1. 青春談義
「青春」
それは誰しも思春期に否応なく訪れる、甘酸っぱくて、でも苦しい、心の揺れ動く人生の最盛期である。
と、世間一般はそんな稚拙な定義づけをするかもしれない。その実は断じて違う。
「青春」
それは思春期という精神的に未発達な時期に、感情の赴くままに愚行を犯した馬鹿共が、自らの行いを正当化するために用いる都合のいい言葉である。
うん、我ながらいい感じ。広辞苑とかにも記載し直してほしい。
理性で己を律するからこそ、人は人たるのであって、後先考えず心のままに行動して、過ちを犯すのは獣だ。猿だよ猿。
恋愛なんて、もってのほか。
高校生で付き合ったって、どうせ大学で別れるし。 なんかあれでしょ、痛いプリクラとか撮って半永久的にネットしの海を彷徨うんでしょ?
「わたしたち、ずっといっしょだょ♡」
みたいな。ひええ、やめてくれ。こっちまで恥ずかしくなってくる。
とまあ、少々、青春への恨み言を述べたわけだが、希望に満ちた思春期の若人を貶すのには理由がある。
戒めだよ。
1時間前の愚かな自分へのね。
◇◇◇
俺、千葉信呉は、ごく一般的な高校1年生。学力偏差値、顔面偏差値ともに50をキープ中。顔面偏差値は親からのお墨付きだから。きっと正しいから。
俗にいう「陽キャ」ではない。
勘違いしないでほしい。友人はいる。恐らく…。
別に、友人が多ければいいってもんじゃない。多くの人に囲まれてないと自己承認できない可哀想な奴らとは一線を画してるってだけよ。
とまあ、こんな具合に、クラスの隅っこで言い訳がましく自己の正当性について考えているような人間、それが千葉信呉という男である。悲しいね。
今日も今日とて、いつも通り、朝希望を持って目覚め、学生の本分である勉学に勤しみ、授業が終われば寄り道することなく家に帰り、夜11時には感謝とともに眠る。
はずだった。
「千葉君、ちょっといいかしら」
昼休み、春ののどかな空気にまどろむ俺に声をかけてきたのは、クラスメイトの宇郷萌乃だった。
宇郷萌乃は、その容姿の淡麗さと学力の高さから、入学して早々に全生徒の注目を掻っ攫った。
「立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花」とは、まさに彼女のためにあるような言葉なのかもしれない。
そんなわけなので、入学式が終わり、オレがのそのそと教室へ戻った頃には、彼女の周りにはアイドルの追っかけの如く人が群がっていた。
いや、うーん、そうだな。彼女がアイドルのような人柄なら、その例えで良かったのかもしれないが…。
話しかけてくるクラスメイトへ、彼女が向けたのは冷たい哀れみの視線だった。
冷気すら感じるその目で見つめられた大半のクラスメイトは、たじろぎ、話しかけるのをやめた。
それでもなお話しかける勇気ある猛者達に、彼女はこう、言い放ったのだ。
「いい加減五月蝿いのだけれど。知性の欠片もない話し方に、生産性のない内容。猿は黙っていてくれないかしら」
猿達は、それ以上、鳴くことをやめた。
この日以降、宇郷萌乃の周りから人は消えた。
「氷の女帝」と全生徒から恐れられ、理由は違えど俺と同じような境遇となっているのだ。
その彼女からの突然の声かけ。
え、怖い。いやだ何これ。
普段から人と話さないことに加え、相手が女子、しかもあの宇郷萌乃。俺、今日死ぬんですか?
