シルルに危機が迫る! 知らんがな!
「この、バカ猫があああああああぁ!!」
いきなりの私の大声に戸惑うのではなかろうか? 理由はあるのですが。
「そんなこと言われてもにゃ――!!」
「走れ! 走れ!!」
現在の我々は死の淵に立つ逃亡者。とはいえ逃亡者という表現は少し違うかもしれない。只今、討伐依頼の害獣を駆除に来ているわけだが、何故か逃げるはめに陥っているのが現状だ。
討伐対象:『陸地生息型害獣類竜目ムドアリ種のムドアドラゴン』
翼は退化し茶色い硬い皮膚が特徴の飛べない大きな後ろ足でニワトリのように走る生物だ。外見はドラゴンとまったく変わらなく、大きさも他の大型動物よりも比較にならない。上半身に小さく退化した翼と融合した前足をもち、強靭な顎で岩も砕く。
「来たにゃー!!」
シルルは平野部を冷や汗を撒き散らしながら疾走する様子。ドラゴンにとってご飯という位置づけなのだろう。私はなんとか逃げ切ることが出来たが、アレを討伐しなければならないのかと思うと五体当地を模した倒れ方をしたい心境だ。
「ずるいにゃ! なんでウチだけが狙われてるにゃ!?」
「知らないわよ。あんたがおいしいご飯に見えるんじゃないの? ほら、相手も唾液を撒き散らしてるし、やったねドラゴンさん、今日はおいしい獲物を食べられるよ!」
「そんな悪ふざけはやめるにゃあああああぁ!! 早く助けるにゃあああああぁ!!」
「知らんがな、自業自得だろ?」
ことの成り行きはこうだ。
朝早くシルルを連れて、組合に顔を出したところ、私はカウンターで受付嬢と話をしていた最中、シルルは掲示板から一枚の紙切れをはがし、私の隣に立つと、はがした紙を受付嬢に見せ付ける。
「これがいいにゃ!」
元気のいいのは良い事だ。だが、受付嬢の顔色が悪いぞ? 何をもってきたんだ?
「どうかしたの?」
「いえ……お連れの方が持ってこられた依頼書は……」
はて? そんなに顔色を悪くするような内容なのだろうか? なになに……内容を確認して私は吹いた。
「ブッ!! お前はバカか!? ドラゴンの討伐じゃねぇーか!!」
「でも、金貨12枚にゃ。旨い案件にゃ」
「いや……下手したら死ぬぞ?」
「あの、メイサ様……一応ですがメイサ様の特例中級冒険者なら受けられますが……そちらのお連れ様は外級冒険者になりますので、難しいかと……」
(だよね、そうだよね?)
「だめかにゃ? メイサは受けれるのかにゃ?」
清ました表情で尋ねているが、お前は外級冒険者だ。受けられるわけないだろう。そして、私を巻き込むな!
「駄目では御座いませんが、メイサ様がお受けするのでしたら問題はありません」
うんうん、駄目では……うぉーい!? その流れになるの!?
「ならメイサ受けるにゃ、補助はウチがやるにゃ」
これほど心配事が噴出するほどにたよりなぁーい言葉は初めてだ! あんたのバカ具合には加減はないの!?
「なんで、コレを持ってきたのよ?」
「お金は欲しいにゃ」
「それはわかるけど、無理をしてまでして死んでしまったら意味がないでしょ?」
「そうにゃんだけども……ご主人がにゃ……」
「シャレル様がどうかされたの?」
「昨日の買い物で、人形を物欲しげに見てたにゃ……ウチはお金を持ってないし……」
うーん、姫様の事を思ってか……バカ猫にしては気が利いている。人形かぁ、そういうのが欲しがるお年なのかもしれない。下着も真剣に選んでたし、女の子としての自我が芽生えるのも頷ける。
「わかったわ、この依頼を受けるけど、ちゃんと補助をするのよ!」
「了解にゃ! ウチに任せるにゃぁ!!」
と、今朝方は威勢がよかったのだがな。今は捕食される寸前だ。何か策はあるだろうか?
