第五話 縁談~私の企み~
さて、私が祖母の元から帰ると母は自ら出迎えてくれた。母は私が出かけてからずっと玄関で待っていたんじゃないかというくらいの心配ぶりだった。
「あの人はどうでしたか」
と母は聞いた。
「お元気そうでしたよ」
私は何事もない風を装って答えた。
しかし母はそういったことではないといった様子で静かに首を振ると
「何の用件だったのです?」
と聞いた。
私は「祖母が死んだときの話でした」と簡単に答えた。
死んだときと聞いて母は少しドキッとした顔をした。
「死んだときどうと言うのです?」
「財産と呼べるもののほとんどは家政婦に譲ると仰ってたわ」
私は一部分だけを抜粋して答えた。嘘ではない。
間違っても蝋燭の話はできない。
「そうですか。それはもちろん構わないけれど。でも……それだけ?」
母は少し不服そうに聞いた。
そんな内容なら手紙一枚で済むだろう。私を呼びつけるくらいだから、もっと何か込み入った話があったんじゃないかと疑っているのだ。
私は母の邪推を吹き消すように
「ええ、そうよ」
と明るく頷いた。
それから
「それより、お父様のお話を進めてくださらない?」
とさらりと言った。
母は、私の話が物足りなかったところに急に私が話題を変えたのでだいぶ不満そうな顔をしたが、『父の話』というのが我が家の一大問題だったのもあって、しぶしぶ話に乗ってきた。
「急に話を変えてくるのね、ソフィア。でも話を進めるって本気?」
「ええ、お母さま。ちょっと事情が変わったのよ」
母は怪訝そうな顔をした。
「どういう風に変わったというの。これはお父様の政敵がお父様を取り込もうと思って持ってきた縁談よ。あなただってすごく嫌がってたじゃありませんか」
私はにこっと笑っておどけたように首を竦めて見せた。
母はため息をつく。
「何か悪巧みでも思いついたの? でも相手は王家よ。冗談なんかじゃすまない相手ですからね」
私は、そこは素直に頷くしかなかった。
そう。私のところに来ている縁談というのは、まさに国王陛下のお孫さん、現王太子殿下の息子のお話なのである。
この話は一か月ほど前に我が家に持ち込まれていた。
王家から直接に、比較的畏まったお伺い書が来たのである。
私はこう見えて公爵家の令嬢で(母はカローレス侯爵家から名家であるサザーランド公爵家に嫁いでいた)、さらにはお年頃なので、それなりに婚約の打診みたいなものは経験した事があったのだが、普通はもう少し『本人の意向』とか『家の事情』とか非公式なやり取りみたいな感じで始まるものだった。
しかし、此度の王家からの打診では、『婚約者候補の一人』として私に問い合わせてきたというよりは、私を名指しで『婚約者として』指名してきているので、強引さが垣間見られ、我が家はかなり戸惑っていた。
それだけではない。
我が家の立ち位置的にも、この話はかなり警戒を要するものだったのだ。
現王太子殿下の息子さんというのは他家にとったら垂涎ものの縁談なのかもしれないが、我が家は現在の王宮を支配する勢力とは敵対する関係にあり、一般的に考えると我が家に王家の縁談が来るはずがないのだ。
現在の王宮を支配する勢力とは、現王妃の親族であるハリガン公爵家である。
祖母の話に出てきた、あの現国王陛下のお子に秘密の身代わりを立てた下品な一族である。
元々、我が家は先代国王の頃までは宰相を務めるなどの名家なのだ。
そんなところへ、現王妃が国王陛下に(やや強引に)出会い、現王妃の親戚筋が寄ってたかってしゃしゃり出てきた。
父や父の親戚筋にとってみたら現王妃の親族など王宮内では新参者扱いだったのだが、王宮内の権力を望む現王妃の一族は当然うちの家のポジションを目標にして攻勢をかけてきたのだ。
そして王妃の後ろ盾と言うのもたいへん功を奏し、現王妃の一族は王宮内の権力を粗方握ってしまった。
