暴走!? 負けないでください!
ビキッという微かに聞こえる肉体強化での筋肉が引き締まる強化される音。私に殺意を向けカルメラちゃんは右手を広げて、こちらに向ける。
意識はない……どうするか……カルメラちゃんは魔法を撃つ準備をしている。対処は容易いが、早く意識を戻さないと自我の崩壊を起こす。
「敵……」
どのように私が意識に刷り込まれているのでしょうね。過去の記憶もフラッシュバックしているはず。その中で見える『敵』とは何を指すのでしょうか?
身を乗り出し、前傾姿勢で跳んでくる。間合いの詰めは一瞬。すかさずカルメラちゃんは高速で口元を動かし右手を光らせる。
「あkてないzぽしね」
詞になっていませんが、精霊は感知している様子。魔法の発動条件はクリアされているという証拠か。
私は突進してくる彼女が何を考察し、どのような一手を加えてくるかに興味があった。
なるほど、既に詠唱は省けるようになっているということか。ならばあの早口の詞もただの飾り。相当の練習を重ねて、身体と意識に刻まれているのですね。
光を爆発させる。それは閃光弾のような目くらましし。しかし、 発動する寸前に残像を残し、右から回り込むようにカルメラちゃんの後方に移動する。
だが、カルメラちゃんも冷静だ。目の前に現れた瞬間に肉体の活性化を止めている。おそらく跳躍した時に停止させたのだろう。意識がなくとも本能で理解している。なるほど睡眠学習の中にいるのですね。
カルメラちゃんは残像だと気が付くのにそれほどの時間は要さなかった。魔法を放つ前に気が付いたのでしょう。なぜにこんなにも冷静に分析しているかって? そりゃレイニス先輩と戦った時の高速戦では考えるなどという刹那のひと時でさえもらえない状況下でしたから。
「ん?」
一瞬でカルメラちゃんは後方に回った私の傍に移動する、傾かせた身体を私の目の前に持ってくる。
残像が重なり幾つもの拳が飛んでくる。格闘態勢に移行したというわけだ。
残念です。そんな強化されても軽い拳の連打は私には効かない。
はたから見れば、魔法使いとは思えない肉体派へと変貌し、さながら熟練の格闘家バリの高速連打を繰り出す。
それでも、私は冷静に幾つもの小さな拳を手のひらに軽く収める。焦る必要はない。
連打が終わると、空中での待機時間は終わり、地面に着地し、手のひらを輝かせる。
ズドッと氷の刃を四方に展開させる。普通の人間ならこの時点で氷の刃に串刺しだろう。南無南無……。私ですか? すでに跳んで上空に逃げてますよっと思ってましたが。
空中にいる私の目の前に地上に残像を残しながらカルメラちゃんが現れたと思うと、手刀での風斬り刀を向けてくる。
だが、風魔法は私の十八番。効くわけはありません。指先でピンッと弾き、相殺する。
頭上に風の障壁を作り、私は降下した。しかし、カルメラちゃんは自由落下中。空中での身の動かし方を知らないと見える。
さて、降りてくるまでは少しは考える時間がありますね。
カルメラちゃんは多重魔法を会得していない、今までのはただの連続魔法。だが、肉体の強化を要所で最小限に止め、威力も低く魔力を抑えて使っている。これがカルメラちゃんの戦法。なるほど、なるほど。無意識と思われている中でもちゃんとした意識は機能している。ただいまは、感情がない状態。
本当に末恐ろしい子ですね……。
スッとようやく地上に降り立ったカルメラちゃんは攻撃することもなく突っ立った状態で涙を流す。しかし表情筋の動かない人形のような固まったもの。
「し、師匠……助けて……」
「なるほど」
ここで情にかまけるほど私は甘くはない。いかにそれが可愛い弟子であろうとも。
「助かりたくば自分で心理のパズルを完成させてください」
助言はそれだけだった。
この言葉にピクリと眉が動く、そしてカルメラちゃんは右手をまたしても私に向ける。
「さあ、今なら無防備な私を攻撃するのは容易いでしょう。どうします?」
「う……うぅ……」
無表情の顔が歪み、歯を食いしばり歯ぎしりで自分の感情を取り戻そうと葛藤するカルメラちゃん。
「さあ! 風穴を私の腹に開けられますよ」
魔法を撃とうとする右手を違う意識が介入したのか、左手が右手首を掴み、頭上へと向ける。
「あああああああああああああ!!」
と、叫び声を挙げて、カルメラちゃんは空に向けて火球を撃ち放った。意識が戻った証拠とも言えるだろう。
静かに見つめる私にカルメラちゃんは「師匠……ただいまもどり……ました」と言い、糸が切れた操り人形のように地面に崩れ落ちる。
彼女は勝ち取った。自分の意識を制御し、脳が暴走するのを押さえつけ、自分の力として吸収してしまう。
私は、カルメラちゃんを抱き上げ、笑みをこぼし笑った。
「おかえりなさい」