え、私の常識低すぎ 下着とは?
さてさて、今日も青海とした透き通る蒼い空。疲れも吹き飛ぶというものです。
が……。
私と姫様が一緒に寝ているベッドに、私を不快にさせる影がひとつ――。それはシャムシェという猫女の姿だ。
ひょんな事から姫様の下僕となったのだが……それはいい。私を不快にさせる理由はただひとつだ。抱き枕のように姫様に密着し、喉をゴロゴロと鳴らしている姿だ。解せぬ……殺すか?
そんな私は少々荒く、爆睡しているシルルの頭部をペシンと平手打った。
「いい加減に起きなさい」
「……なんにゃ?」
ゆっくりと上半身を起こし、寝ぼけ眼をこする。そして、『くぁー』と長いあくびを見せ付けると、私が視界に入ったのか、右手を挙げる。
「おはようにゃ」
「おはようにゃ、じゃねぇ! あなたのベッドは隣でしょ!? なんで一緒にいるの!?」
「それはご主人と一緒に寝るためにゃ。なにか問題あるのかにゃ?」
「あるに決まってんでしょ! 夜中に何度もベッドから蹴り落とされるわで大変よ!」
「だったらお前があっちで寝ればいいにゃ」
「なっなんでよっ!?」
「駄目かにゃ? 理解の出来ないことを言う奴にゃ。こっちが駄目ならば、隣で寝ればいいにゃ、違うかにゃ?」
「うッ……」
このバカ猫……バカじゃない!?。
「お前、一瞬だけウチをすごいバカ扱いしなかったかにゃ?」
ちっ、カンも鋭いのか。下手に出ると姫様からの私への印象が悪くなる可能性も否定できない……。一歩下がるのが無難か。
「分かりました。今日からは私は別で寝ます」
「じゃぁ、今日からはウチはシャレルと一緒に寝るにゃ」
と、シルルは満面な笑みを私に向ける。お分かりいただけるだろうか? この嫉妬の執念に燃える女の醜さが。って私かい!
吐いた言葉は飲み込むしかない……うおぉぉぉぉぉぉぉ!! 姫様が寝取られた(違うけど)ではないか!! 私の疲労回復となる癒しの時間があぁぁぁぁ!! 場所がぁぁぁぁぁ!!
一見は平静を装ってはいるが、内心は溢れる血の涙と、怒り狂う感情。今なら街を一つは破壊できそうだ。
狂気を抑えつつ「シャレル様を起こして頂戴」とそっけなく言う。
「わかったにゃ」
くそぉう! こんな時だけいい顔しやがって!! なんでこんな事になったんだ!! あたしゃ生きる糧を失ったよ。うん、精神も老化するわ。まぁ、人間でいうならババアみたいなものですが。
「シャレル、シャレル」
シルルは姫様を何度も軽く揺さぶり、姫様の瞼が開く。
「ん……シルル? メイサは?」
「ここに」
(はぁ……寝起きも可愛いなぁ……)
軽く吐息が出てしまう。でも、今後は一緒に寝れない事を考えると……っ!? メイサ悲しい! キモイと?
「メイサッ!!」
姫様は何故か私に飛びついてきた。よく見ると、目じりには微かに涙の雫がたまっている。はて? 何か怖い夢でも見たのでしょうか? すると姫様は――。
「メイサはどこにもいっちゃやだ!!」
と、大声を張り上げ、私の腰に伸びた腕は徐々に力強くなり、姫様は腹部に頭を何度もこすり付ける。
「私はどこにも行きませんよ。私は一生涯に姫様のお傍を離れる事はございません。どうか安心して、その愛らしい顔を私にお向けください」
「……本当? どこにも行かない?」
「えぇ、どこにも」
母親の代わりとまではいかないが、やさしい温もりの伝わるようにニコリと微笑み、姫様は私の表情を汲み取り安心したのか、憂いていた顔は緩やかないつもの明るい表情を取り戻していった。
「えへへ、メイサ大好き!!」
「みせつけるにゃ」
はーっはっはっは!! 見たか! これが愛の力よ!! 姫様と私との間をつなぐ絆はそうそうは壊せないのだよ!! 揺るぎはしないこの……もう止めておけと? そんなのいけずぅ。可愛くないと?
