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コミュ障ちゃんとおちゃらけちゃん

作者: 冬木アルマ

「おまたせ~」


 一人酒を楽しんでいたわたしの隣に、そいつはドカッと無遠慮に座ってきた。


「毎回言っている。わたしの隣に座るな」


「え〜、いいじゃん。あたし達別に仲悪くないんだからさ〜」


「たとえ仲が悪かろうが良かろうが、わたしのパーソナルスペースを侵してくる奴は許さん」


「まあまあ、それは置いといて」


 こいつ……本当に人の話を聞かないな。昔から一切変わらん。注意するのも疲れた。


「はい、三話分の原稿。後で確認ヨロ」


「ん、確かに」


 封筒の中身をあらかた確認し、鞄にしまう。


「編集には共有してるな?」


「うん、さっきメール飛ばしといた」


「よし。今回は忘れてなかったな」


「大丈夫。優秀なあたしを信じなさい」


「笑えない冗談だな」


 何回も編集に送り忘れて叱られている奴が何を言う。本当に名前の通り、おちゃらけで適当な女だ。


「どうよコミュ障ちゃん。最近調子いい?」


「まあまあだ。良くも悪くもない」


「相変わらず当たり障りないなあ、コミュ障ちゃんは。少しくらい、あたしに心開いてくれてもいいのに」


 おちゃらけはぷくうと、頬を膨らませて露骨に不機嫌な態度を見せた。全くわざとらしい……。


「わたしは誰ともつるむつもりはない。たとえお前でも、だ」


「そう言いながら、こうしてわたしと会ってくれるじゃん」


「ここの酒と料理は旨いからな。ただそれだけだ」


「またまた素直じゃないんだから〜、ツンデレ〜」


 ムカッと来たので、奴の頭をポカンと叩く。ウゲッ、と漫画みたいな悲鳴を上げながらおちゃらけは頭を抱えてうずくまった。


「いた〜い……マスター、隣の女の子がコミュ障女からDV女になったぁ〜」


 誰がDV女だ。お前とは家族でも何でもない、赤の他人だろうが。


「大げさな、大体わたしの非力なパンチなんて、痛くもかゆくもないだろう?」


「自分でそれ言う? いやいや、痛いもんは痛いっての」


「そうか、痛かったか。ならば結構。少しはわたしの怒りを思い知れ」


「ええ〜、あたし悪いことしてないのに……意地悪ぅ」


「ふん」


 わざとらしくメソメソしながら、おちゃらけは静かに酒を飲み始めた。全く、これくらいしおらしくしてたら、わたしも苦労しないのだがな。


 まあ、こんな能天気でおめでたい性格だからこそ、あれだけの面白い話を思いつくのかもしれない。


 思えば高校の時から、おちゃらけはおちゃらけであった。いつも一人で楽しそうに何かを書いては、当時隣の席だったわたしに見せてきた。最初はくだらないと思っていたが、書いていた話が進むにつれて段々味のあるものになっていった。悔しいが、認めるざるを得なかった。


 緻密に計算された物語、キャラの描写、世界設定……おちゃらけには才能があった。特に、コメディを書かせたらもう天才である。わたしは奴の作品で、生まれてはじめて大笑いしてしまった。当時、コメディなど低俗で愚かだと思って下に見ていた自分が、だ。悔しいが、わたしは彼女によって認識を改めさせられたのだ。


 だから、仕返しといわんばかりに、その時賞を目指して描いていた絵を見せた。すると、彼女は目を見開き、微動だにせずわたしの作品を眺め始めた。普段騒がしい奴がいざ静かにされると、それはそれで気味が悪く思えてしまう。


 しばらくの後、彼女は無言のままわたしに絵を返すと、突然わたしの両肩をガシッとつかみ、


『すごいすごい! すっごくいいよ! めっちゃくちゃ上手い!!』


 興奮しているのか、わたしの言葉も聞かずにわたしをユッサユッサと揺らしまくった。目を輝かせて、わたしの絵の良さを語りまくった。




 それ以来、わたしと彼女――――おちゃらけの奇妙な関係は続いている。


 ☆☆☆


「――――んでさ! ここでヒロインがバーンと爆発して死んじゃうってのどうかな!?」


「さすがに急過ぎるだろ、残酷だし」


「う~ん、だめかぁ……案外アリな気がするんだけどなぁ」


 酒を飲みながら、おちゃらけはわたしに今後の展開案を色々示してくる。仕事のうちなのでわたしもちゃんと話を聞いたり、案を出したりする。うざったいノリを我慢しなければならないのが苦痛だが……。


