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第十話 ピンクブロンド嬢の悔恨

 かつてのピンクブロンド嬢だった副修道院長は、ふうっとため息をついた。そして遠い目をした。

「マリーグレース様には多大な迷惑をおかけしましたわ……そもそも私があの方から王太子殿下(先代国王)を奪ったのですもの。なんと浅ましい人間だったことか。あれからの私の人生は、ただ自分の人生を見つめる日々だったと言っても過言ではありますまい」


 それは本当だった。

 かつてのピンクブロンド嬢は、修道院に入れられてから心を入れ替え、徳を積み、地道に活動を重ね、今や副修道院長の立場を得るまでになったのだ。


 私は首を振った。

「副院長様。私はあなたに祖母のことで告白しなければなりません。もし私の祖母が人を呪えたのだとしたら」


「マリーグレース様は決してそのような方ではありません!」

 副修道院長は声を厳しくして断じた。


「いいえ。あなたがお子を失った日、私の祖母と会っていますよね。何か複雑なやり取りがあったと伺いました」


 副修道院長は顔色を変えた。

「それは……確かに私はとんでもないことをマリーグレース様の前で口走りました。でも、それと子を亡くしたことには何も関係がありません。マリーグレース様が私に何かしたというわけではないのです。そりゃ、何となくタイミングは合っていましたが。……え? まさか、……あれが呪いだとでも!?」


「呪いだったんですよ、副院長様……」

 私は悲痛な声で絞り出すように言った。


 副修道院長は頭を抱えてへなへなと座り込んだ。

「呪い? ……いったい何が……いや、どうして……」

 もう言葉になっていない。


「副院長様、すみません、大丈夫ですか」

 私は副修道院長が心配になり、顔を覗き込んだ。


 副修道院長はまだほうけた顔をしていた。

 やがてポツリと独り言のようにしゃべりだした。

「王太子様と結婚するというのに、私のお腹には王太子様とではない子がいた。確かに私は……子がいなくなればいいと言った。そして子がいなくなった。それで、私は何やら自分には大事なものが欠けていたことに気付き……。私は、子のことも、マリーグレース様の前で取り乱したあれこれも、すべて反省した。王宮を去るときに、修道院に入ることを自ら強く望んだ。全て私の浅ましさからきたのですから。そして、ただひたすらに悔い改めようと地道に改心してきたのです。……私は子を殺したのが自分だと思っていた……。まさか、そこにマリーグレース様が関わっていたとは知らなかった」


 私は副修道院長の後に続くように、言ってしまわなければならないことを言った。

「そうですね。祖母のしでかしたことはあまりにも残酷なことでした。しかも、呪いはそれだけではありませんでした」


 副修道院長はぎょっとしたように私を見つめた。

 そして何かピンときたように、唇を震わせた。

「王宮の騒ぎの噂を聞きました。先代国王陛下と元王妃様の子が産まれなかったのは呪いだったと……それももしや」


 私ははっきりと副修道院長に告白した。

「はい。あなた様と、先代国王陛下と元王妃様。祖母はこの3人に、お子が生まれないようにと呪ったのですって。そして、あなたはお子を亡くし、王妃様も何度もお子ができては腹の内で亡くしましたよね」


 副修道院長は絶望的な顔をした。

 しかし、やがて副修道院長は、疑念を振り払うように首を振った。

「呪いなど、マリーグレース様の嘘ですよ。あなたは騙されているのです。あの方がそんな方だとは思えません」


「なぜ皆私の祖母を『そんな人ではない』と言うのです。祖母が人を呪ったというのです。これで」

 私は手に抱えていた箱のふたを開け、『三挺ちょう蝋燭ろうそく』を見せた。

 箱の中には何の変哲もない素朴な蝋燭ろうそくが、三挺ちょう入っているだけだ。


 副修道院長は食い入るように蝋燭ろうそくを見つめた。

「これで、私の子が死んだのですか」


「そうです。これで……」

 私もその人殺しの蝋燭ろうそくを見つめた。


 副修道院長は両手で顔を覆った。

「これで、あの子は……」


「本当はお子を失いたくなかったのですね」

 私はいたわるようにつぶやいた。


「ええ。私がめられて、男に襲われたことは絶望的でした。王太子殿下と結婚する約束になっていたのに、王太子殿下とではない子ができてしまったことが怖くて仕方がなかったのです。親族は王太子の子として産めと言いました。しかし相手がいることだから、必ずばれると思いました。どうしたらよいのか、と悩んで問題を先送りにしている間に、子はすくすくと育っていく……子を産んだことがある女なら、お腹の中の子に愛着がわくのも仕方がないと思ってもらえると思います。例え望まぬ子だとしても。だから、私はさらにどうしたらよいのか分からなくなりました。そんな折に、ある令嬢(元王妃)が王太子殿下に密告しました。私はパニックを起こし……子がいなければこんな悩みも全部なくなると思ったのです。でも間違っていた! 私はただ時を戻したかっただけ。子がいなかった時に戻りたかっただけ。子ができてしまった後となっては、子を殺そうなどとは思っていなかったのです。マリーグレース様の前で半狂乱になってわめき散らした後、本当に子を失って、私がどんなに後悔したか。例え望まぬ子だとしても!」


