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第三話 婚約破棄された悪役令嬢の過去 前編

 祖母は昔を思い出すように遠い目をした。

「私は昔ね、今の国王陛下と婚約していました。自分で言うのもなんですが、敵知らずの評判のお嬢さんでしたよ。でもある日急に国王陛下(当時の王太子様にですね)にしなだれかかったピンクブロンドの男爵令嬢が、私に身に覚えのない言いがかりをつけ始めました」


 私は「なんだかよく聞く婚約破棄話だな」と思った。


 顔に出ていたのだろう、祖母も軽く(うなず)いた。

「ええ、よくある話よ。言いがかりだってとってもくだらないものでした。でも内容がどれだけくだらなくても構わないのです。彼らは何でもよいから理由が欲しかった。二人が愛し合う邪魔者を排除するためのね。その場にいた傍観者たちは皆状況をよく分かっていましたよ。誰もバカじゃないんでね。くだらない理由を滔々(とうとう)と述べる二人を(あき)れ顔で見ていました。ただこのパフォーマンスは重要でした。私と傍観者たちに『王太子殿下は婚約を破棄したい。そしてこのピンクブロンド嬢と結婚したがっている』ということを知らしめるためにね」


 私は先日アンリエッタから聞かされた話をぼんやりと思い出した。


 祖母は続けた。

「どんなに屈辱だったことか。やってられるかと思いました。心変わりした婚約者にも幻滅しました。私はさっさと婚約破棄を受け入れて、世間の好奇の目から逃げるように引きこもりました。10年も婚約していたんですよ。物心つく前から、それこそ人生の半分以上婚約者だったのに、急に『無かったことに』って言うんですからね。つらかったわ。そんなときにね、この蝋燭(ろうそく)を手に入れたんです。私も若かったわ。『あなたの慰めになりますよ』と言われ、深く考えずにもらってしまった。確かに慰めになりましたよ。『いつでも呪えるんだ』と思うだけで心が軽くなる思いがしました。でも心の半分は冷静だったから、使う気がさらさらなかったこともよく覚えている」


 私は『蝋燭(ろうそく)』と聞いてドキッとしたが、祖母が「使う気がさらさらなかった」と言ったので妙にほっとした。


 祖母は続けた。

「そのうちにピンクブロンド嬢はついに王太子殿下(現国王陛下)と結婚するという話になった。その話を聞いたとき、正直いい気持ちはしなかったけど、まあ呪うほどでもなかったわ。本当に二人が好き合っているなら仕方がないじゃない? 失恋なんてものは年がら年中みんながやっていることなんだから、別に私一人特別不幸だってこともないですしね」


 私は祖母が冷静な人で良かったと思った。


 しかし突然祖母は顔を(しか)めて低い声を出した。

「でもねえ。そんなときに急にピンクブロンド嬢が私を訪ねてきたのよ。ピンクブロンド嬢がアポイントメントもなく乗り込んできたと執事から聞かされた時、わざわざ負け犬の顔を見に来るなんてどんな性根の悪い女なのかと嫌な気持ちになったわ。でもそうじゃなかった。ピンクブロンド嬢は見るからに(やつ)狼狽(うろた)えていた。言動も半分正気じゃなかったし。私は呆気(あっけ)にとられたわ。これが私から婚約者を奪い幸せの絶頂にいるはずの女なのかと」


 祖母は続けた。

「私もさすがに動揺したから、一応何があったのか聞いてみたわ。そうしたらねえ、なんと彼女、別の男の子どもを身籠っていると言ったのよ。そして、どうしてよいか分からないから助けてくれと私に言うの。私は(あき)れ返りましたよ。王太子殿下と付き合っていてどうしてそんな状況になるのか分からなかったし、それを相談する相手が私ということにもね。私はこんな女とは関わり合いになんかなりたくない。だから、そういうことはご自身の身内の方と相談なさってくださいとやんわりお伝えしました。でもね、彼女は言うんです、自分の身内は『何食わぬ顔で王太子と結婚し、腹の子はそのまま王太子の子どもにしてしまえ』と言うのだと」


 私も呆気(あっけ)にとられた。

 そしてなんて下品な話なのだろうと思った。忠誠を誓うべき王家がそんな風に(けが)されようとしていることに強い抵抗を感じた。


 祖母は(うなず)いた。

「ええ。王家の血筋を(けが)す大罪を犯すのか、と私は(ただ)しましたよ。王太子殿下のお子でないのなら潔く身を引けと。そして、そもそも二股など言語道断だと強く非難しました。するとピンクブロンド嬢は唇を震わせて押し黙ってしまいました。どれだけ無言の時間に付き合わされたことでしょうか。あの時の空気は今となっても肌で覚えている。去り際にピンクブロンド嬢は一言いいました。『(はか)られたのだ』と。そして、とても分かりやすく彼女はそれから転落の人生を歩んだのです」


 私はすっと背筋を冷たいものが走るのを感じた。『(はか)られた』ですって?

