第八話 王妃を断罪する 後編
エグルストン夫妻は散々迷いっからかして狼狽えた。呪い、大罪、保身……。
ちらちらと王妃の方を見る。
「王家の血の穢れ……」
国王が低く呟いた。
エグルストン夫妻は心を決めた。
もう国王の疑いの目の前で、今更嘘をついても仕方がないと思ったようだ。
「すみません。育ててやれなかったひどい親だけれども、みすみす我が子が不幸になると分かっていて保身には走れません。国王陛下、王太子殿下は私たちの子です。本当に私たちの子なのです。王妃様に強く言われて……一族の命令でもありましたし……身代わりに差し出しました。王妃様に頼まれたこととはいえ、詐欺に関わった事は偽りようがございません。私たちは死罪になっても構いません。しかし、王太子殿下に、我が子には罪はございません。どうか王太子殿下だけは見逃してやってはくれませんか」
国王は戸惑った。
話の流れ上そうなることは薄々分かってはいたが、やはりはっきりと宣言されてはひどくショックで、心が痛んだ。
「そうであったか……」
そう呟くのが精いっぱいだった。
王妃はエグルストン夫妻の告白に顔を覆い、「ああ」と声にならない声を漏らした。
そこへ、今までずっと沈黙を守り通してきた王太子がつかつかと足早にやってきた。
「王太子よ……」
国王が低く呻いた。
王太子は青い顔をしていたが、国王夫妻よりはよっぽど冷静だった。
王太子は、王妃の前に仁王立ちになった。
「驚いてはいるが、やはりそうかという感がぬぐえません。あなたは私がまだ幼い頃、『本当の子じゃないから出来が悪くても仕方がない』と何度も言った。私が幼すぎて理解していないと思っていたのでしょう? 私は理解していました。そして苦しんでいた。なぜそんなことを言うのかと。母だと疑わなかったから。しかし合点がいった。あなたは本当の母じゃなかった。そういうことですね?」
……王妃は王太子に引導を渡されてしまった。
自らの過失だ。悔やんでも仕方がない。
王妃の頭の中は状況処理に追いつかず、膝から崩れ落ちてそのまま気を失ってしまった。お付きの者たちが慌てて介抱に駆け寄る。
そして王太子はエグルストン夫妻を振り返った。
「母上、いえ、王妃様に言われたとはいえ、あなた方がしでかしたことは天地を揺るがすほど大変なものだ。しかし……最後にこうして身を挺して、私が呪われるのを回避しようとしてくれたこと、私は愛情と思って忘れないだろう」
エグルストン夫妻は顔を覆った。
そのとき国王が不意に私の方を向いた。
「ソフィア・サザーランドよ。おまえはマリーグレースの孫だと言ったね? もしかしてなのだが、私や王妃を呪ったのはマリーグレースなのかね?」
私は少し思案した。ここで祖母の罪を認めることは得策だろうかと思った。
否。
何も良いことはない。後で各方面から怒られるのは、私一人で十分だ。
だから私は答えた。
「まさか。そんな方だと思います?」
国王は首を横に振った。
「いや、そんな女だとは思わない。マリーグレースはできた女だった。間違ってもそんなことをする女ではないな」
国王は独り言のように呟いた。
しかしふと言葉を止めた。何か気付いた事があったようだ。
「しかし、もしこれがマリーグレースの呪いだというのなら、私は彼女をだいぶ誤解していたことになるな。物分かりのよい、人形のような女だと思っていた。私には彼女が対等な人間には思えなかった。どこか浮世離れした、近づきがたい、天女のような女だと思っていた。……まだ生きているのか?」
「生きていますわ」
私は余計なことは言わないように短く答えた。
「そうか」
国王は大きく頷いた。
「何となくだがね、マリーグレースなら此度のことは全部知っていたような気がするよ。王妃が子をすり替えたことも、誰が王妃を呪ったのかということも……。王妃や王太子をどう処遇するか、私が今後どうしなければならないか、マリーグレースなら教えてくれないだろうか」
私は苦笑した。
「国王陛下は祖母に何を夢見ていらっしゃるのか知りませんが、祖母が国王陛下のご相談に乗ってくれるほどお優しい方とは思えませんよ。カローレス侯爵に嫁ぎ娘を産んだ祖母がまだ国王陛下に未練があるとでも?」
国王は私の不敬を見咎めるように睨んだ。
しかし急に吹っ切れたように笑いだした。
「おまえはなかなか毒舌家だな! もしかして、それがマリーグレースの遺伝か?」
私もつられて笑った。
「そうですね。私から見ても祖母はなかなかの皮肉屋さんでございました」
国王はふっと目を細めた。
「皮肉屋か。では私なんぞはとっくに彼女の中ではミンチになって犬の餌になっているのかな。見捨てられたものだ」
私は「実は国王陛下のことも呪っちゃってます」と心の中で思いながら、それは口に出せずに、至極常識的なことを答えておいた。
「国王陛下おひとりで悩む必要はありませんでしょう? 王弟殿下もおられるし、王弟殿下にはご子息もおられます。王宮内には法律に詳しい者もたくさんいるし。皆さまで王妃様や王太子殿下の処遇を話し合えばよろしいのでは? そして正当な血縁の者たちで王位継承権を書き直せばよいだけかと思います」
それからふとどうでもいいことを思った。王弟殿下のご子息って、年上好きのアンリエッタが付き合ってたような……。
ここまでお読みくださいまして、どうもありがとうございます!
かなり長いことお付き合いくださいまして、非常に嬉しいです。
王妃を断罪できた~!!
従姉のアンリエッタはまさかの年上好きでした(笑)
さて、まだ女主人公にはやるべきことが残されています。#呪いは良くない! >>次話へ