 私はそっと蝋燭ろうそくを副修道院長の方へ押し出した。

「副院長様。これで祖母を呪ってもいいですよ」


 副修道院長は絶句した。

「……!!!」


 私は言葉を続けた。

「あなたがここまでの地位を固めていらっしゃるのは、相当な後悔と改心があったと思うのです。あなたは祖母から確かに婚約者を奪った人だけれど、その後は大変真面目に生きていらした。あなたは祖母の悪事を知る権利があるし、なんなら祖母を裁く権利もあると思います。どうぞ! あなたの望みのままに」


 しかし、副修道院長は蝋燭ろうそくを突き放した。

「呪おうなどとは思いません!」


 私は狼狽うろたえた。

「副院長様はこのままでよいと仰るのですか?」


 副修道院長は弱った目をしながらも、険しい声で答えた。

「このままでよいとかではないのですが、人生を振り返ったときに、私は後半の半生を、それなりに真面目に生きてきました。それはそれでよかったのです。否定する気にはなれません。私の半生がマリーグレース様に呪われたせいで、過剰に不幸なものになったとまでは思わないのです。私は若い頃、愛に有頂天になり、人を傷つけても愛に純粋になり、やがて一人で抱えきれない問題にぶち当たって、そして子を亡くしたのです。順当と言えば順当ではありませんか? それからはひたすらに自分を見つめて生きてきました。それが呪いのせいだなどと、人のせいにする気はありません」


 私は頭が下がる思いだった。が、申し訳なさは心に残る。

「副院長様がそう仰るならそれでもよいのですが。私は、祖母の罪ははっきりとさせねばならないと思いました」

 それから私はゆっくりと言った。

「私はこの蝋燭ろうそくの処分を祖母に託されているのです。今、こうして修業を積まれ、高名になられた副院長様になら託せると思いました」


 副修道院長は目線を上げた。

「マリーグレース様はこの蝋燭ろうそくの処分については何と?」


「自分が死んだらひつぎに入れろと。くれぐれもおこたるなと」


 副修道院長は大きくうなずいた。

「そうなさいませ。マリーグレース様が全ての呪いを引き受けてくださる」


 私もうなずいた。


 それから私はそっと聞いた。

「祖母を恨みますか」


「いいえ。私はマリーグレース様の幸せを奪った女ですから。ずっとマリーグレース様のことが気にかかっていました。マリーグレース様が結婚なさったこと、その結婚がうまくいかなかったこと、ひっそりと暮らしていらっしゃることを聞いていました。マリーグレース様も罪を悔いて、真面目に生きてきたのではありませんか?」

 副修道院長はそう言い終わってから微笑んだ。


 私はお辞儀をした。

「祖母を許してくれてありがとうございます」


「それはやめてください。私がマリーグレース様を絶望の淵に追いやったのですから」

 副修道院長は顔を歪めた。


「祖母は先代国王様も呪いました……」


 副修道院長は急に俗っぽい顔つきをしてウインクした。

「そのことばかりはね。私も彼のことはね、少々恨むところはありますよ。私の状況はあの方をがっかりさせるものだということは重々承知だったけれど。それでも私を信じてくれたらよかったのに。新しい女ではなくて私を見て、とね。男女間は恨み恨まれでしょうね」


 私はふっと笑った。

 それから言った。

「祖母にあなたのことをお伝えしてもいいかしら」


 副修道院長は一瞬思案したが、諦めたようにため息をついた。

「何とでも言ってください。私がろくでもない人間なのは、まあもう隠しようがないし。何の言い訳もいたしませんから」


「そう仰らなくても」


「いいえ。私が今真面目に生きてきたのは、マリーグレース様のおかげでした。あの方の前に出られる人間になりたいと思って生きてきたんです。こうして過去のことを忘れて、少しだけ人に認められるようになれたのも彼女のおかげです。少しは生きている価値もあったかしら。図々《ずうずう》しいかしらね」


 私は首を振った。

「図々《ずうずう》しくなんかありません、副修道院長様」

 そして私は蝋燭ろうそくを抱えなおした。


 副修道院長は目を細めた。

 そして言った。

蝋燭ろうそくはくれぐれもマリーグレース様のご指示に従いますよう……余計な問題を引き起こしかねません」


「はい。必ず」

 私は確かに請け負った。


 私が副修道院長と別れ、修道院を出るまで、副修道院長は優しい笑顔で私を見送ってくれた。

 ピンクブロンド嬢のたたずまいは、もうすっかり修道女そのものだった。

こちらで完結いたしました。

最後までお読みくださいまして、どうもありがとうございました。


作者自身が人を呪うことに抵抗があったのでこういうお話になりましたが、『ざまぁ』でこんな呪いはありでしょうか。



こちらのお話、もし少しでも面白いと思ってくださいましたら、

下のご評価欄☆☆☆☆☆や感想などいただけますと、今後の励みになります。

すみませんが、よろしくお願いいたします。

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