第九話 人を呪った人間は裁かれるべき
しばらく王宮はてんやわんやになった。
大騒動を引き起こした中心人物と言うことで、私も各方面から随分こってりと絞られたし、物理的には警備兵に拘束されたりもして、見事立派な前科者になったというわけ。
しかし、何故か国王は私のことを許してくれて、命まで取られることはなかった。
やり方がかなり強引で、脅迫じみているということで大批判されたが、まあ、偽物王太子を即位させるのを未然に防いだというのが、功績として認められたらしい。
王妃の一族は追放になったし、なんやかんやで国王は甥っ子殿(王弟殿下のご子息)に譲位した。(そしてこの甥っ子殿はやっぱりアンリエッタの彼氏だった。アンリエッタが王妃になるかもなんて俄には信じられない!)
ちなみに、ダーレイン殿は王家の出ではなかったので、私との婚約は有耶無耶になり、まあ、なかったことにされた。
お互い「結婚しないですんでよかったねー」なんて言いながら笑顔で別れたけど、意外と私は彼のことが嫌いじゃないなと気づいた。
まあ婚約破棄から始まる恋もあってもいいかも? けどあんな悪女っぽい醜態をさらしておいて、ダーレイン殿が私を相手してくれるかは……かなり自信がない。
ちなみにダーレイン殿とそのお父上の元王太子殿下は、何も知らなかったので罪はないとはいえ、さすがに王家に居候するのも気が引けるということで、元王太子妃様のご実家に準じる地位を得られた。
急に立場が変わるので、これから少し大変だと思うが、ダーレイン殿はどことなしか飄々《ひょうひょう》としているので、なんだか大丈夫そうと思われた。
さて、王宮内のごたごたがようやく落ち着いてきたころ、私の方もやっと謹慎を解かれ家から出ることを許された。
私はずっと行きたいところがあり、外出の許可が出るのを今か今かと待っていたので、飛び上がるくらい嬉しかった。
許可が出るや否や出かけようとする私に、母は嫌そうな顔をした。
「また何か問題を起こすんじゃないでしょうね?」
「問題なんか起こしたかしら」
私はすっとぼけて答えた。
母は、じゃあ何で謹慎させられているのかと恨めしそうな顔をした。
が、それについてはそれ以上言わず、
「またおばあさま絡みなの?」
と聞いた。
「ま、まさかあ」
私は冷や汗をかきながら適当に誤魔化して家を出た。
私が数人のお供を連れて、数日掛けてやってきたのは、地方都市から少し離れた土地の修道院だった。
この道では少し高名の、老齢の副修道院長が私を出迎えてくれた。
彼女は小柄だったが、修道女として毎日規律正しく生きていた誇りがあるのだろう、姿勢もよく物腰はきびきびしていて美しかった。
「それで、いったいどのようなご用件ですの?」
と浮世離れした副修道院長が聞いた。
「会いたい方がいましたので」
と私は答えた。
「会いたい方? あなたのような見るからに立派なご令嬢が、わざわざ王都からいらしてまで会いたい方が? 何か込み入った事情でもおありですか?」
と副修道院長はゆっくりと聞いた。
「立派なご令嬢なんかではございませんわ。最近の王宮のゴタゴタを知ってます? あれの中心人物ですの、私」
と私は苦笑した。
副修道院長は驚いた顔をした。
「王太子様が廃嫡なされたりした、あの件ですか? 王妃様は投獄されたとか」
「そうです」
私はしてやったりの顔をした。
副修道院長は顔を顰めた。
「あまりそのようなお顔はなさらない方がよろしいですよ。そのように他人を蹴落として喜ぶ方は……少なくとも私は信用できませんね」
「そうでしょうね、ご高名の副修道院長様。あなたの善行は全国に鳴り響いています。信心深く、あなたが改心させた悪人もたくさんいるとか」
「そのような……まだまだ人に誇れるような人間ではありませんよ」
副修道院長は顔を背けた。それは本心からの言葉のようだった。
私は一瞬躊躇ったが、本題に入ることにした。
ここに来た目的を見失ってはいけない。
私は柄にもなく緊張して、そしてかすれた声で聞いた。
「副院長様。人を呪うことは大罪ですよね」
副修道院長は目を上げた。
「そうですね。……そういえば、王宮での騒動の際、王太子殿下を呪ってやると息巻いた令嬢がいたとか」
「よくご存じで」
私は苦笑した。
「まさか、それがあなた? でも結局は呪ったりしなかったのでしょう? 呪わなかったのならきっと罪にはなりませんよ。呪いを盾に人を脅したことは十分恥じるべきとは思いますが、事の重大さから脅迫罪にもならなかったのでしょう? それくらいのことでは別に神の許しを請いにわざわざ私のところに来ずとも……」
副修道院長は突き放すでもなく淡々と答えた。
私は固い表情のまま首を横に振った。
「副院長様。もし人を本当に呪った人がいて、その呪いが呪った相手の人生を大きく変えたとしたら、それはどんな罪になりますか?」
「あなた、もしかして、もうすでに人を呪っていらっしゃるの? 呪う力がおありなの?」
副修道院長は戸惑いの声をあげた。
私は素直に答えた。
「呪ったのは私ではありませんが。人を呪う方法については聞いています」
副修道院長は絶句した。
それから目を泳がせた。
「あ、え……と。私には……呪いの罪は分かりませんわ。魔女狩りがあった時代なら死罪だったのでしょうけど。今は、呪いに科学的証拠があるとは思えませんもの……」
「副院長様は逃げていらっしゃる。もう少し真面目に私に向き合ってくださいませ」
「逃げてなど……戸惑っているのです。あなたのように若くて自信のありそうな令嬢が何を言い出すのかと」
「副院長様。私は、マリーグレース・トメリアの孫なのです」
私は副修道院長の顔を見ながらはっきりと言った。
副修道院長が動きを止めた。
「……」
私はずっと副修道院長を観察していた。
副修道院長がようやく口を開いた。
「そう。あなた、マリーグレース様の……それで、例の王宮の騒動なのですね」
「ええ。祖母は多少いろいろ知っていましたから。でも、それは、祖母を巻き込んだあなたも同じなのではありませんか? ポーラ・ヴォーテン元男爵令嬢様」
私はかつてピンクブロンド嬢として当時の王太子殿下(先代国王)を誑し込んだ女性に、ずばりと問いかけた。
お読みくださいましてありがとうございます!
ピンクブロンド登場! 改心して徳を積んでいました。彼女は果たして『祖母』をどう裁くでしょうか。
次話で最後です。