修行ですか? スペシャルで!
私は昨日の出来事をベッドの上で悶々としながら思い返し、フヒヒと不敵な笑みを浮かべながら妄想にふけっていた。
姫様やカルメラちゃんの水着姿に脳に強烈な電流が今でも走る。これはしばらくの栄養が補給されたと言っても過言ではない。
まあ、妄想もはかどるが、ベッドには私を挟み込むように、姫様とカルメラちゃんはピタリと両脇に引っ付いている……これは悪戯のチャンスかなどとニヤニヤが止まらない。
だが、その他に私を悩ませる先輩の態度があった。私の考えは大公に造反する行為であるという事。それは裏を返せば、千年戦争といわれる歴史に他の悪魔には知られたくはない事実があるということ――。
そんな時、私の腹部に小さな手が回り込む。それは寝ぼけた様子の姫様だった。
「メイサぁ……」
と、呟く。
それは襲ってもいいという合図でしょうか? いえいえ、そんなことを(どんなこと?)をすれば変態扱いは免れないでしょう。ここは我慢、我慢。
天井に視点をうつし、魔界にいられるのもあと少しくらいでしょうと、考えていた。
しばしの悦楽に浸った後に、私は朝食の時間だという事に気が付くと、タイミングよくメイドがドアをノックする。
「お嬢様、ご朝食をお持ちいたしました」
「あ、これはすみません」
私の返答に姫様やカルメラちゃんが同時に目を覚ます。ボケっとした様子で二人は周りを確認すると同時に大きなあくびと、背伸びをする。
「ささ、お二人とも朝食ですよ」
「むにゃ? ごはん?」
「もうそんな時間なのですか……ふぁぁ」
「ははっ、二人ともまだ眠たい様子ですね。ですが、朝食はしっかりとりましょう」
私はメイドを室内に呼び込み、テーブルに朝食を並べてもらう。そんな中に私は不自然さを感じた。それはシルルの様子だ。ご飯が着たのならば、真っ先に飛びつくはずだが……と身構えるも、けたたましい様子はうかがえない。
(はて? シルルはいないのか?)
などと思考し、辺りを見回すと、部屋の片隅でうずくまる暗い表情のシルル。
「シルル朝食ですよ? 食べないのですか?」
そう問いかけると、「食べるにゃ……」と元気のない声と思いつめた表情で椅子に座る。なんか様子が変だ。鼓舞してやろうかと思ったが、今はやめておこう。理由も分からず何かを問いかけるのは地雷を踏む可能性がある。
姫様とカルメラちゃんは濡れたタオルで顔をふき、朝食を目の前に喜んだ。
「美味しそうですね」
「パン、パン」
私としてはいたって普通の食事なのですが、いや、本当に普通なのだ。ポタージュスープに籠に盛られたパンの山。サラダに鴨のスモーク。二人は笑顔で美味しそうに朝食を食べてはいたが、シルルは食べるどころか、座ったままでうつむいた表情を見せる。
大体の察しはつくのですが。それは昨日の海水浴での出来事。
シルルは果敢なのか無謀なのかバカなのか分からないが、レイニス先輩を挑発し、手を出した。しかし、流石は第1階級の魔界最強の悪魔、容姿は少女でも中身は大物悪魔。その実力は魔界で一位の座に鎮座するほどのものだ。
勝負は一瞬。先輩にシルルの拳が届く寸前に、先輩のハエを払うような手つきから繰り出される風圧に吹き飛ばされ、砂浜を何度も身体を回転させ豪快な着地を何度も見せ、最後には火山が噴火したような爆発したハードライディングを決める。
簡単に説明すれば、そういう事情が絡んでいるという事であるのだろう。
やれやれと思う中でシルルは私に顔を向けてくる。
「メイサ、お前は強いのかにゃ?」
「藪から棒になんですか?」
「ウチを鍛えて欲しいにゃ!」
「えぇ……面倒ですね。強くなる必要があるのですか?」
「あのロリババァに……」
「リベンジなんて考えない方がいいですよ? あれでも魔界最強なのですから。いくら修行しても勝てません」
「勝とうとは思わないにゃ、ただ……ウチが弱すぎるにゃ」
「自覚はあるのですね。ふむ……で、指南をですか?」
すると話を聞いていたカルメラちゃんは猫と同じように「師匠、私も強くなりたいです」と言い始める。
面倒な事に巻き込まれるのは慣れてはいるが、二人は真剣な眼差しで私を直視する。これは逃げられませんね。
「分かりました。シルルには格闘術を、カルメラちゃんには魔法を教えましょう」
「本当かにゃ!?」
「やたっ!」
「ですが、一つ注意事項があります。皆さんは魔界に来てから十日以上経過しているという事です」
「なにか問題があるのかにゃ?」
「長期間滞在すると、肉体と精神が魔界の空気に汚染され、人間界、つまりは自然界には帰る事が出来なくなります」
「つまりは……なんにゃ?」
「魂が耐えられずに崩壊し、死に至るという事です」
残酷なようだがこれ以上の滞在は姫様たちの命が危ない。
「なるほど……高次元には耐えられない……そういう事ですね?」
「正解です。自然界から無理に連れてきていますから……リミットとしてはあと十日が限界でしょう」
「その十日で強くなるにゃ!」
「簡単に言いますが……ふむ、覚悟があるならば、スペシャルな特訓でもしましょうか」
「スペシャルですか?」
ゴクリと喉を鳴らすカルメラちゃん。目を輝かせる野生児――。
さて、どうしたものかと考えるが……私の理論を学ばせた方がお得でしょう。時間もありませんし。
「では、お二人は後ほど私と一緒に付いてきてください」
「わかったにゃ!」
「はい!」
十日で強くなるという事はそれなりの覚悟が必要なのだが……と、悩んでいると姫様がキラキラと目を輝かせてこちらをみている。
「メイサ、わたしは?」
「だめです、だめです、だめです!」
「ぷぅー、わたしも強くなるの!」
「姫様、可愛いと強いはどっちがよろしいですか?」
「かわいいが好き」
「では見学で」
「みてるだけ?」
「あ、メイドのエリッサに裁縫を教えて頂きましょう」
「それは面白いの?」
「可愛いが強くなります」
「強くなるの!? うん、する!」
よし、なんとか誤魔化せた。後はどのようなメニューでいきましょうか……。