「さて、落ち着いたところで、朝食にしましょう。お腹の虫もご立腹でございましょうし」
「うん、食べる!」
「ご飯かにゃ!? ウチはお腹ペコペコにゃ」
(部外者に食わせるメシはないのだがな)
私は厨房から朝食を拝借すると、二階の部屋に持ち込んだ。食事をテーブルに並べると姫様は目を輝かせていたが、約一名だけ不満を表情を見せる。
「これだけかにゃ?」
「不満があるなら食べなくてもいいのですよ?」
「シルル、食べないの?」
「食べないとは言ってないにゃ。ただにゃ、少しすくないから不満があるにゃ」
「はいはい、不満があるなら買い物の時に屋台で買ってあげますから、今はこれで辛抱してくださいな」
「むぅ……仕方がないにゃ」
仕方がないのはお前だバカ猫。口にはだしませんけどね。寝起きの事といい、ベッドの事と――くぅ、悔しい!
食卓となったテーブルにはかぼちゃのスープに編みかごに入ったいくらかの焼きたてのパン。大食な方には確かに不満のある食事でしょうね。昔は朝からフルコースなメニューだったのに……。それでも姫様は文句を言うどころか、食事に感謝しつつパンをスープに浸し、おいしそうに食べている。一方でバカ猫は――シルルと訂正しよう。シルルはスープを一口で丸呑みし、パンを両手にとってむさぼる。こんなに差があるもんかね?
「それでメイサ、今日はお仕事?」
「いえいえ、今日は昨日買い損ねた服とシルルの武器になるようなものを探しに行こうかと思います」
「服ッ!? 服みたい!」
「そうくると思いまして、下調べを行っていたのですが……」
「なにか困ったことがあるの?」
「いえ、困ったというべきかどうかは知りませんが、『下着』というものを買いに――」
私の発言がおかしかったシルルは口に含んだパンのつぶてを私の顔に噴射する。
「……お前」
「ゲホッゲホッ、お前達は下着もしらないのかにゃ!?」
「その前に謝罪を要求しますが?」
布で顔を拭きながら、少々怒りが込み上げていたが、シルルは『下着』というものについては知っている事でその場を流しはした。
「下着とは何ですか?」
「下着は下着にゃ。それ以外に何があるにゃ? もしかして穿いていないのかにゃ!?」
「穿く? ふむ、身に着ける物なのですね」
「シャレルは下着を穿いてるにゃ」
「えっ? どこに?」
「それそれ、それにゃ」
シルルが指を挿して示す先に見られたのは姫様のドロワーズ。このドロワが下着というものなのか……うぅん?
「私もドロワを穿けというのですか? かまわないですが変じゃないでしょうか?」
「いにゃ、お前がドロワを穿く……お前はパンツを穿いてないのかにゃ!?」
「ぱんつ? 聞かない言葉ですね」
「パンツはこういうのにゃ!」
するとシルルは席を立ち、シャツを捲し上げて、股間部にピタリと吸い付く白い布切れを指差した。
「ほう、それがパンツ」
「なんでシャレルは穿いてて、お前は穿いてないにゃ?」
「ん? 変な質問をしますね。姫様は単にドロワを穿いているだけで下着というものでは……?」
ますます分からなくなってきたぞ? 文化の違いがあるというのか? 姫様のドロワは服の一部という考えが違うのかという結論だ。
「お前、それでよく人間の傍で生活しているのかなにゃ? 逆に尊敬するにゃ」
「陰部を隠す布だという事は理解しました。それで必要性はいかほどかとかと言う事」
「羞恥心はないのかにゃ? それに全裸で外を歩いているようなもんにゃ。下手をすれば衛兵に捕まるにゃ」
「なんと!? 私は犯罪を犯していたというのですか!? 人間社会も難しいものですね」
「いにゃ、お前の一般常識が欠如していることが問題にゃ、頭が痛くなってくるにゃ」
「仕方がないでしょう、人間の異文化が伝わるのは50年単位で違うのですから」
「確かに50年以上前はパンツというか下着の文化はなかったに等しいからにゃ」
疑問が残るが、今の私は衛兵にしょっ引かれるほどの危険分子。それは是正せねば人間社会で生活する事は難しい。ここはシルルに頭を下げて教えてもらうしかない。ちょっと不満だけど……。