とはいえ、うちは王妃一族に屈服することはなく、保守的な立ち位置ということで王宮内で細々と立場を守ってきた。
うちの父が、曰くあり(※現国王陛下の元婚約者)の私の祖母の娘を妻にもらったのもそういう経緯によるところも大きい。
が、ここへきて、現王妃一族がうちを取り込もうという動きを見せ始めた。
王妃一族にばっかり都合の良い政策にうちの父の一派が反論するからだ。
そうして現王妃のお孫さん、王太子殿下の息子さんの縁談がうちに来たのである。
父は「あり得んっ!」とカンカンになって怒った。
婚約のお伺いのやり方も強引だし、王妃の一族によってがんじがらめになっている王宮なんぞ、私が人質になるようなものだという。(実際現王妃の一族はそれを狙っている。)
ただうちの父方の祖父は「ソフィアがうまく立ち回ってくれれば、未来の国王の縁者ということで、もう一度うちの権力を回復するチャンスでもある」と言った。
うちでも意見が割れている状態だったのだ。(また、王家からの婚約打診がやや強引であったため、もし断るとすれば正当な理由が必要だろうから、それをどうするかという問題もあった。)
それを私は母に「縁談を進めてくれ」と言ったのだ。父や祖父の意見も聞かずに。
母の驚きもよく分かる。
私は笑った。
「悪巧みだなんてひどい言いぐさね、お母さま。でも私もちょっと今の王家にはむしゃくしゃしてるのよね。お父様やお母さまには迷惑はかけないわ、いいでしょう?」
母は呆れ顔で私を窘めた。
「むしゃくしゃしているだなんて、なんて後ろ向きなの。婚約する人の抱く感情じゃありませんけど。なんでそんな気持ちで婚約を承諾するの」
「あ、そうか」
私は言われるまで気が付かなった。
「我が家のためにどうこうしようなんて、ソフィアが考える必要はないのよ。それはお父様やお爺様の仕事。あなたは結婚するからには自分の幸せを一番に考えるべきなのよ。むしゃくしゃするなら、それは素直に断るべきなのよ」
母は心配そうに言ってくれた。
私は母の心配をありがたく思った。
しかし、祖母の話を聞いて思うところがあったから、私は意見を変えるつもりはなかった。
「お母さま、ごめんなさい。今は説明できないのだけれど、私はやらなくちゃいけない事があるのよ。それは我が家のためというよりは、今の王宮を変えたいということなのだけれど」
母は気味悪そうに私を見た。
「ソフィア、王宮を変えたいって……? いったい何がきっかけで急にそんなこと言い出したの。もしかしておばあ様が何かあなたに言ったの?」
私はぎくっとした。
が、顔には出さない。
「ま、まさかあ。ははは……」
私が頑として詳細を説明しなかったので、母はすっかり呆れてしまった。
しかし一方で、私が「王家に嫁に行く」と宣言した話は一瞬で父の耳に入り(※早馬が飛んだらしい)、翌朝には父方の祖父までうちに大集合していた。
「ソフィア、王家に嫁に行くというのはどこまで本気だ?」
「今の王宮の情勢を分かっているか? 見渡せば敵ばかりだぞ」
「王妃にいじめられるかもしれない」
「おまえを取り込もうと何か甘い罠をたくさん仕掛けられるかもしれない」
「心を許せるものが傍にいなくて毎日ツライ思いをするんじゃないか」
「そもそも王太子の息子に好意を持っているのかね」
皆が私を心配してくれた。
しかし私はその辺はどうでもよかった。王太子の息子さんについてもうろ覚えの記憶しかない(顔くらいは知っているけど、人となりは噂で聞く程度しか知らない)。
私が思っていたのは、とにかく母方の祖母のよどんだ池のような現状に何かしらの変化を与えることだった。
祖母の境遇は……自業自得と言われればその通りなのだが……私には少し納得のいかないものだったから。
ここまでお読みくださいましてありがとうございます。
この女主人公にしてみたら、縁談だって手駒の一つ? 幸せになれなさそうな性格をしていますね。
次話、『公開断罪劇』が始まります!
ざまぁ開始!