3. 作戦会議
伊藤徹哉はオレの幼馴染である。 高身長、高学力、高コミュニケーション能力を併せ持つ、まさに俺とは真逆の世界に住む人間だ。
中学までは同じ学校、同じクラスだったのだが、高校からは離れてしまっている。
当然のことながら、この伊藤徹哉という男、非常によくモテる。少しくらい分けてくれてもいいじゃないかと思うくらい、よくモテる。
オレにデートの経験がないのなら、経験ある人間に聞くのが最短ルートなはずだ。なぜすぐにこの案が出てこなかったのだろうか。このばかちんめ。
伊藤徹哉は忙しくしていなかったのか、案外早く電話に出た。
「信呉から連絡なんて珍しいじゃん、何か用?」
「ああ、用事も用事。聞いて驚け、俺デートすることになったんだよ!」
「うん、で、デートしたことなくてどうすればいいか分からんから、俺に連絡してきたと」
…5Gって、俺の思考も相手に送っちゃったりしてる?そんな物分かりいいことあるかい?俺はこのインターネット社会が恐ろしくて仕方ないよ。
「なんかあれだよな。徹哉のそれはもう頭良いとかの次元じゃないよな…。物分かりがいいのは助かるけどさ…」
「幼馴染なんだからこれくらい普通だろー。何年の付き合いだと思ってんだよ」
いや、俺が知ってる幼馴染はそこまでじゃないんだわ。それやってるのメンタリストとかなんだわ。
「まあ早速、本題入ろうか。デートプラン全体を一緒に考えればいい?」
「お前ってやつは、やることなすことスマートすぎるぜ…。そう、デートプランなんだけどさ、相手のことは伏せるけど絶対に間が持たないと思うんだよな」
「なるほどなあ。それならーー」
そこから俺たちは約2時間に渡り、打倒宇郷萌乃に向け作戦会議を行なった。もう俺は陰キャじゃないぜ。デートってもんを知り尽くした、デートマスターってやつよ。
◇◇◇
宇郷萌乃とのデート当日。
俺と彼女は高校の最寄りの駅前に11時に集合することになっている。全て徹哉のプラン通りだ。
「朝から動き始めても、開いてない店が多かったりする。女の子は男より準備に時間がかかることも踏まえて、昼前くらいから動き始めるのは悪くない。相手と過ごす時間を少しでも短くするおまけ付きだぜ」
あらやだ、徹哉君できる男すぎるわ。俺が女だったら付き合ってくれるまで逃がさないんだから。
11時という時間設定も、変に間が空くことなく昼食に移れるから、とまで考えてるんだから脱帽するしかない。
俺は頭の中でデートプランを復唱しながら駅へ向かう。俺の心は、打倒宇郷萌乃に燃えているんだ。やる気に満ち溢れた俺は、目前に迫った集合場所に目を向けた。
そこに、彼女はいた。
シンプルな白のワンピースが、微風に靡く。
少し青みがかったサンダルは、空の色を反射しているかのようだ。
普段は下ろしたままの長い黒髪が1つに束ねられ、躍動している。
至って飾り気のない要素全てが、彼女そのものの美しさを引き立てている。
駅前の喧騒の中で、その瞬間は、視界に彼女しかいなかったと思う。完全に思考はフリーズしていた。
スマホを見ていた彼女が顔をあげ、こちらを見る。
「あら、遅かったじゃない。さっさと行きましょ」
彼女の言葉で、世界が元に戻った。
俺は気を引き締める。これからデートする敵の強さを改めて実感する。
俺たちの決闘は、今始まった。
◇◇◇
後から思い返してみると、必死こいてデートプランを考えるよりも先に、考えるべきことがあった。
「なぜ、宇郷萌乃は好きでも、ましてや友人でもない男と「デート」をすると言ったのか」
この真意に気づいていれば、デートすることすら必要なかったのかもしれない。
まあ、この時の俺の頭に、それに思考を回す余裕は1ミリもなかったわけなのだが。