「まぁどんな世界にしたいかを考えるのはお前の役割だ、おちゃらけ。わたしはどのような展開になろうと、お前の望む絵を描くだけだよ」


「ん~~……そう、かぁ……」


 何かもの言いたげな雰囲気を出しながら、おちゃらけはウンウンと唸り始めた。わたしは悩んでる彼女に構うことなく、たった今出てきた料理をいただく。


 うん、やはりここの料理は旨い。わたしの好みにピッタリハマる味だ。


「前々から思ってたんだけどさ」


 わたしが食事を楽しんでいると、ウンウン唸っていたおちゃらけが声をかけてきた。


「コミュ障ちゃん、絵を描いてて楽しい?」


「どうした急に」


「いやさ、そういえば、コミュ障ちゃんと話してる時、あんましコミュ障ちゃんから絵の話とかされたことないな〜って思って」


「お前がほとんど一方通行で喋ってるからな」


「うぐっ、それはまあ、そうなんだけど……」


 おっ、自覚あったのか。


「それでもあたしが尋ねても、無難な答えしか返さないじゃん? まあまあ、とか、良くも悪くない、とか」


 それもそうだな。確かに、その二つしか言ってない気がする。しかし――――


「それしか答えようがないからな。わたしは、絵に対して特に思い入れはない」


「へぇ、そうなんだ。よく絵描きさんとかさ、絵を描くのが好きで好きでたまらない〜って人ばかりだから、てっきりコミュ障ちゃんも実はそうなのかな〜って思ってたんだけど……違うの?」


「違うな。わたしは別に絵を描くのは好きじゃない」


「そうなんだ……何となくそんな気はしてたけど」


「わたしにとって絵は、わたしが生計を得るために必要な手段に過ぎない。わたしにはたまたま絵を描く才能があり、それでご飯を食べることができるとわかった。だから絵を描く。客の望む絵を描き、報酬を得る。ただのビジネスでしかないんだよ」


 絵描き志望の人間が聞いたら怒るかもしれないが、本当にそうなのだから仕方がない。わたしには絵を使って世界を云々、といった野望は一切ない。わたしの絵が世界を変える力を持つとは思えないし、そもそもの話、世界がどうなろうと知ったこっちゃない。ただ今日と明日を生きることができればそれで良い。ここで酒と料理を楽しめれば良い。わたしは、その程度の人間なのだ。


「おちゃらけ、お前はどうなんだ? 物語を書いていて楽しいのか?」


「うん! 楽しいよ! あたしはね、もっともっと書きたいの! 色々な世界を生み出したいからね!」


 ケラッとした笑みを浮かべながら、おちゃらけは自信を持ってそう答えた。そこには確固たる自信と強い意思を感じることができる。やはり、こいつは本物だ。


「そうか、それなら結構。才能と好みが合わさったのなら、それがお前の天職ということだ。これからも突き進めばいい」


「へへ、そうするぅ〜……でもやっぱり、コミュ障ちゃんは凄いね」


「何が?」


「だってさ、好きでもないのに絵を描いて、その絵で皆を楽しませてるんだからさ。コミュ障ちゃんこそ、真の創作者だよ」


 は? 何言ってるんだこいつ?


「わたしは別に、創作者なんかじゃない。創作を好きでなきゃ、本当の意味で創作者とは言えないんだよ」


 創作者とは万事に興味を示し、見聞したことを自己流に解釈し、様々な手段を通して新たな世界を生み出す。わたしには、何かに興味を持つという好奇心そのものが欠けていた。絵だって、先達の真似事をしているに過ぎない。そりゃあ、多少なりとも違いはあるだろうが、それでもマニュアルに沿った絵であることに違いはない。誰でも勉強し、練習しさえすれば到達できる世界だ。


 わたしはそれで満足してしまっている。()()のように、絵の真理を追求したりはしない。すでに報酬を得られているのだ。わざわざ自分のゆとり時間を削ってまでそんなことはしたくない。そして、そんな考えが出ている時点で、わたしは創作者などではないのだ。ただの絵描き、それ以上でもそれ以下でもない。


 そんなことはおちゃらけ、お前自身が一番分かっているだろうに。


「そうかな? あたしはコミュ障ちゃんのこと、ちゃんと創作者だと思って接してるけど。だからこうして作画依頼もしてるんだし」


「わたしは別に、自分が創作者じゃないことに劣等感を感じてるわけじゃないぞ。変なフォローはいらん」


「そうじゃなくて、あたしがそう思うから伝えてるだけ。別にコミュ障ちゃんを慰めようとか、そんな失礼なことは考えてないよ」


「ははっ、お前もついに失礼が何かを理解したか」


「まあ、一応二十になって、個人業やらせてもらってますからね。嫌でも色々思い知りますよ」


「なら今度は遠慮と自重を覚えろバカ」


「努力はするけど期待はしないで。曲げれないところは曲げないから」


 ヘヘッ、と瞳を光らせながらおちゃらけが笑う。肉食獣のような雰囲気を出すのも、彼女が本物たる所以だろう。わたしにはない。だというのにこいつは……


 わたしが今一度反論しようとすると、


「話を戻すけどね、コミュ障ちゃんの絵、すごく評判いいんだよ」


 酒を少し口に含めながら、ポツリとおちゃらけはそう言った。わたしは、出そうとしていた言葉を思わず引っ込める。


 急に何を言い出すんだこいつ? さっきから何なんだ?


