第七話 王妃を断罪する 中編
ダーレイン殿下はあまりの驚きで身じろぎ一つしなかった。
まじまじとエグルストン夫妻を眺めている。
私の説明に、会場の招待客たちがどよどよと騒めきだした。
「どういうことなの?」
「王太子様の本当のご両親?」
「王太子様は国王陛下と王妃様のお子ではないの?」
「なりすまし?」
「養子?」
国王の方はこの状況に驚いてはいたが、そこまでは動じてはいなかった。私の言うことを信じていなかったからだ。
「ははは、あり得ない。王妃が妊娠していたのは私もよく知っている。王太子はちゃんと私たちの子だよ、間違いない」
私は国王の方を向いた。きちんとした言葉で説明する。
「国王陛下。王妃様は出産を控えてお里に下がられたのでしょう。そのあと王妃様のお子はダメになったのでございます。それは国王陛下には知らされなかった。なぜなら……それまでに何度も陛下と王妃様のお子は残念なことになっていたでしょう? 王妃様はもう最後のチャンスとばかりに、生まれなかった子の身代わりを立てることにいたしました。王妃様の親戚筋のエグルストン夫妻のところにちょうど子が生まれたばかりでした。王妃様はエグルストン夫妻のお子を産まれた子として育てることにいたしました。それが王太子様です」
国王は絶句した。
「いったい、それは……本当なのか?」
王妃も叫んだ。
「国王陛下! その娘の嘘でございますよ! 王太子は私たちの子ではありませんか! 信じてはなりません!」
国王は頷いた。
「うむ、そうだな。信じられぬ。王太子が私の子ではないだと? おまえの言うことは嘘ではないのか? もし嘘ではないと言うのなら、その証拠を見せてもらわねば」
私は微笑んだ。
「私の言うことは間違いではございませんよ、陛下。それに、こちらに王太子様の本当のご両親が来ておられるのですから。証言していただきましょう」
エグルストン夫妻は手を固く握りあって、怯えたように国王陛下と王妃を食い入るように見つめている。
私はエグルストン夫妻を優しく促した。
「どうぞ、エグルストン様。王太子様はエグルストン様のお子であると証言なさってください」
エグルストン夫妻はびくっとなった。
恐ろしそうに王妃と私の顔をちらちらと見比べた。迷っているようだった。
しかし私にはエグルストン夫妻が自分たちの子であると宣言する確信があった。なぜって? ……私はエグルストン夫妻に『三挺の蝋燭』を見せていたから。
が、エグルストン夫妻が何か言葉を発する前に、王妃が甲高い声で喚きだした。
「ちょっとおまえたち、何を迷っているの!? こんな小娘の言うことに従うつもり!? この娘の言うことは嘘だとはっきり言ってやりなさいな。王太子は間違いなく私の子だとね。ってゆか、あなたたち、私と王太子の前には決して姿を現さないと約束したわよね? 一族を裏切る気!?」
「……!!!」
一族と聞いてエグルストン夫妻は目を瞑って縮こまった。
かといって私のことは無視できぬようで王妃の要求には何も答えなかった。
エグルストン夫妻がすぐに王妃の言うとおりにしないので、王妃はイライラした。
「黙ってちゃわからないわよ。目をかけてやった私を裏切るのかと聞いているの。市長に大抜擢したのも誰のおかげよ。こんなところに顔を出してもらっちゃ困るのよね。ほら、皆さまの前で、王太子は王妃の子で間違いないとはっきりと宣言なさい」
「……」
エグルストン夫妻は何も言えないまま立ち尽くしている。
王妃はさらにヒートアップした。
「なんで何も言わないの!? ああ分かった、口が利けないのね。注目されて怖くなってしまったのだわ。じゃあ、私が代わりに言ってあげる。皆さま! この娘の言うことは嘘ですよ! この人たちが王太子の両親なんてそんなことあるわけないじゃないですか! 王太子は私の子よ!」
「いいえ、王妃様!」
私は声をあげた。
エグルストン夫妻がびくっとなる。
王妃は鋭い目で私を睨んだ。
「何よ、あなた。あなたが元凶よ。どんな処分を下してやろうか! 王家に迎え入れてやろうと言っているのに、何を歯向かうような真似してくれているの。立場を分かっているわけ?」
しかし私には王妃の脅しは通用しない。
「立場? ええ、よく分かっていますよ。私は、マリーグレース・トメリア公爵令嬢の孫ですからね。覚えておられます? 国王陛下の元婚約者であった私の祖母を」
「マリーグレース……」
と国王が低く呻いたので、王妃はぎょっとしたようだ。国王の口から何か思いもかけない言葉が出てきては困るかのように、王妃は慌てて口を開いた。
「ええ、少し覚えているわ。マリーグレース・トメリア様ね。ご立派な方でしたわ。でもマリーグレース様が婚約破棄されたのは私のせいじゃないわよ。というか、おまえはマリーグレース・トメリア様の孫だっていうの? カローレス侯爵の孫でしょう!?」
