列車です! こいつぁたまらん。
現在、私達は先輩に連れられて『駅』という場所にきている。
ふむ、見慣れないものばかりですね。これが魔界でも発展している街の情景ですか。周りには手荷物を持つ人間に化けた悪魔達が何かを待っている様子。
「先輩、ここは?」
「ここは列車の停まる駅じゃ。メイドーサは初めてか?」
「は、はぁ……何もかもが初めてで混乱しているのが感想と言えます」
「まっ、そうじゃろうな」
「で、ここには何が?」
「そう慌てるでない、もうしばらくもすれば列車がくるじゃろうて」
「れっしゃ……その単語ひとつでも不明ですね」
『れっしゃ』この言葉に私は混乱する。何がこれから起こるのか検討もつかない。いまはただ待つのみか……。
「メイサ、ここはなんなの?」
「えーっとですね……申し訳ありません。私では返答できうる事ではないので正確な事を教えるのは困難かと」
「ふーん、カルメラは知ってる?」
「わ、私!? 知らないわよ! 師匠が知らない事を私が知っているとでも?」
「むぅ……」
頬を膨らませる姫様の横で、自らを指さし、猛烈なアピールをするシルル。だが、お前も知らないだろうが。なぜに自信ありげに自分を推すのか?
「お、きたぞ」
先輩の一言に我々は先輩の目線の先を見る。
白い煙を頭頂部から吐き出し、円形の黒光りする鉄の塊がシュシュ、と音をたてながら駅の中に進入する。
一同は言葉を失い、列車の車体を眺め、言葉一つも出なかった。これが、蒸気機関の産物なのか?
シューと、音を立てて速度を落とし、ゆっくりとした動作で目の前に現れる。圧巻とはこのことだろうか。
「これがれっしゃ……」
「そうじゃぞ、蒸気機関車じゃ」
「なんか噛みそうな名称ですね。それにしてもこんなにも発展しているとは……」
(これが1000年以上も前の人間の文明……だが、この蒸気機関が人間を滅ぼしかけた理由ではないというが……一体何がその要因を作り出したのか?
「さて、一等客車にでもいくかの」
先輩の言葉に誘導され、私達は先輩の後ろを着いていった。木材と鉄の合わさった外観、これが客車というものか。
先頭から離れた位置に停まる客車に私達は乗り込むと、広々とした内部に口をポカンと開ける。
「な、なんですかここは?」
「一等客車じゃ、他の客はこの車両には乗り込んではこん。貸し切りというわけじゃ」
「え? お金は?」
すると、先輩は例のカードを取り出し、にやりと笑う。やっぱり持ってたんかい!
「わはは、これでも6大貴族よ。権力は有効に使わねばな?」
「露骨にひけらかすものではないと思いますけど?」
「お前は昔から自重しがちじゃのぅ。貴族の生まれがそんなに嫌か?」
「そうですね、あまり関心はありません」
「じゃから、卒業後は自然界に降り立って、魔王の側近として就職したのじゃな?」
「半分は家出ともいいますけど」
「メイサ―!」
突然の姫様の叫ぶ声に反応すると、そこには客車の椅子で跳ね飛ぶ嬉しそうな姫様の姿が。
「あ、フカフカしてます」
「こりゃいいにゃ」
カルメラちゃんはおしとやかにちょこんと座り、窓から外の様子を見る。猫はドカンと座り、足を交差させ、両腕を限界まで伸ばしガラの悪い様子をみせる。
「お前はどこぞの不良か?」
「にゃー、独り占めするにゃらこれくらいは許されるにゃ」
何を基準に? と突っ込みたいが止めておこう。そして、大きな音を鳴らし、汽車は動き始める。私も座席につき、気を落ち着かせると、先輩が真横に座る。
「先輩、席はいっぱいありますよ?」
「よいではないか、これでも倶楽部の会長。メイドーサを独占するのも権利じゃろ?」
「そのような権利ははく奪いたします」
「そういうな、我とて気を利かせてやっておるのじゃぞ?」
「ほほぅ……それは私の疑問に答えてくれることが前提として認識してもよろしいのですか?」
「まっ、そうなるの」
列車は走りだし、姫様やカルメラちゃんは流れる景色にはしゃいでいる。シルルは気分がいいのか鼻歌を歌いながらリズムにのって首を左右に揺らす。