「わたしの絵が?」


「うん。何ていうかな、相手が求めるものを十二分に満たしているものを提出してくれる、すごくコミュ力の高い絵だって、皆口々に言うんだよ」


「フン、そんなことわたしには一言も――――」


「それはだって、コミュ障ちゃんあたし以外の仕事仲間と会わないじゃん。エゴサもしないし」


「それは、まぁ……」


 そういううざったいコミュニティは避けるようにしているからな。


「でも不思議だね、本人は人嫌いでいつも引きこもったり単独行動したりするのに、相手の考えは手に取るように分かるんだ。もちろん、あたしのときも同じ」


 やめろ、恥ずかしい。


「別に……たまたまだろ……」


 普段なら声を荒げて制止するのに、今日はなぜかそれができない。


「そんなことないよ。あたしね、こうしてコミュ障ちゃんに作画依頼してるの、別にコミュ障ちゃんと付き合い長いとか、お友達だからとかいう理由じゃないんだよ?」


「そうなのか……?」


「コミュ障ちゃんがちゃんと、あたしの思いを理解してくれて、それを絵として形にしてくれるから、依頼してるんだよ」


「そんな大層なこと、してないけどな」


「本人はそう思ってても、他人が同じ思いをしてるとは限らないよ。コミュ障ちゃんは絵を通して、他人の幸福を生み出す仕事をしてる。それだけで、立派な創作者と言えると、わたしは思うよ。自分だけ良ければそれで良いなんて創作は、ただの芸術。結局のところ、誰かが評価してくれないと、わたし達に価値は無いんだよ」


 笑顔のまま、おちゃらけはそんなことを言う。なるほど、少しは現実を知ることができたようだ。色々思い知ったという言葉、あながち嘘ではないらしい。


「もう、()()()()()は改名したらどうだ?」


「そっちこそ、()()()()なんて改名すべきだよ。あんな絵描ける人がコミュ障だなんて、()()()()が泣くよ?」


「うるさい黙れ」


「も〜、不利になるとす〜ぐそう言う〜」


 フン、とわたしはそっぽを向いて、再び酒を口に入れた。ハァ、と一息つくと、


「コミュ障ちゃん」


 チョイチョイ、と隣の奴がわたしの肩をつついてきた。何だよ、と思って顔を向けると――――


 そこには、満面の笑みを浮かべたおちゃらけが、わたしの目を真っ直ぐに見つめていた。思わず、わたしは目を丸くして固まってしまう。少し、顔が熱くなるのも感じた。そんなわたしを知ってか知らずか、おちゃらけは頬杖をつきながら、


「いつもありがと」


 と、一言発した。


 ズルい、本当にズルい。そんな顔をされたら、そんな言葉を言われたら。さすがのわたしも、邪険には扱えない。


「相変わらず人を褒めるのが上手いなお前は。流石だ」


「そうかなぁ、わたしは自分でコミュ障だと思ってるけどね。実際、コミュ障ちゃん以外に親しい人いないし」


「昔、よく虐められてたもんな、お前。空気読むの下手だから」


「懐かしいねぇ、あの時コミュ障ちゃん、身体張って助けてくれたもんね。他人がどうなろうと知ったこっちゃないって雰囲気出してるくせに、困ってたら助けてくれるんだって、あたしカッコいいって思っちゃったもん」


「たまたまだ。あいつらにはムカついてたからな、ギャフンと言わせたかったんだよ」


「コミュ障ちゃん、蹴り技でバッタバッタと倒してたもんね〜、その後停学くらったけど」


「むしろ一人の時間が増えて幸せだった」


「アハハハ!!」


 わたしとおちゃらけの時間は、こうして過ぎていく。くだらない時間、無駄な時間。だけど、それがどこか居心地が良い。


 わたしは絵に関してならば、仕事を選ばない。どんなイラストでも、必ず受ける。それが目的を持たない絵描きの宿命だ。


 でも時には、本当に時々には、誰かの世界を描いてみたいという欲求が湧いてくる。そして今現在、その欲求を生み出してくれる奴は、一人しかいない。


終わり

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