこちらの言葉に耳を傾けてくれていた。
だが不意に視線を落とすと、そのあとは何も言葉を発さないまま、黙々とページを左から右へめくる音だけが聞こえる。
「だよ、な。意味わかんない質問だったよな」
「…もう、いい?」
ただ一言。そう呟く。
その後、一度もこちらへ視線が向くことはなかった。
立ち尽くしたまま動けなくなっていた一仁も、やがて俯く。
そして、その場を後にした。
その背中を、彼女は横目で追った。ほんの一瞬だけ。
だが静かに目を伏せると、何事もなかったかのように本へと視線を戻した。