 アンリエッタは言っていた。修道院送りになった女がいることを。


 祖母は淡々と言葉を続けた。

「ピンクブロンド嬢は優柔不断な女でした。そんな状況に陥ったのだからどうすべきか素早く決めなければならないのに、彼女は散々迷いっからかしておきながら、結局自分で何一つ決めないままずるずるしているように見えました。例えばね、さっさと雲隠れすれば今現在こうなるよりはマシな人生が歩めたかもしれない。まあ、『王太子の子にしてしまえ』と言い放つ彼女の親族がそれを許さなかったのかもしれませんが……。とにもかくにも、ピンクブロンド嬢が何も決めない間に時間だけがどんどん過ぎていきました。しかし時間は何も解決しません。やがて彼女のおなかは目立ってくるようになりました。王太子殿下だってお気づきになられます。王太子殿下はピンクブロンド嬢から何も聞かされていなかったので、状況を少し不審に思ったようです。そりゃあそうでしょうよ。ちょっと順番は逆ですけど、ピンクブロンド嬢とは結婚が決まっていたわけですから、おめでただって喜んで報告してしかるべき。しかしピンクブロンド嬢は王太子殿下には何も言わないまま、腹だけがでかくなるんですからね」


 私は王太子殿下(※現国王陛下)の当惑が手に取るように分かった。

 当初の婚約者(私の祖母)を婚約破棄してまで結婚を望んだピンクブロンド嬢が、どうやら妊娠しているようだ。結婚が決まっているこの状況的には自分の子でなければならないはずだが、ピンクブロンド嬢本人は全く浮かない顔をしている。自分に報告もしない。もしかしたら自分の子ではないのかもしれない?

 何というスキャンダルの連続?


 祖母は一息ついてから続けた。

「そして王太子殿下(※現国王陛下)が愛する女の不審な態度を不安に思っているときに、ついにある令嬢、現王妃ですね、が行動に出ました。彼女は涙ながらに王太子殿下に訴えたのです。『もうこれ以上王太子様が騙されているのはお気の毒で見ていられない』と。『王太子様の婚約者(ピンクブロンド嬢)は自分の弟の子どもを身籠っている』『我が弟ながら私にはたいへん許しがたい。弟に代わって謝りたい』『自分の密告で弟や一族は罪に問われるかもしれないけれど、自分は王太子様をお慕いしているから、王太子様が真実を知って不幸を回避できるなら、自分は喜んで一族ともども罰せられて構わない』と」


 祖母のニュアンスから私は何となくピンときた。

 なるほど。現王妃はこうやって仕掛けたのだ。


 祖母も(うなず)いた。

「王太子殿下はピンクブロンド嬢の不貞を知って嘆き悲しみました。薄々勘付いてはいたんでしょうけれど。真実の愛と思っていたものに裏切られたわけですからね。そして同時に現王妃の捨て身の忠告に深く感激したわけです。まさにピンクブロンド嬢に裏切られたところですからね、現王妃のことは、なんて心の清らかないじらしい女がいるものかと胸を打たれたに違いないですよ」


 私もそうだろうと思った。

 そして王太子殿下(※現国王陛下)は現王妃の存在に慰められ、彼女の弟のしでかした罪に彼女が(じゅん)じることを退(しりぞ)け、そのまま彼女と愛をはぐくんだというわけなんだろう。

 大成功だ。


 どこからどこまで計画されていたのかは知らないが。


「それで、ピンクブロンド嬢は?」

と私は聞いた。


 祖母は一瞬狼狽(ろうばい)した。

 が、そこに話がいかないわけがないとすぐに思い直したようだった。

 祖母は気を取り直したように背筋を正した。

「ピンクブロンド嬢はね、(おおやけ)に不貞の罪で裁かれようというときに、もう一度私に泣きついてきました。最後の足掻(あが)きというのでしょうか。……なぜ私だったんでしょうかね。私は心底かかわりあいたくなかったけど、何度追い返してもやってくるのでもう一度だけ話を聞いてやることにしたのです。ああ、聞かなければよかったわ。断固として追い返しておけばよかった。あの女は屋敷に上がり込んで長いこと大声で(わめ)き散らしていました。大半は現王妃の悪口をね。そしてたまに泣き崩れたかと思うと、『自分は襲われたのだ、被害者だ』『腹の子を消す方法はないか』と(ひたい)を地面にこすり付けるのよ。錯乱しているとしか思えなかったわ」

 そこで祖母はいったん口を(つぐ)んだ。


 私はハッとした。

 何か言いにくいことを祖母は言おうとしている。

 微かな緊張が私にも伝わってきた。


 祖母は、また口を開いた。

「私はそのときたぶん相当うんざりしていました。私を失墜させたピンクブロンド嬢が、それよりもさらに腹黒い女だか一族だかに(おとしい)れられている。しかもかなり下品な方法で。そんなに言うのならピンクブロンド嬢の腹の子を消してやろうと思ったわ。何かを変えられる気がしたの。本当にそう思ったのだわ。あのときのざわついた気持ちを今でもまざまざと思いだせる」

 祖母は一瞬目を(つぶ)った。


 そしてもう一度目を開いたときには、祖母の目には奇妙な光が宿っていた。

「私が『腹の子を消してやる』と請け負ったので、ピンクブロンド嬢は自分で言い出しておきながらたいそう驚いていました。そして急に(おび)え始めました。私がピンクブロンド嬢そのものに危害を加えると思ったのでしょうね。……でも、ソフィア。賢いあなたなら分かるでしょう、私が何をしようとしたか」



ここまでお読みくださいまして、どうもありがとうございます!

次話、呪いの蠟燭ろうそくが使われたかどうかが分かります。

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