ドスンドスンと音を響かせながらシルルを狙うムドアドラゴン。「ぎにゃー」と叫びながら逃げまわる姿のシルルだがいきなりピタリと足を止める。
その急変した態度にムドアドラゴンは襲うのを止め、首をかしげる様子でシルルを見詰める。
「助けてくれないにゃら、もういいにゃ!!」
「何をする気なの?」
「ウチの特殊技能を披露するのにゃ! いくにゃー!!」
お茶を啜るように眺める私の前でシルルは腰を落とし、大地を踏みしめ、武道家のごとくかまえ、緩んだ表情をキリリと引き締める。何が始まるのか期待はしてみた。
「マカリ流格闘術『百華拳』をとくと味わうにゃ!!」
「ほぅ」
シュバババババと両手の拳をムドアドラゴンに向ける。まさにネコパンチ状態だ。
「どうにゃ! この見えぬ拳!!」
うむ! 私の肉眼でもはっきり見えるな!
「華が散るような血しぶきが!!」
なんと! 厚い皮膚に弾かれる見事な空振り! その飛び散る血はお前の拳が悲鳴を上げて耐えられなくて、皮膚がめくれて飛び散る自分の血だな!!
「あにゃぁ!」
ズドンッ!!
シルルは渾身の力を込めて放ったのだろう。放った拳はドラゴンの皮膚にちょつぴりめり込む。
「決まったにゃ……フッ」
だが、キメ顔で最後の突きを当てたのはいいが、私には何も効いていない紳士的に待ってくれているムドアドラゴンに共感するよ。こいつなにしてんだってな。
フンスッと鼻息が届く位置まで顔を近づける相手に、目を閉じた状態でいまだにキメ顔しているお前の寿命はあと何秒ほどだろうか?
相手と目が合ったのか「効いてないにゃ!?」とシルルは驚いたが、私は素知らぬふりをして目線をあさっての方向に向ける。
「ぎぃぃにゃぁぁぁぁ!」
またしても叫び声をあげて走り出したシルル。遠くから傍観している立場の私から言える事は唯一つだ!
「おー、走ってる、走ってる」
「メイサ! 助けるにゃ!!」
「指名料は高いですよ?」
「なんでもいいにゃ!! よし、分かったにゃ! ウチは隣のベッドで寝るにゃ、それでどうかにゃ!?」
「ほう、取引ですか……その言葉、忘れないで下さいよ!!」
シルルから降伏したか、私としてはいい取引だ。私の癒しの場所を奪うからこうなるのだと学習して欲しい。
さて、助けに行きますか!! ここで死なれては寝覚めも悪い。それに姫様の涙は見たくはないのでな!!
私は無詠唱で火球のつぶてを数発飛ばし、ドラゴンの体に当てると、ドラゴンの敵意は私に向けられる。うむ、想定内だ。
「メイサ!?」
「下がってください! 今から特大の魔法を打ち放ちます!」
「わかったにゃ! メイサは大丈夫なのかにゃ!?」
「心配してくださって感謝します。ではいきましょうか!! 『我望む、その力。炎獄の王、アバトス公の命により、火の精を使役する』……ふぅ」
私の周りは煌々と赤く光る粒子が地上から沸き立ち、空へと昇る。右手に意識を集中し、詠唱を続ける。その間にもドラゴンは私に向かって走ってくる。
「『使役される事を幸福に思え、汝らの力は我に属し、公の命に従え』……さてと」
「すごいにゃ……無詠唱も凄いにゃけど、詠唱魔法はけたが違う力がするにゃ!?」
「いきますよー!!『アバナーズドライド!!』」
ドラゴンに向けられた私の右手から放たれる煮えるように燃える炎の塊が放射され、ドラゴンは頭から炎に包まれ、火炎放射の道筋には皮膚はただれ、白目を向いてドォンと横から倒れる巨体。
「こんなもんでしょ、久々にアバドス伯父さんの名前を口に出した気がする。元気かなぁ」
「凄いにゃ、凄いにゃ!! メイサは火のアバ系が使えるのかにゃ?」
「え? 全部の属性は使えますよ?」
そりゃそうだ、魔法は悪魔に使役されている精霊の力を借りる。人間が神と崇める悪魔族に語り掛け、精霊の力を借りるのだから。こんな話をすると気になってしまうでしょうけれど、長くなるのでゆっくりいきましょう。
「全部にゃ!? そんなの国家魔法騎士でも無理にゃ!? メイサは悪魔族なのは知ってるけども、何者なのにゃ?」
「今はその話はよしましょう。それよりも討伐完了です。よろしいですね?」
「これでご主人にお土産が買えるにゃ!」
「では、お土産を買って、今日は豪勢にいきましょう」
「それで決まりにゃ!」