2. 心なきサイボーグ
「氷の女帝」改め「感情を知りたいサイボーグ」こと、宇郷萌乃に校舎裏に呼び出されてから、1週間が経過した。
この1週間、俺には彼女からの宿題が課されていた。
その宿題とは…
「千葉信呉に関するレポート」
である。
何を言っているのか分からない方もいるかもしれない。安心して欲しい。俺も分からない。
宇郷萌乃曰く、
「これから協力体制をとる千葉君のことを知らないと、何も頼めないでしょ。あなたへの信頼なんて塵芥ほどもないんだから。」
とのことだ。
俺はSMバーにでも来ているのか?ここまで罵倒されてしまったら、変な性癖も強制的に目覚めてしまうんじゃなかろうか。
ただまあ、今回に関しても、できなかったら覚悟しておけ、としっかり脅迫メッセージを頂いてしまったため、期日である今日まで、1週間かけてしっかり書き上げてきてやったのだ。
生まれてこの方15年、これまでのオレの全てを記した渾身の作文を握り締め、俺は校舎裏へ向かうのだった。
俺の渾身の作文は、今彼女の手の中にある。
パラパラと軽快に読み進めていく手の動きと反して、彼女の顔はどんどん曇っていく。曇りすぎてそろそろ雨でも降るんじゃなかろうか。
「無駄な修飾語で嵩増しして、ダラダラと駄文を続けて。1週間かけてできたのがこの論理の欠片も無い紙切れってことで合っているかしら」
チーズケーキが好きなことからSMプレイはご遠慮願いたい旨まで、あらゆるカテゴリにおける俺の全てを書き記した原稿用紙を退屈そうに眺めながら、宇郷萌乃はため息をつく。
「お気に召しませんでしたかね…」
「…まあいい。これで、千葉君が人畜無害な小心者ということは分かったわ。合格よ」
貴方に手を出そうものなら、先に俺の命が飛んでいますよ…。
それにしてもこの人、言葉選びが全てハズレの方を引いてくるんだよな。これが素なのだとしたらそれはもう才能なんじゃなかろうか。
「千葉君に正式に協力してもらうことになったし、次の宿題を出すわね」
次は何ですか、論文でも書いてくればいいんですか?分かりましたよ。なら題材は、「言葉選びで永遠にハズレの方を引き続ける確率について」で書かせていただきますね。
「今週の土曜日のデートプランを考えて頂戴」
「はいはい、喜んで」
…この展開、また俺何かやっちゃいました?
え、でーと?でーとって、デート?え?
「いや、ちょ、俺デートなんてしたことーー」
俺がそう返した時には、既に宇郷萌乃は校舎裏から姿を消していた…。
◇◇◇
「デート」
広辞苑によると、その定義は
「日付。時日。日時や場所を定めて異性と会うこと。あいびき。」
とのことらしい。
この定義に従うのであれば、土曜日に会うことは決定しているため、宇郷萌乃と1日を過ごす場所を考える必要がある、ということになる。
俺あのサイボーグと1日過ごすの?生き地獄かな?
何より問題なのは、2人で探す場合、間が持たない可能性が高いということだ。俺はサイボーグとの仲良し会話術は残念ながら会得していない。「今日のカスタム、いい感じですね」とか言えばいいのか?
兎にも角にも、いらない事ばかり考えてデートプランが全く浮かばない。どのプランでもどこかで破綻する未来が見える。何か良いアイデアは…。
「あ、いるじゃん。デート分かるやつ」
そうだ、こういうものは経験者に聞くに限る。
聞ける間柄のやついるのかって?俺は友人は少ないが、ゼロではないんだな。
俺はスマホに手を伸ばし、昔から何度も見た電話番号へコールした。