「ええ、カローレス侯爵は確かに祖父です。けれども、現在のカローレス侯爵夫人は後妻に当たる人です。その前は祖父は私の祖母、マリーグレース・トメリアと結婚していたのです」
私は王妃の早とちりを心の内で笑いながら、分かりやすく説明して差し上げた。
王妃は顔を赤くした。まさかマリーグレース・トメリアと縁のある者を呼び出してしまったとは、と悔しさがこみあげてきた。
しかし、マリーグレース・トメリアと聞いては、もはやこの場が円く収まるはずがないことも同時に悟ったらしい。王妃は対決ムードで開き直った。
「ふん、それがあなたの『立場』ってわけ? だから何だって言うの? そんな世間から離れた人の話がいきなり出てきても、今更何も変わりやしないわ」
「そうですわね。私も祖母のことは今更言っても仕方ないと思っていますのよ。問題は王太子殿下のことですもの」
私は話を元に戻した。
王妃はまたぎくっとなる。
「王太子がなんだって言うの。私の子よ。あんたが何を知っているというの」
私は冷静に答える。
「ですから、王太子殿下はこちらのエグルストン夫妻のお子だと申し上げているのです」
王妃の顔が歪んだ。
「そんなこと、このみすぼらしい老人どもは言ってないわよ!」
「……」
私はため息をついた。
それから私はエグルストン夫妻を鋭く睨んだ。
エグルストン夫妻はびくっと肩を震わせた。
私はいいかげん話を前に進めたかった。
だから辛抱なく夫妻に激しい口調で詰め寄った。
「エグルストン夫妻、どうなさいます? 白状なさいます? それとも、ここへきて、王太子殿下よりやっぱりご自分たちの立場を重んじなさる?」
『王太子殿下よりやっぱりご自分たちの立場』と問われて、妻の方が瞬時にハッと顔を上げた。その目は迷いなかった。
「いいえ! 私より子供の方が大事です!」
私はようやく望む方向に話が進んでほっとした。
「とても殊勝なお言葉ね。さあ、聞かせて」
「言ってはだめ!」
王妃が叫んだ。
「あなた、私の再従姉妹でしょ!? なんでこんな小娘が怖いの? 私は王妃よ、誰を裏切った方が怖いかよく分かっているでしょ? 例え何かこの小娘に弱みを握られていたとしても!」
しかしエグルストン夫人の方は涙目ながらも決意溢れる目で王妃に口答えをした。
「王妃様! もう、私のことはどうでもよいのです! 私は私の息子と孫の幸せを守りたい」
「何を言い出すの!? さっぱり意味が分からないのだけど!」
王妃はイライラと叫んだ。
エグルストン夫妻は何か説明しようとした。しかし夫妻にとってはあまりにも悍ましいことだったのだろう、言いかけてすぐに口を噤んだ。
そして私の方を怯えたような目で見た。
王妃が不穏な空気を感じ取り私の方を見る。
私は仕方なく口を開いた。
「私はね、王妃様。少し不思議な力を持っているんです。人をね、呪えるんですよ」
私は『三挺の蝋燭』のことを言っている。
「は!?」
王妃が素っ頓狂な声をあげる。
「人を呪える? 何を非科学的なことを言い出すの。ばかげているわ! そんなの戯言、誰が信じますか!」
「王妃様。王妃様には何度もお子ができましたけど、一人も産まれなかったでしょう?」
私は静かに答えた。
王妃は急に口を噤んだ。
それから化け物を見るように目を見開いた。
国王が声をあげた
「産まれなかったが、だから何だ!? お、おまえはまだ生まれておるまい! 呪えるはずがないのだ」
私は頷いた。
「ええ。私はまだ生まれておりませんが。でもお子が産まれなかった理由を知っています」
国王は激昂した。
「それが呪いだと言うのか!? 私の子は殺されたと言うのか!? そんなことは許されない! 呪ったやつは死罪だ、死罪だよ!」
エグルストン夫妻は悲痛な声をあげた。
「国王陛下、呪いはございますのでしょうか。この方は、私たちが王太子殿下を自分の子だと名乗り出なければ、王太子殿下やダーレイン殿下を呪うと言うのです。王妃のように子が生まれなくしてもいいし、病にしてもいい、とにかく不幸にしてやると」
国王は気味が悪そうな顔で私の顔をパッと見た。
「おまえ……呪いは本当なのか?」
「呪いが本当かどうかなんて誰にも分かりません。科学的な証拠などはございませんから」
私はそこは曖昧になるしかなかった。
「でもね、呪いはないと言い切ることはできないのですよ」
国王とエグルストン夫妻は顔色を変えた。
私はもう一度エグルストン夫妻の方を向いた。
「さあ。本当のことを仰ってください。ご自分の保身もあるとは思いますが、王家の血筋をあなた方が穢す大罪をね、今こそ免れるチャンスだと思って」
ここまでお読みくださいまして、どうもありがとうございます!
断罪劇が進んでいきます。
次話、王太子殿下の本当のご両親(エグルストンご夫妻)が頑張ります。あと、ある人の決定的な一言で王妃の負けが確定いたします。