そんな中で、私は先輩が隣に座った意味を知る。いまの状況ならば、誰も気付くことはない。絶好の機会を作ってくれたというわけだ。
「先輩」
「なんじゃ?」
「魔物は本当に人間に滅ぼされたのですか?」
この発言に、ニコリとしていた先輩から笑顔が消え去る。
「その話、閣下の意志に背く意味を持つが、メイドーサにその覚悟はあるのかの?」
「覚悟はありませんよ。ただの私個人の考えた結論といったところです」
「ふむ……お前の直感は鋭すぎる。ルトバルルも困っておる。切れすぎる短刀はすぐに錆びるぞ?」
「それは私が墓穴を掘ることが前提での例えでしょうか?」
「困った奴じゃの。お前は何をもって閣下に異議を唱える? いや……メイドーサだからこそ許される発言か」
疑問の残る返答ですね……6大貴族は仲が悪いわけではない。むしろ、ベルトトス大公から魔界を託された大悪魔。大公の意志をそのまま受けつぐことは大儀と等しい。
「私には許されるとは、私は6大貴族の大悪魔の部類には属さないという結論にもなりますが? それに、先輩は『還られたことを』と何かを労うようにも感じました」
「お前の出生には秘密があるとだけ言っておこう。それ以上は我も閣下に叱られてしまうのでな。濁してばかりでは大人として……いや大悪魔としては不甲斐ないと思うじゃろう」
「いえ、レペルを瞬殺したと聞かされた事で、私の立ち位置は魔界でもブレた存在として認識していますから」
「やれやれ、この旅行が終われば、自然界に戻って人間の素行を観察するのじゃろう?」
「理解があって助かります」
しばしの沈黙の中で考える。私はこれからの人間がどのように動くのかに興味があったからだ。時代を巻き戻された世界の真意。それは私の気持ちを高ぶらせるには十分な情報。
「のぅ、メイドーサ」
「なんでしょう?」
「たまには我も自然界に遊びに行ってもいいかの?」
「それは私の承諾が必要な事でしょうか? 6大貴族の当主が平民にも近い小娘に言う台詞ではないと思います」
「いや、突然じゃとお前の機嫌を損ねるかもと……」
「嫌いになるということはありません。私は先輩が小さい頃から遊んでくれていた姉のような存在です」
「そうか……姉のような存在か。その言葉を聞けて嬉しいと思うのは歳のせいかの?」
「困ったら助けて頂けるとなお嬉しいですが」
「それはルトバルルや他の貴族との相談の上でじゃ。なんでもかんでもとはいかん」
「ちょっと欲を出してみただけです」
「なんじゃ、面倒な奴じゃのぅ」
これから起こること、この旅行が終われば、また自然界へ戻る……ですが、それはわかっていたこと。落ち込むことはありません。
そんな考えに浸っていると、姫様の大きな声で現実に引き戻される。
「うわぁ、海だ!」
「綺麗な景色。なんだが優雅ですね」
「でっけぇ、池にゃ」
猫は海を知らないのか? というより海かぁ……昔は家族でプライベートビーチで遊んだなぁ。意外にも姉と遊んでいた記憶もある。あの頃の姉さんっておしとやかだった記憶が――。
ん? 私は海と聞いて、思い出にふけっていたが、先輩を見ると不敵な笑みを浮かべてこちらに眼光を光らせる。
「メイドーサ、海じゃ」
「海ですね」
「なんじゃ、乗り気じゃないのぅ」
「いや、海ってだけじゃ……うぅん?」
私の時は一瞬止まる。そう、頭の中では重大な事項が記される。そこから導き出られる答えにバッとにやける先輩をみた。
「み、水着!?」
「我が何も用意をしていないと思ったか?」
「先輩、まさか……」
「ヘナティア公にはプライベートビーチの手配と使用人をいくらか貸すように言っておいた」
なんという詰めの良さ。これが第1階級の(あまり関係ない)悪魔の所業!? こいつぁたまんねぇ事になりそうだ!
不気味にゲッゲッゲと笑う二人の悪魔。そう、それぞれの思惑が交差する罠にも見えるこの状況。無垢な者たちは邪まな考えを持つ支配者の餌食となるのは避けられないだろう。仕組まれた運命に翻弄される。それがどれだけ穢れた事であっても――。