「聞こえているの?千葉君に話しかけているのだけれど」
再度声をかけられ、我に帰った。
「ご、ごめん。あの宇郷さんから話しかけられるなんて初めてだから、怖くて緊張しちゃって」
なんか余計なこと言ってしまったような気もするが、何とか返せた。グッジョブ俺。
「確かに私に限らず、千葉君が誰かと話をしているのを見たことはないわね。やはり、友人はいないのかしら」
え、何この人。きらい。俺に友人がいないことをわざわざ指摘する必要ないじゃないか。お前だって誰とも話してないじゃん、同類だこの女帝野郎。俺は優しいので直接は言わないであげますけど。
「まあいいわ。話したいことがあるの。今日の放課後、校舎裏に来て頂戴。来なかったら、分かるわよね?」
はい、分かります、死ぬんですね。俺、死んじゃうんですね。今俺は、放課後に校舎裏に行くことと命を天秤にかけられているわけですね。
だがしかし、俺だって日本男児。こんな脅し、通用すると思っちゃ大間違いよ。目にもの見せてやるぜ。
「謹んで、校舎裏にお伺いいたします」
無理無理。あの陽キャが黙ったんだぜ?俺が刃向かえるわけないって。首を縦にブンブン振っちゃってるよ、ヘドバンだよこんなん。
「あら、案外素直なのね。なら放課後、待ってるから」
彼女はそう言うと、自分の席に戻り、何も無かったかのように読書を始めた。
そこから放課後までのことは、正直記憶にない。
生殺与奪の権を他人に握られているというのは、こういう感覚なのか。勉強になります。
来たる放課後、俺は重い足取りで校舎裏へと向かった。いつもなら、部活動に勤しむ奴等を横目に、帰宅部かまして家に帰ってるところなんだが。
階段を全て下り、帰路とは違う道を進む。
校舎裏には、すでに、彼女がいた。
「ちゃんと来たじゃない。さすが千葉君ね」
校舎裏には夕日が差し込み、彼女の靡く髪を美しく照らしている。やっぱりちゃんと美人なんだよな。
「それで、何の用?」
そう、主題はそこである。
拒否すれば何をされるかわからない恐怖で思考が停止していたが、よく考えればこのシチュエーション、「告白」に他ならないのではないだろうか。
校舎裏への呼び出しは、告白かカツアゲと、相場が決まっている。相手が女1人であることを考慮すると、そんなの前者に決まっているじゃないか。
人にはモテ期なるものが3度来ると聞いたことがある。これまで俺にモテ期が来なかったのは、この日のためなんじゃないか?
青春は、すぐそこにあるんじゃないのか?
「大体想像はついていると思うのだけれど、ちゃんと言わせてもらうわね。私、千葉君とーー」
夕日が照らす彼女の顔が、少し赤らむ。
吹奏楽部の奏でる音色は、この空間を優しく包み込んでくれるようだ。
俺も、彼女も、互いの瞳をまっすぐ見つめる。
オレの返事はもう、決まっている。
「千葉君と、人間の感情について学びたいの」
「はい!喜んで!」
…ん?今なんて言った?俺の想定してた言葉と違うこと言わなかった?この人。
「すいません、今なんて言いました?」
「…?千葉君と、人間の感情について学びたいと言って、了承いただいたはずなのだけれど?」
ああ、聞き間違いじゃないですねこれ。この人感情を知りたいサイボーグみたいなこと言ってるよ。馬鹿じゃないの?
「こんなあっさり了承してもらえるなんて思っていなかったわ。少し千葉君のことを過小評価してしまっていたみたいね。訂正するわ」
「ちょっと待って、今のは返事を間違えーー」
「了承してくれて、ありがとう、千葉君」
彼女が俺を冷たい視線で射る。
これが氷の女帝の能力ですか、怖くて一歩も動けませんよ。
「明日から、よろしく」
彼女はそう言うと、踵を返して正門の方へ歩いて行く。俺はただ、呆然と立ち尽くすしかなかった…。
◇◇◇
さて、ここでようやく冒頭に戻ってくるわけだ。
オレの情けない姿をたっぷり見ていただいたところで、一言言わせてもらおう。
まあこんな愚行も、「青春」だし、仕方ないよね!